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うさぎさんと月夜の遭遇

その夏は雨が少なかった。

水の神である龍が交代したこともあって、いつもより雨が少なく日照りが続いた。

人々は秋の実りを憂い、真新しい祭壇に供物をあげて雨ごいの祈りをささげた。

それからしばらくして幾度となく雨があるものの、雷だけにとどまったり十分な水量には至らない。

「水神さまも頑張っているんだねえ。」

このままでは不作は避けられそうになかった。


「まあだまだ暑いよねえ~。」

夏祭りも終えて夕暮れが早くなったとはいえ、日中は汗をかかずにはいられない。

「はりねずみのおばさんは洗濯好きだから晴れのほうがいいんじゃない?」

「汚すのが仕事のお前さんたちとは違うんだよ。」

ちびりすたちは暑さもものともせず走り回っている。

「作物が心配よねえ。」

きつねは野菜の店だけに気が気でない。

「水神様が交代されたこともあるのでしょう。」

こだぬきはみんなにそれを知らせた係だ。

「水神様が代わると雨ふらないの~?」

「そうですね・・・。」

説明に詰まってしまったこだぬきのあとをおじいさんが続けた。

「今度の水神様はまだお小さいようだ。」

「ほほ~。」

これはみんなも知らなかった。

「舞、のことかしらね。」

「いたちのねえさんはご存じのようだな。」

「ええ、ずっと昔に聞いたことがあります。」


水神様はときおり交代する。

代替わりであったり、場所を変わったりするようだ。

気象をつかさどる水神様は、天候を操る時に舞を舞う。

天の神様に向けて舞を奉納することで雨の恵みをもたらしたり、風雨を抑えたりすることができる。

舞には定められた型があるのだが、雨水の舞はことさらに決まりが多く難易度が高い。

「ときおり訪れるお湿りは水神様が努力された結果なのであろう。」

「ふう~ん、水神様も楽じゃないな。」

「雲を呼ぶところまではできたのだろうな。」

雨を降らせるのはそうとうに大変らしい。

「あたしたちにお手伝いできるようなことはないのですよね。」

うさぎは心配そうに尋ねた。

「オイラたちは作物の見回りやってるぜ。」

おおきいりすの兄弟は最近ずいぶんとたくましくなったようだ。

「水の足りなさそうなとこへ補充してるんだよ。」

「うちは日陰を作ってやったりしてるわねえ。」

きつねの作る野菜はよくお供えにもあがっている。

「そうだな。みんなもできることを見つけてやってみようじゃないか。」

うんうん、と一同はおおきくうなずいた。


月のいい晩だった。

森の中、ひとりの少年が舞を舞っていた。

まだ小さいその体は大きな動きができず、目標の木の高さまで到達することができない。

何度も何度も繰り返し、倒れても倒れてもまた立ち上がる。

遠くで雷が鳴っていた・・・。


同じ月をおばあさんが眺めていた。

遠い雷鳴も耳にしていた。

「水神様・・・。」

おばあさんはなにを考えているのだろうか。


翌日、こだぬきから仲間たちに召集がかかった。

「みんなの知恵とちからをお借りしたいのです。」

おじいさんとおばあさんも加わった。

「みんなも知ってのとおり、今年は雨が大変少ないのです。」

うんうん、きつねのねえさんなどは眉間にしわを寄せている。

「水神様も努力されているようなのです。」

そうだ、そうだ。今朝もちょっぴりだがお湿りがあったのだ。

「ここはひとつ、みんなで水神様のお手伝いをしようではありませんか。」

みんなはちょっとびっくりした。

「お手伝い、できるもんなの??」

「オイラ生贄はいやだよう~。」

ちびりすの発言にみんなはぷっとふきだした。

「水神様はたいへんおとなしい神様だから、そんなものはいらないよ。」

おばあさんが笑って説明したので、みんなもいっせいに話し出した。


「なにをすればいいのかな。」

「やっぱ雨を降らせるお手伝いになるんだろ。」

「水神様にちからをつけてもらうとか?」

こだぬきは例によって本をとりだした。

「古い記録によると、神様に舞を奉納して雨を降らせた、とあります。」

「それは龍の舞だな。」

おじいさんはなにか知っているようだ。

「水神様以外でもその舞を奉納することはできるのでしょうか。」

「そうさな・・・。」

それはなかなか難しそうだ。

「知り合いに尋ねてみましょうか。」

いたちが手をあげた。

「舞の話を聞かせてくれたのでなにか知っているかもしれない。」

「おおう、それはぜひ。」

「なにか準備できそうなことはあるかしら。」

「奉納するのであれば祭壇を設けることになりますね。」

「よし、じゃあ俺たちはそっちを準備しておこう。」

「お供え物も必要だね。」

みんなはさっそく仕事にとりかかった。


その夜、おばあさんのもとを小さな客人が訪れた。

まだ年端のいかない子供である。

「こんばんは・・・。」

挨拶をしたものの、もじもじしてうつむいている。

「おあがりください。」

おばあさんはにっこりとして出迎えた。

「だいじょうぶですよ。」

月の光が二人を照らし、夜空の星が応援するように瞬いていた。


次の日、再びみんなが集まった。

いたちの話を聞くためでもある。

おばあさんといっしょに小さい男の子がやってきた。

たちまちちびりすに囲まれたところを救出され、

おばあさんのとなりに収まった。

いたちの話はこうである。

その昔、ずっと雨が降らない年があった。

もちろんあちこちで雨ごいが行われたが

あまりにも広い範囲だったので水神様が各地を回るのが追い付かない。

そこで水神様は村人たちに龍の舞を教えて、自分の村でそれぞれ奉納させたという。

「それはこんな感じだったと伝えられています。」

いたちが広げた絵には龍を支えて舞を舞う村人の姿が描かれていた。

少なくとも7~8人は必要なようだ。

「ほかの文献にも記録がありました。」

こだぬきが説明を加える。

「龍は作りものですが、支柱がついていてそれを持って踊らせるのです。」

なるほど、だから頭上高くに龍がいるのか。

「鐘や太鼓を鳴らしながら舞っていたようですね。」

そちらも結構な人手がいるようだ。

「どんなふうに舞えばいいのだろうか。」

「ううむ、絵じゃわかんねえ。」

みんなは考え込んでしまった。

「ぼく、わかります。」

男の子がおそるおそる口を開いた。

「おっ、見たことあるのか?」

「そうじゃないけど・・・。」

「こちらはね。水神様なんだよ。」

「ええええっ!!!!」

みんなはびっくり仰天した。

こんなに小さい子が水神様だったのか!


