うさぎの真実
季節は秋。
おばあさんとうさぎが村を離れることになった。
村のみんなはびっくり仰天。
おじいさんと太郎はいずれ戻ってくるとは聞いているものの、それがいつとは聞かされていない。
ふたりの不在に加え、おばあさんもうさぎもいなくなってしまったら・・・。
みんなは不安に駆られ、右往左往した。
そんな様子を見ておばあさんは言った。
「みんなを集めて話をしよう。」
かくしておばあさんのもとにみんなが集まった。
村の動物たちだけではない。
最近親しくなった鬼の東雲に木の葉、名前はわからないが木の葉とともによく村を訪れていた男性、話には聞いていたが初対面の銀色狼の薬師など、この村にかかわりのあった人たちが一堂に会することとなった。
太郎も一時的に里帰りしてきた。
「みんなにお話ししたいことがあります。」
おばあさんはいつもと少し違って見えた。
「わたくしは月の巫女です。」
一同はしばらくぽかんと口をあけていた。
なんのことだろう・・・。
おばあさんはそんなみんなを見渡してゆっくりと続けた。
「月の宮にいたとき、決まり事を破ったため下界にきました。」
うさぎだけがうつむいていた。
うさぎはそのことを知っていたからだ。
「おじいさんもそのとき、月の宮から下界に降りてきました。」
「おじいさんも、月の人?なのですか?」
木の葉が聞いた。
「いえ、月の宮に勤める神官で普通の人間でした。」
みんなもようやく理解できてきたようだ。
「わたくしがおじいさんに恋をしたので二人とも下界に降ろされたのです。」
「それはどうしてですか?」
こだぬきが尋ねた。
「月では人と深く関わることは許されないからです。」
「追放、されたの?」
太郎も驚きを隠せないようだ。
「いいえ、月の神は人の短い命の間下界での生活を許してくれました。」
「まだ定めの時は来ていないようだが。」
薬師の師匠が首を傾げた。
「ひとの命が尽きるまで、はじめはそういう約束だったのです。
桜の花園でその日が近いことを確信していました。
そこへこのたびの鬼出現騒動が起きたのです。」
「お声をいただいたことでなにかご迷惑をおかけしたでしょうか。」
東雲が心配そうに聞いた。
「そうではありませんよ。むしろその逆でした。」
「というと?」
「お二人の月の神からのお言葉がありました。」
おばあさんは巻物を取り出してみんなに読んで聞かせた。
「女神さまからのお言葉。
ふたりは長い間互いを慈しみ、大事に思い続けてきました。
この尊い想いはそれに報いるに値するでしょう。
みなにその尊さを伝え続けてきたのですから。」
みんなはうんうん、とうなずいた。
この村が外から来た人にも、動物や鬼であっても丁寧に対応するのはおじいさんとおばあさんの影響によるものが大きい。
ふたりの仲良く暮らしている様子を見ることで、相手を思いやり、大切にする心をずっと養ってきたと言えるだろう。
「兄神さまからのお言葉。
たしかに村のみんなをはじめ、平和に仲良く暮らしてきた。
ひとも、動物も、あやかしも、それに鬼もみなひとつになった。
それは大きな実績だ。」
東雲はそれを聞いてやっと安心したようだ。
薬師の師匠もおおきくうなずいた。
「月に近い宮の社でいっしょに暮らすことを許されました。
そこでならここよりも時間がずっとゆっくり過ぎていきます。
人の短い命でも、その何倍も長く過ごすことができるのです。
永遠を約束されたわけではありませんが、また時を重ねることができます。
この先も仲睦まじく寄り添っていけたなら、あるいは・・・。」
おばあさんがにっこり笑うと同時に、みんなは一斉に歓声をあげた。
「それはうれしいことだねえ。」
「また一緒にくらせるんだねえ。」
「神の計らいも粋なものだな。」
木の葉のとなりで名を知らない男性がクスッと笑った。
