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うさぎさんと太郎の伝説の鬼退治

おじいさんが有明の社へ赴任してから間のなくのこと。

近隣の村で鬼の出没が報告された。

この百年なかったことであり、国家的一大事である。

鬼や魔物を鎮めるのはおもに神事をつかさどる社の仕事であったから、おじいさんは補佐とはいえ、赴任早々大きな事件にかかわることとなった。

あちこちの神官や役所関係者が集められ、連日対策が協議された。

この鬼退治も含む調査を委託されたのは、なんと太郎だった。

太郎はまだ少年ではあったが、早くからおじいさんの知人のもとに預けられ、勉学や武術についての修行を積んでいた。

知人はもともと武将であったが、国の中枢を長年になってきた高官であり、その教えをうけて急成長した太郎の才能についてはだいぶ前からあちこちに知られるようになっていたのだ。


太郎はおばあさんのもとへ帰り、調査へ向かう準備をすることになった。

国からの依頼とあって、補佐するお供が3人派遣された。

犬・サル・キジである。

村にはいなかった動物たちをみんなは丁寧にもてなした。

犬はとてもまじめで忠誠心が厚く、サルは機敏でたいへん賢かった。

キジは唯一女の子だったが、努力家でほかのふたりにはひけをとらない。

3人が村に来て最初に思ったのは、異種族が仲良く暮らしていることだった。

「飼われている・・・わけではないのだな。」

村のみんなはそんなことは夢にも思っていない。

久々に帰ってきた太郎にとびつくちびりす、好みの食材を差し入れするきつね、おばあさんの手伝いに日参するうさぎ・・・。

村ではごく当たり前の光景が3人には特別なものに見えた。


おばあさんの家ではあわただしく準備が進んでいた。

「久しぶりにおばあさんのお団子が食べられてうれしい。」

「少しもっていくといい。長い旅になるかもしれないからね。」

報告によると村のはずれにある森の奥で鬼が目撃されている。

場合によっては鬼の住処へ分け入ることにもなるだろう。

「だれかが襲われたり、野菜などの被害があったのでしょうか。」

「いや、それはないようだ。鬼は静かに森の奥へ去ったらしい。」

うさぎは太郎に違和感を伝える。

「どうして急に鬼が現れたたのでしょうか。」

「そこは調べる必要があると、ぼくも思う。」

「いきなり退治でなく、まず話し合いをすることはできないのでしょうか。」

「その時の様子次第で判断することになるだろう。」

「太郎さんはどうお考えですか?」

「ぼくは小さいころ、うさぎさんやみんなと暮らしていただろう?」

そうだ、太郎が生まれたときから村のみんなは太郎をずっと見ている。

「自分と種族が違っていてもお互い理解はできると思うんだよ。」

「そうですよね。なにか鬼のほうに事情があったのかもしれませんし。」

うさぎは少なからず安心した。


数日後、太郎は目的地へむけて出発した。

村のみんなは総出で太郎を見送った。

「これ、おくすりです。簡単なものしか作れませんでしたが。」

「気をつけておいき。」

「おばあさんも体に気をつけて。みんなもよろしくね!」

みんなは一斉にうなづいた。

「なんと、これが統制ではないとは・・・。」

犬がううん、とうなっている。

「理解はできんが・・・。」

サルはそう言いながらちびりすたちに手を振っている。

「悪くはありませんね。」

キジはきつねのねえさんにもらった櫛をなおしながら言った。

「じゃ、行こうか。みんなよろしく頼むね。」

これまで3人は太郎のことを子供だと思っていたが、ここにきて太郎が村のみんなからなにかと頼りにされているのを見ていると、ただの子供ではないことはわかってきた。

「しかし相手は鬼です。かつては人と争ってきた者たち。」

「けして油断はできませんぞ。」

「先手を打つほうがよろしいかと・・・。」

はやる3人に太郎は言った。

「相手を敵だと思うと、相手も同じ気持ちになるのだと思う。」

不満げな従者へ太郎は穏やかに続けた。

「もちろん侮ることはできないが、まずは真実を確かめてからだ。」

報告によると鬼はなにか悪さをしたわけではなく、目撃者されてもあわてる様子はなかったという。

太郎はそれを悪意がない証拠だと考えていた。


一行が現地へ着いたのは夕暮れにはまだ間がある明るい時間だった。

「鬼が確認されたのはこのあたりですね。」

太郎は慎重に草をかき分けながら進んでいった。

するとひときわ大きな木の根元でなにやら動く気配がする。

何気なくのぞき込んだサルがいきなり飛びのいた!