男の子はぽつりぽつりと話し始めた。

前の水神様から引き継いでまだ日が浅いこと。

龍の舞は長い尾の返しの動きで雲を巻き起こすこと。

自分は体が小さいので返しがうまくできないこと。

「ぼくはみんなの暮らしをまもりたい。だからちからを貸してほしい。」

「きのう、たずねてきてくださったんだよ。」

おばあさんはみんなを見渡した。

「手伝ってくれるかい?」

「もちろんですとも!」

みんなは一斉に声をあげた。


それからみんなは男の子に聞きながら準備を始めた。

「龍体は布に鱗を縫い付けて作る。」

「うろこはこれをお使いなさい。」

おじいさんがなにやらおおきな袋を持ってきた。

中には手のひらほどもある葉っぱのようなものがはいっていた。

「これはずいぶん前に先代の水神様からお預かりしたものですよ。」

「ひえええ~。ホンモノかあ。」

「龍体のほかに太陽を模した玉を用意しないといけない。」

「ああ、この絵のこれがそうなのね。」

「この玉を追いかけて龍が舞い踊ることになるから。」

ほほー、玉をとるのは猫だけではないらしい。

「玉使いと龍の支え手はチームワークと、体格もバランスがとれていないといけないんだ。」

「むむむ、それは難しいな。」

「楽器の担当もいないといけないよね。」

「龍だけで9人は必要だよね。」

「困ったな・・・。」

「こだぬき!はっぱで分身できんのか?」

「無茶言わないでください;」

同じくらいの体格で息のあった9人を今から揃えるには無理がある。


「あのう・・・。」

うさぎが手をあげた。

「なんだい?なにかいい考えがあるのかな。」

「あたし、兄弟たちを呼んだらいいかなと思って。」

「えっ、うさぎさん兄弟がそんなにいっぱいいるの?」

「ええ、います。11にんほど。」

「うお~~、それは初耳だ。」

「ちょっととおくからからくるので時間はかかりますが。」

「舞の練習があんまりできないね。」

そうだ、一日も早く雨が欲しいところだ。

「それが・・・。」

うさぎが口ごもった。

「どしたの。」

「普段から踊ってるんで、大丈夫かと。」

「ひゃ~、こりゃまた驚いた。」

うさぎの一族はもともと踊ることが仕事なのだそうだ。

もちろん組みになって踊ることも多い。

家族だから息もぴったりだし、まさにうってつけだ。


人手がそろい、役割分担をしてみんなは練習に励んだ。

男の子はお囃子の意味から丁寧に説明してくれた。

「ぼくはラッパを担当します。龍の声になるので。」

みんなは大きくうなずいた。

衣装を作る余裕はなかったが、おそろいの肩掛けをこしらえた。

統一感があっていっそう盛り上がった。

うさぎの兄弟たちも到着するやいなや振り付けと練習にはいった。

こちらも衣装というほどではないが丈の短い上着をそろえて来ていた。

男の子は龍の動きを懇切丁寧に伝え、兄弟たちはそれを忠実に再現した。

わずかな準備期間だけで奉納の準備は整えられた。

明日は決行だ。


うさぎはおばあさんの手伝いをしながら兄弟たちが舞う練習を見ていた。

程よい緊張感と懐かしさでいっぱいになった。

「あたしは体がちいさいのでお役にたてませんが。」

「とんでもない。申し分のない踊り手さんたちを連れて来てくれた。十分だよ。」

おばあさんはうさぎの頭をなでてほめてくれた。

「ありがとうね。」

「はい♪」

男の子も兄弟たちには関心しているようだった。

「これならきっと神様のお目にとまるでしょう。すばらしいですよ。」

「水神様の代わりが勤められてうれしいです。せいいっぱい踊ります。」

にいさんうさぎは誇らしげに胸を張った。

「夕暮れになったら始めましょう。」

いよいよだ。


お日様が傾いて山の端に隠れようとするころ、奉納は始められた。

祭壇の前にお囃子のみんなが並ぶ。

風の音をあらわす大どらが鳴り、長いラッパが龍の鳴き声を模す。

