うさぎさんと花あかりの姫君
桃の花の季節が来た。
うさぎはおばあさんのお手伝いで忙しい。
なんでも遠くからお客様が来るという。
「一晩だけ泊っていってもらうのだよ。」
おばあさんはうれしそうだ。
「大切なお客様なのですね。」
「そうだね。」
うさぎもうれしくなって小さい鼻をぴくぴくさせた。
いったいどんなお客様なのだろう。
村のみんなは興味津々だ。
「このは、じゃないんだよね。」
「違うと思うな~。」
「初めてくるのかしら。」
「どうだろう・・・。」
「お、おれたち、覗きにいってもいい?」
「こらっ、そんな失礼なことするんじゃないよっ。」
みんなはなんとなくこそこそ、そわそわしてしまった。
「忙しそうだけど、どんな準備をしているの?」
「そうですね、果物を少々とお神酒、あとはおばあさんがなにか作るようです。」
「まんじゅうかなあ・・・じゅるり。」
「それが・・・。」
「ん?どうした?」
「とても小さいのです。」
「ほお?」
うさぎはおばあさんからなるべく小さいものを集めるように頼まれたのだ。
小さい盃、小さい猫足のお膳、小さい食器、小さい果物。
「小さい種族の方なのかねえ。」
動物たちはお客様が人でなくても不思議ではないと思った。
おばあさんにはあらゆる生き物を引き付ける魅力があるのだもの。
「新しいお友達になってくれるとうれしいよね。」
みんなは目を輝かせてうなづいた。
「でも、おばあさんがみんなにお手伝いを頼まないということは。」
「いうことは?」
「みんなでお迎えするようなことはないのだろうと思います。」
そうなのだ。
うさぎにさえどんなお客様か言わなかった。
もちろんそれを問うことはしない。
おばあさんが知らせたいと思うなら教えてくれるだろう。
「じゃあいつもどおりにしていましょう。」
「そうだね。」
「でも小さいものをちょっと差し入れしようかな。」
みんなはにっこり笑った。
うさぎもそれにはうなづいた。
数日たっておばあさんがうさぎに言った。
「うさぎさんや、そろそろお客様がおみえになる。」
「はい。」
「支度もすっかり整ってあとはお迎えするだけだ。」
「そうですね。わたしはしばらく来ないほうがいいでしょうか。」
おばあさんはにこにこしている。
「どうしてそう思う?」
「いつもなら村のみんなを集めたりしますが、今回はそうではありません。」
「そうだねえ。」
「ほかのみんなはいないほうがいいのかなと思って。」
「そうかい、そうかい。」
おばあさんはうさぎの小さい手をとった。
「今度のお客様はとても小さい方なんだよ。」
「用意したお品も小さいものばかりですよね。」
「そのかたはとても怖がりなのだよ。」
「ああ、そうなのですね。」
うさぎはちょっと安心した。
「だから村のみんなは少し離れたところにいてもらいたい。」
「みんなが来てもいいのですか?」
「もちろん。ただ怖がらせないように遠くから見てほしい。」
「わかりました。みんなも喜びます。」
それからおばあさんはみんなの待機する場所などを説明してくれた。
うさぎがすぐに知らせてまわったのは言うまでもない。
その日は薄曇りののどかな日和だった。
おばあさんの支持で皆は日の傾くころに三々五々やってきた。
「みなさんは大きなお声は立てないでください。」
「小さければいいの?」
「そうですね。眠っている赤ちゃんが起きないくらいのお声なら。」
うんうん、とみんなはうなづいた。
「隠れていたほうがいいのかしら。」
「座っていればいいようです。」
「ちびりすは立っててもいいな。背伸びしても小さいからな。」
みんなはくすくす笑った。
「目が合ったりすること怖がらせるかしら。」
「笑顔で会釈すればいいのではないかな。」
「歓迎の気持ちが伝わるといいのですね。」
おばあさんの家までの小道に、数人づつ別れて待機することにした。
春の宵はしずかに暮れていく。
夜の少し手前に一行は現れた。
村からの細い道をひとすじのあかりがゆっくりと近づいてくる。
「ほう・・・これは。」