木の根だと思っていたのは鬼だったのだ。

「おのれ、またしても現れたか。成敗してくれる!」

犬は牙もあらわに敵意をむき出し、キジもとびかからんと構えている。

うずくまっていた鬼は木の根元近くの小さい穴に持ってきたものを置いているようだったが、立ち上がったその姿は一瞬周りが暗くなったように感じるほど大きかった。

「わしら、寝起きのヤマネにエサを運んでやってるだけなんだが。」

驚いて腰が抜けたサルを下がらせ、犬とキジを押しとどめながら太郎はゆっくりと前に出た。

「鬼の噂を聞いて様子を見に来たのだ。話を聞かせてもらえるだろうか。」

「そうかあ。じゃあお客さんだなあ。里へ案内するよ。」

鬼はにっこりと笑うと手招きして先を歩いた。

「ついていって大丈夫なのですか?」

「大丈夫もなにも、それを確認するために来たのだ。」

しぶしぶついてくるお供を後ろに、太郎は鬼の里へ入っていった。

里の入り口は目に見えないなにかで囲われているようだった。

普段は目立たぬよう隠れ住んでいるのだろう。

人間の村と変わりなく、こちらに向かって手を振る子鬼は愛らしかった。


「お客さんだよう。」

村の奥にある大きな屋敷へ着くと中から若い鬼が現れた。

「これは・・・人間の方ですね。」

「いきなりやってきて申し訳ない。ぼくは太郎といいます。」

そのとき、奥から声がかかった。

「奥へお通ししなさい。お疲れであろう。」

奥の座敷はたいそう大きな広間になっていた。

「長らく確認されていなかった鬼のお姿を見たと報告がありましたので。」

「なにかそそうでもありましたでしょうか。」

長老らしき鬼はおだやかに話しかけた。

「いいえ、何もございません。」

「ではなぜ参られた。」

「人々の不安を拭い去るため。真実を確かめに参りました。」

「里をご覧になってどうでしたかな。」

「これをご覧ください。」

太郎は懐から小さな包みを取り出して長老に渡した。

「これはぼくの村のうさぎさんが作ってくれたおくすりです。」

「なるほど。」

「ぼくはいろんな動物の中で生まれ育ちました。違う種族であっても理解し、助け合うことはごく普通だと思っています。」

「それが鬼であっても?」

「はい。」

そのとき後ろに控えていた若い鬼がなにか言おうとしたが、長老は止めた。

「昔のことは持ち出すな。いまは時代が違うのだ。」

「人間の側にもなにか問題があったのでしょうか。」

「過ぎたことです。争いを起こすようなことではなかった。」

「それで里を隠されたと。」

長老はにっこり笑ったが、否定はしなかった。

「ぼくは戻って報告をします。」

「ご覧になった通りを報告されるがよい。」

「ですが、みなはそれを信じないと思うのです。」

「なにか証拠の品でも必要ですかな?」

「いえ、どなたかついてきていただけないでしょうか。」

これにはさすがの長老も、お供の3人も驚いた。

「隠れ住まなくてもいいように、真実を伝えたいのです。」

長老はしばらく太郎をじっと見ていた。

「わかりました。今夜はここで休んでいってくだされ。」


その夜、大広間に鬼たちが集められ、太郎の訪問のことと鬼の派遣について話し合いが行われた。

太郎たちがいる前で行われたこともさることながら、驚いたことに小さな子供までが参加し、発言も許されていた。

「あたし、行ってもいいよう。」

「ちゃんと答えられるのか?」

「うーん・・・・。」

さすがに子供では危険もあるので若い鬼がひとりついてくることになった。

あとは皆で会食となり、大人も子供もみんなが太郎たちと話をしたがった。

はじめは警戒していた3人のお供も鬼たち敵意がないことを理解したようだ。

太郎は派遣されることになった若い鬼と話すことができた。

「わたくしは東雲と申します。代々くすりを作る家系のものです。」

「ほう、鬼のくすりはたいへん素晴らしいと聞いています。」

「恐れ入ります。しかし、かつてそのくすりを人間に奪われまして。」

「それは知りませんでした。なんと申し訳ない。」

「いえ、ずいぶんと昔のことですから。」

そのくすりは月の神殿に納めるものだったのだが、人間たちが横取りして届けられなくなってしまったのだそうだ。

「それでもわたくしたちはただ、静かに暮らせればいいと思っています。」

「わかりました。その願い、みなにしっかり伝えましょう。」


こんなことが起きているとはつゆ知らず、おばあさんはおじいさんに手紙をかいていた。うさぎのくすりも追加する時期だった。

おばあさんは長いこと考えながら、でもどこか悲しげに筆を運んでいる。

「おばあさんはなにを考えておられるのだろう・・・。」

きっと太郎のことに関係することだろう。

遠くの山あいにかかる雲を眺めながらうさぎは太郎の無事を祈っていた。