男の子が吹くラッパは高く、澄んだ音を鳴り響かせた。

雷のかわりの大太鼓が轟いて、小さい鼓のような太鼓がパラパラと雨音を誘う。

太陽に見立てた玉を飲み込もうと、龍があたりをうかがっている。

頭を振ると同時に尾も揺れる。

龍の頭が雲の上に出ているとき。太陽は雲間にかくれて見えない。

龍が頭を沈めると太陽は雲から突き出してあたりを照らす。

太陽を追え。そして飲み込んで空を暗転させろ。

ラッパの音が鋭さを増し、龍の咆哮があたりを揺るがす。

龍の目が太陽をとらえた!

じゃああああああんん!

ドラが打ち鳴らされ、龍が身をひるがえして風が巻き起こる。

固くまいていたとぐろをほどき、胴体をくぐりぬけて玉を追いかける。

太鼓とドラに鉦も加わり、大きな波を打ちながらお囃子に合わせて龍が舞い踊る。

頭が沈めば尾が跳ね上がり、胴体が大きな弧を描いて地を這う姿勢から

一気に高く舞い上がるとき、尾が激しく揺れ動き大きな雲を呼び起こす。

龍はラッパの音に合わせて頭を振りたて、玉に食らいついていく。

いつしか高く上った月の光のなかで、それは激しい太陽と龍の攻防だった。


大きなうねりと波打ちを繰り返しながら龍は少しづつとぐろを巻いていく。

玉はいつしか見えなくなって、龍は眠りにはいるのだ。

太鼓の間隔が遠くなり、パラパラと雨音が増えていく。

雨脚を感じながら龍は舞を終えて眠りに入るのだ。

ひととおりの型を終えて龍が眠ったときは、あたりは暗くなっていた。

儀式を終えて、みんなは神様に祈った。

どうか雨の恵みがありますように・

男の子はだれよりも熱心に祈っていた。

どうかみんなの願いを聞いてほしい。

最後までその小さいこうべを垂れたまま、一心に祈りをささげた。


おばあさんに促されて、ようやく男の子はみんなのところにやってきた。

ささやかながら食事が用意されている。

「みんなよくやってくれたね。」

おじいさんはお神酒をちょこっとづつ振舞った。

「りっぱなもんだったよ。」

うさぎの兄弟たちもすっかりなじんでいる。

「みんな、ありがとう。」

男の子は丁寧にお辞儀をした。

「ほんとうはぼくがやることだったのに、ごめんなさい。」

消え入りそうな声だ。

「いやー、楽しかったよ。」

うさぎのにいさんはぽん!と肩をたたいた。

「こんなにすばらしい奉納に参加できてうれしい限りだ。」

うんうん。

10人分の耳がぴくぴく揺れた。

「すごく気持ちよく舞えたね~。」

玉使いのうさぎはいちばん小さかった。

「お囃子とか初めてだったけど、みんなでやれてよかったよな~。」

りすのにいさんは上機嫌だ。

「お手伝いができてうれしいのです。」

こだぬきがまじめくさって、でも満面の笑顔で言う。

「いろいろ教えてくれてありがとう~。」

ちびりすがわらわらと集まってきて男の子を囲んだ。

「みんなでお願いしたから、きっといい雨に恵まれますよ。」

いたちもいい笑顔だ。

男の子もようやく明るい顔になった。

「水神様。」

おばあさんがそばに来た。

「みんなによく慕われておられます。これから先もよろしくお願いしますね。」

みんなもそろって頭をさげた。

「また遊びにきてもいいんだぞう。」

「これっ、水神様なんだからねっ。」

みんながどっと笑った。

一つの願いのために出会った龍とうさぎと仲間たちを月が優しく照らしていた。


その夜の遅くから雨が降った。

絹糸のようにやさしくゆっくり大地を潤すような雨だった。

高い空に豊かに湧き上がる雲のなかから

幾千ものしずくとなって作物の葉や実を転がっていった。

遠くに閃く雷鳴がときおり響く。

恵みの雨が降り、この秋は豊かな実りが期待できそうだ。

この年から龍の少年は伝説となってこの地に語り継がれることとなった。


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