歓迎会で和解と思ったら新たなる亀裂
帰りの会が終わり、転校初日の一日を無事に終えたヒカルはひとり胸をなで下ろしていた。
体育の授業以外は教室に年齢ごとに別れて座り、千里が順に回って授業を教えていた。
学年が分かれてるから大変そうだとヒカルは思ったが、流石に千里は慣れている様子だった。
放課後、天地村のみんなはどう過ごしてるんだろう。
聞いてみようか悩んでいると、大牙が大きな声でクラスに提案した。
「なぁ、今日の帰り、ヒカルの歓迎会しようぜ!」
すかさず灯も
「いいねぇ!じゃあ時岩屋寄ってこー!!岩婆に紹介しないとだよね!」
「いいよな〜!ヒカル!」
「え?うん!ありがとう。」
あっという間に放課後の予定に自分が盛り込まれて、ヒカルは嬉しかった。
他のみんなも「うん」「わかった」など軽く返事をしているので、全員参加する雰囲気だ。
星路だけ家で用事があるらしく、終わったら合流するようだ。
ぞろぞろわいわいと連れ立って教室を後にする。
クラスメイトと下校して放課後に寄り道なんて、初めての事態にヒカルは興奮していた。
同じくルンルンしている灯がヒカルの隣に来て言った。
「まずは時岩屋でお菓子を調達しよ〜!」
「時岩屋?」
「駄菓子屋さんだよ〜」
学校の裏道を上っていくと、大きな一本松の生えた小さな古民家が見えてきた。
灯が店内の覗き込んだ。
「岩婆〜〜生きてる〜〜〜???」
薄暗い店内に入ると、木と甘いお砂糖の匂いがした。
「めずらしい子がおるね。」
いつの間にかヒカルの背後にシワシワのおばあちゃんが立っていた。
ヒカルはもう少しでちびりそうだったが、(転校初日にみんなの前でちびるわけにはいかない)と、
お尻にキュッと力を入れて耐えた。
ドコドコと鳴る心臓を抑えて、平静を保ちながら「いつの間に…」とだけ言った。
「ふうん…」岩婆はまじまじとヒカルの顔を見つめて、シワシワの顔をくしゃっとしながら優しく微笑んだ。
「アンタは店ん中から好きなのぉ持っていきな。きょうは歓迎会なんだろぉ」
「え?あ、はい。いいんですか?」
岩婆はなんでもお見通しのようだった。
「いいよぉ。名前はぁ?」
「た、ヒカルです。忍者林ヒカル…」
「忍者林…!?あ〜っはっはっはっは。忍者…ブフー!!!!ゴ、ゴッホゴッホゴッgほ」
岩婆はそのまま死んじゃうんじゃないかと心配になるくらい爆笑してむせていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だいじょ〜ぶじゃ!はぁっ、ひっさしぶりに笑うたわ。愉快じゃ。ヒカル。」
名前を呼ぶと、岩婆はヒカルの手をとって大事なものを包むようにそっと手を重ねた。
しわくちゃだけどひんやり冷たい。でも、まるで心まで包まれているように感じる心地の良い手だった。
「アンタは幸せにならなきゃいかん。うん。いいね。」
「は、はい。ありがとうございます」
苗字を笑われたけど、ヒカルは全然嫌味を感じなかった。岩婆がそうさせないのか、
先ほどの星路の言葉がお守りになっているのか。きっと両方かもしれない。
うんうん、と頷くと、岩婆はくるりと振り返って、切り替えるようにお菓子を物色している生徒たちに向かい