翌日、太郎一行と東雲はおじいさんの待つ有明の社へ向かった。

急いで各方面の関係者が集められ、その日の夜のうちに報告会となった。

「鬼の里へ行ってまいりましたが、彼らは人間に危害を加えるような恐れはありません。」

「本当に行ってきたのか?ずいぶん早いようだが。」

「派遣された3人と同行しておりますので、間違いございません。」

「なぜ姿を見せたのだ。」

「ヤマネの世話をしていたようです。」

ヤマネは妖精のような生き物として人間からも大切にされていた。

「鬼など信用することはできん。かつていさかいがあったのだ。」

「くすりの件でしょうか。」

相手はぎくりとしたようだ。

「こ、子供にはわからぬ昔のことだ。」

「ここに証人がおります。」

太郎の合図をうけて、東雲は頭巾をはずした。

「お、鬼ではないかっ!」

会場は騒然となった。

「静まりなさい!」

それまでなにも言わなかったおじいさんが一喝した。

「話をききましょう。」

東雲は昔、くすりを人間に奪われたこと、でもそれは昔のことでだれも気に留めていないことを話した。

「我々はただ静かに暮らせればいいのです。争いは望んでいません。」

「ぼくが鬼の里へいって無事に戻ってきました。さらに東雲がついてきてくれた。それは敵意がないことを示す証です。」

「我々も同行して同じ意見であります。」

お供を代表して犬が口添えした。

「何を言う。あのくすりは我々の祖先が作ったものだ。嘘をつくな。」

「鬼の作ったものなら証拠を出してみろ。」

「ここに里で作ったくすりがあります。わたくしは薬師です。」

東雲の言葉に続けておじいさんが言った。

「いや、かつて作られたくすりと同じと証明することはできない。」

「それはどういうことですか?」

「そのくすりはもう今はないのだ。その後作ることはできなかった。」

「では証明できないではないか。やはり鬼は信用できない。」

再び会場は騒がしくなった。


そのとき、ひとすじの月明かりが射し込み、澄み渡る空気のなか、りんとした声が響き渡った。

「神官よ。鬼のくすりを祭壇へあげよ。審判のときである。」

それはこの社に祭られた月の神の声であった。

おじいさんは東雲からくすりを受け取り、祭壇へとあげた。

月の光が集まったような金色の輪が現れ、一同はただひれ伏すばかり。

しばらくして再び厳かな声が響いた。

「くすりはなくなったものと同じである。鬼の言うことは正しい。」

「そ、そんなはずは。おそれながらどうしてそんなことがわかるのです?」

「かつてそのくすりは鬼の里から納められていた。ただ一度だけ納品できなかったことがあった。どうしてかはわかるであろう。」

だれも顔をあげることはできなかった。

「太郎や。」

「はい。」

「鬼もひともみな同じ土地に生きるもの。お前は異なる種族へのかけはしとおなりなさい。鬼と人とがたがいによき隣人であった日々を取り戻すように。」

「承りました。」

「東雲よ。」

「はい。」

「わが身の危険も顧みず、遠くまでの旅路ご苦労であった。」

「滅相もございません。」

「またよいくすりを作っておくれ。」

「ありがたきお言葉でございます。」

金色の輪はすうっと天上へ上って消えていった。

あとには晴れ渡った夜空を照らす月だけが輝いていた。

「今回の件はまた追ってみなに知らせる。散会。」

おじいさんが静かに閉会を告げた。


その後、鬼のことは問題ないと判断され、あちこちの村へ通知が出された。

一方で鬼のくすりの評判は広まり、希望する者もでてきたため、有明の社で本当に必要なものにだけ分け与えることとなった。

東雲は薬師として納品を担当する係に任命された。

一段落しておばあさんのところへ帰ってきた太郎が、東雲やお供の3人とともに大歓迎をうけたのはいうまでもない。

うさぎは東雲からくすりについていろいろ教えてもらうことができた。

「鬼のくすりでは強すぎる場合もありますので、よく見てお使いください。」

「わかりました。」

おばあさんは東雲にささやかながらお土産をもたせて見送ってくれた。

「社にいくこともあるでしょうから、またいつでも寄っておくれ。」

「この度はお力添えいただきましてたいへん助かりました。」

東雲はいつおばあさんと会ったのだろう。

うさぎだけはこのことを疑問に思っていた。

動物たちや太郎、おばあさんに見送られ、東雲は里へ帰っていった。

「ぼくも師匠のところへ戻るよ。またおばあさんのこと頼むね。」

太郎はさらに有名になったが、いつもと変わらず修行へと戻っていった。


今回の件は「伝説の鬼退治」ならぬ「伝説の鬼との和解」として末永く語り継がれることとなった。



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