そばにいたちびりすたちも同じようにクスッと笑っていた。
嬉しいことは大人も子供も同じなのだ。
みんなが明るい笑顔になったとき、うさぎが手を挙げた。
「あたしもお話しなければなりません。
あたしも、おふたりについていきたいです。
なぜなら・・・。」
うさぎは自分の身の上話をした。
それは誰も知らないうさぎの真実だった。
「あたしは月のうさぎ巫女です。」
もう何を聞いても驚かない、と思っていたみんなは再びぽかんと口をあけることになった。
うさぎの一族は月で神事に携わる役目を担っていた。
兄弟は舞を奉納する舞踊手である。
「だからあのときあんなに上手に舞の奉納ができたのか・・・。」
みんなの脳裏に、あの見事な舞が鮮やかによみがえる。
うさぎはひとりだけ女の子だったので巫女になった。
特別な存在としてみんなに大切にされたが、それはそれでさみしく思うことも少なくなかった。
そんな中で小さいときからおばあさんにかわいがられていたので、おばあさんが下界にいくときについていくことを強く希望したのだ。
特例中の特例として月の宮からはしぶしぶ承諾されたのだが、うさぎはそのときも今までも、ただの一度も後悔などしなかった。
「おばあさんだけがあたしを普通のうさぎとして見てくれました。
あたしはずっとただのうさぎでいたいのです。」
話し終えたとき、だれからともなく拍手が巻き起こった。
「応援するよ。うさぎさんの願いどおりにすればいい。」
「ありがとうございます・・・。」
うさぎの赤い目から涙がこぼれた。
ずっと言えなかったのだ。
自分の真実を。
ずっとみんなに申し訳なく思っていたのだ。
やっとみんなに話すことができた・・・。
うさぎの涙を木の葉がやさしくぬぐってくれた。
かつて木の葉が心細かった時、うさぎはこんな風にそばにいてくれたのだ。
「月の宮はそう遠いところではありません。
東雲はまたくすりをおさめにいくからいつでも会えますね。」
おばあさんがやさしく言った。
「なあに、時々戻ってくればいい。」
「神様、あたしも会いに行きたい。」
木の葉のとなりの男の人は神様のようだ。
「桃をいただいた神様ですか。」
「うむ、黙っていて悪かったね。」
みんなはまたまた驚いた。
神様がこんなところに来ているとは。
みんなの様子をみながら、うさぎはこの村での出来事を思い出していた。
おばあさんのためにもものおくすりをもらいに行ったこと、太郎が生まれて、木の葉と出会って、みんなで雨ごいの舞を奉納したり、迷子の小雪の主人を探したり・・・。
お花見からあとはおじいさんの体調が気になってばかりいた。
それももう心配することはない。
師匠のおかげでいまはじぶんでくすりを作ることもできるようになったのだ。
村にもおくすり工房ができたのだけど・・・。
「ぼくは戻ってこようと思う。」
太郎の言葉でまた歓声が沸いた。
「うんうん、太郎がいてくれるならこころづよい。」
「せっかくおくすり工房を作ってくれたのだ。
ぼくが引き継いで村のみんなのために役立てるよ。」
「太郎さん、ありがとうございます。」
うさぎにはたくさんの仲間ができた。
戻る場所もちゃんとある。
もうさみしい想いをすることはないだろう。
「ではこれをあげよう。」
神様がふところからももの実をとりだしてうさぎさんに手渡した。
「ももの実・・・。」
そうだ、そこから物語は始まったのだ。
「あのときも、これからもかわりなくおばあさんのそばにいてあげなさい。」
みんなもおおきくうなづいた。
おばあさんはにっこりして見守っている。
うさぎはももの実をしっかり抱きしめてうなづいた。
「わかりました。これからもよろしくお願いします!」
またこれからもおばあさんのお手伝いができるのだ。
普通のうさぎとして。