「ヒカルはいいけどな、他の童どもはちゃんと銭こ払ってけよ。」と言った。
「え〜いいじゃんケチぃ〜〜」
「誕生日以外は、だめ。」
誕生日はタダでいいらしい。
「岩婆はほとんど目が見えてないのよ」
先に会計を済ませた柳がヒカルに教えてくれた。
「そうなんですね。」
しかし岩婆はどこに何があるかわかっているらしく、店内をスイスイと身をこなして進んでいく。
レジ前の椅子にストンと座ると、会計をしようとする大牙に
「30円足らん」と言って持っている杖で頭をポカンと叩いた。
「まじか!」
慌ててあらゆるポッケをまさぐって大牙は30円を探す。
その様子をみんな微笑ましく、あるいは呆れ顔で見ていると、灯がヒカルの横に来て耳打ちした。
「岩婆は耳でわかるんだよ。すごいよね。」
灯は人懐っこいゆえに何をするにも距離感が近い子だった。
不意に至近距離で大きなキラキラした瞳でニコッと微笑まれ話しかけられると、
ヒカルは真っ赤になってドギマギした。
が、「お前は18にもなって計算もできんのか。たわけが。」
という岩婆の言葉に、思わず振り返った。
「え、18?!大牙君、18歳なの??」
「大牙はバカだから一生中学生をやり直してる。」
つららが酢イカをかじりながら補足する。
「つらら!もうちょっとソフトな言い方してくんねーか!」
「事実を言ったまで。」
衝撃の事実も聞かされつつ、ヒカルは両手に抱えるほどの駄菓子をゲットした。
食べれる分だけ選んだが、岩婆に「そのきな粉のやつ、絶対アンタ気にいるからお食べぇ」
という調子で、どんどん袋に駄菓子を詰めていったのだった。
それぞれお気に入りのお菓子を買い、次に移動しようとすると岩婆は鋼を呼び止めた。
「ちょっとラジオの調子が悪くての、見てってくれんか。」
「うん。いいよ。どれ?」
鋼は店の奥の岩婆の生活空間になっている場所に入っていった。
「じゃあ先行ってるね〜」灯は既に見えなくなった鋼に向かって言った。
「待ってなくていいの?」店を振り返りつつヒカルはたずねた。
「うん。きっとすぐ終わるし、先に始めてよ〜」
岩婆の店をでて、さらにしばらく山道を登ると、丘の上の広場にでた。
「わ〜いい眺め!」山道に慣れていないヒカルは、目的地に到着した達成感と、
汗だくの体をそよそよと癒してくれる風に感動して思わず声を上げた。
「でしょ。ここからは村全体が見えるのよ。」柳が誇らしげに言った。
ここは一同のお気に入りの場所らしい。みんな景色が見えるように思い思いに近くに座ってお菓子を広げた。
「外で食べると気持ちいいね。」
「あ、ヒカルの選んだやつほぼほぼ灯と一緒〜!気が合うね!」
「うん、これ、初めて食べるんだけど、何なのかな?」
「きな粉棒だよ。きな粉練ったやつ。美味しいよ!」
「つららは今日もアイスばっかりね。」
「いいじゃん別に。」
「お前はどんだけ食っても腹壊さねーから羨ましいぜ!」
大牙は手の平にお米のお菓子をパラパラと乗せた。
すると小鳥たちが寄ってきて、ツンツンとお菓子を食んでいる。
「すごい、大牙君。思ったんだけど、動物好きなの?その、毛皮きてるし。」
「ああ!動物は俺の仲間だ!生きとし生けるもの全てが俺は大好きだ!