鈴のようなちいさな明かりがたくさん連なってひとすじのように見えた。
ご一行は手に手に小さな白い袋を持っていた。
歩を進めるたびに明かりが揺らいで美しい。
「ホタルブクロですね。」
こだぬきが小声でいった。
「きれいだねえ。」
きつねのねえさんがうっとりしている。
先頭の小さな人影がみなに小さく頭を下げた。
みんなもそろって頭を下げる。
続いて誰かが乗っている輿や荷物を背負った人影が通っていく。
いくつものホタルブクロが足並みをそろえ、ゆっくりゆっくり通っていた。
「これは見事だねえ。いいもの見せてもらったよ。」
だれもがその美しい行列を歓迎した。
ちびりすたちは興奮して道のすぐ脇までせり出してしまった。
「こ、こらっ。」
りすのにいさんが止める間もないことだった。
ちびりすたちは夢中になって小さい手を振った。
そのとき
輿の小窓がするりと開いて、なかからとても小さい白い手が見えた。
そろって口を開けてみているちびりすたちに応えたのだろう。
ゆっくりと手を振って小窓はまた閉められた。
ちびりすたちは小鼻を膨らませて得意げである。
こころなしか輝きを増したような一行はようやくおばあさんの家に着いた。
「お待ちしておりました。」
うさぎがお出迎えの役をつとめた。
輿のなかから現れたのは小さな女の子の姿をしていた。
うさぎの小さい手は案内するのにちょうどいい大きさだったのだろう。
一行はおばあさんの心づくしのもてなしを受け、しばし休息をとった。
「よくいらっしゃいました。花あかりの姫さま。」
「おひさしゅうございます。こちらをお持ちしました。」
姫はなにやら手紙のようなものをおばあさんに渡した。
「こちらがかのうさぎの娘御ですか。」
「さようでございます。」
そういえば以前にもだれかにそう呼ばれたような気がする・・・。
「お心に留めていただき。恐悦至極でございます。」
うさぎは丁寧にお辞儀をした。
「お迎えいただいてありがとう。」
姫はにっこりと笑って言った。
「村のみなにも心のこもったもてなしに感謝するとお伝えいただきたい。」
姫はうさぎの手をとった。
「あなたの日頃のお働きにもお礼を申し上げます。」
それはどういうことだろう?
「姫さま、ささやかではございますが、食事をどうぞ。」
おばあさんが姫を促し、うさぎは尋ねるいとまもなかった。
それもそのはず、姫の一行はすぐ次の目的地へ行かなければならなかったのだ。
「短いお時間で十分なおもてなしもできませんでしたが。」
「いやいや、とてもくつろぐことができました。お世話になりました。」
「道中お気をつけてお進みください。」
うさぎは姫の小さい手を自分の手で包んでお見送りをした。
「ありがとう。」
すっかり暗くなった夜道をまた白い花の行列が光をともして進んでいった。
同じ道を前にも見送ったことがある。
木の葉はあのあと再会できた。
あの姫ともまた会えるだろうか。
「花あかりの姫さまはまたこられるのでしょうか。」
「そうだねえ。あちこちお知らせをもって回られるから来られるかもしれない。」
なるほど、それであわただしく次へ行かれたのか。
「花明かりのもともとの意味を知っているかね?」
「いえ、そういう言葉があるとしか。」
「もとは桜の花のことなのだ。」
「桜、ですか。」
「桜の白さが夜でも明るく照らすからだという。」
「なるほど。」
「でも姫たちは季節にかかわりなくあちこち行くからね。」
「だから桜ではなくホタルブクロを使うのですね。」
花に灯す明かり、ということなのだろう。
夜となく昼となくあの美しい行列はいまもどこかを旅しているに違いない。
あちこちへのお知らせを持って・・・。
お知らせ・・・?
あのときのお手紙はおばあさんあてなのだろうか。
だれから?
なにを知らせて?
うさぎの心に疑問が残った。
もうじき桜の季節になる。
いまはその疑問が明かされる時ではないのだろう。
季節がかわり、その時がきたらおばあさんはきっと教えてくれる。
いまは自分ができることをしよう。
うさぎの心にも明かりが灯ったようだ。