虎は憧れだ!だからいつも身に纏っている!!」
「そうだったんだぁ。」
その毛皮は本物なの?と聞きたいが、ヒカルはまだ一歩踏み出せない。
しばらくして、鋼と星路が一緒にやってきた。
「岩婆のラジオ直った?」灯が尋ねると、
「叩いたら直った。」鋼はチョップをして見せた。
そんな古典的な方法で直るなんて。おかしくて、思わずヒカルはあははっと笑ってしまうと、
鋼はヒカルの前にやってきて、バツが悪そうにヒカルに声をかけた。
「おい、その…朝はごめん。」
「え?!いや、もう大丈夫、気にしてないよ。」
「…お前にとっては大丈夫じゃないことみたいだったから、ちゃんと謝りたくて。ごめん。」
そしてペコリと頭を下げた。
(えーーーーー!!嘘でしょ。謝ってくれた。嬉しい!だってこれは、
僕とこれからも仲良くしてくれるつもりってこと。何より、僕の人格を尊重してくれているってことだ。)
そして、自らの間違いをうやむやにせずきちんと謝ってくれる鋼に、ヒカルはとても感動した。
「で、本当のこと話そうと思って。」
「へ?本当のこと?」
ヒカル以外のその場にいる人間に緊張が走った。
鋼は他のクラスメイトに目配せで、大丈夫だ、と合図を送り言葉を続けた。
「俺、別にお前をからかおうとして手裏剣持ってたわけじゃなくて、大好きだからいつも常に持ってる。
こういうの。」
そう言いながら鋼はビラッと自分の学ランのボタンを外し、上着を広げると、
裏地には手裏剣やクナイのような武器がたっくさん縫い付けられていた。
「おおお〜!!」ヒカルは思わず歓声を上げた。
「よく考えたら、大牙の毛皮が個性で片付けられるんなら、俺の暗器だって隠さなくても良かったよな。」
「まぁ、でも一応武器だからね。武器学校に持ってくるのは、そら普通怒られるわよ。」
柳が的確にツッコんだ。
「俺は、これがないと落ち着かないんだ。おかげで今日は一日中調子が出なかった。だからヒカル。
これは俺の趣味であって、お前の苗字は一切関係ない。」
真っ直ぐにヒカルを見て鋼は言った。
「お前に変なやつだと思われたくなくて、千里とクラスのみんなにあんな嘘つかせることになった。」
「そう、だったんだぁ…」
そう打ち明けてくれた鋼の後ろには、村に沈む綺麗な夕焼けで空が真っ赤に染まっていた。
「暗道君、打ち明けてくれてありがとう。」
「鋼で、いい。」
「鋼、くん!」
「お前ら同い年だろ。呼び捨てで呼べよぉ!」と大牙君が肩を組みながら提案してくれた。
「鋼っ!」
「うん、これからよろしくな、ヒカル。」ようやく鋼と目があって話ができた。
「なっはっは!誤解が解けてよかったぜ〜〜〜!!!!!
大牙はヒカルと鋼の首に腕を回し、ぎゅうぎゅうと抱き寄せた。
「苦しい…やめろ大牙…」鋼は本気でやめて欲しそうだった。
「あははっ」ヒカルは喜んでいた。
(よかった。本当によかった。僕はこれからみんなと仲良くやっていけそうだ。)
「じゃあそろそろ日も暮れるから、帰りましょうか。」
柳はみんなのゴミを持参したゴミ袋に回収しながら言った。
「ヒカルは俺が送っていこう。まだ土地勘がないだろうからな。」
「ありがとう、星路君!」
学校を過ぎた分岐でみんなと別れ、ヒカルは薄暗くなった道を星路と二人で歩いていった。
薄暗いところに友達といると楽しくなっちゃうのって何でだろう。ヒカルはなんだかワクワクしていた。
「ヒカル、今日は大丈夫だったか。みんな個性的すぎて、引いてないか?」
「いやっぜんぜん!むしろ…その逆っていうか。みんな、自分の好きなものがあっていいなぁって思って。
感動したんだ!」
ヒカルは今日の出来事を振り返り、噛み締めながら言った。
「僕は、いじめられてたこともあって、苗字とか、自分の弱さ?にばっかり意識がいってたことに、
みんなと話して今日、気づいたんだ。だから僕も、これから夢中になれるものを見つけたらいいなと思ったよ!」
「そうか。」
薄暗くて表情は見えないが、微笑んでいるような優しい口調で星路は答えた。
「お前の好きなものってなんだ?」
「う〜ん…好きなものって実はよくわからなくて。嫌いなもの…ならハッキリしてるんだけど。」
「何だ?」
「忍者」
星路の歩みが止まった。
「忍者はやっぱり嫌い、かなぁ。その単語が原因でいじめられてたから…。すごく苦手意識があって。
あ、だから、逆に忍者を研究してみるってのはどうかな?!」
振り返ると、そこに星路の姿はなかった。