最悪の自己紹介
転校初日の朝、ヒカルはもちろん緊張していた。
タイムスリップしたかのような木造二階建ての学校。
一見寂れたように見えるが、校舎にはよく手入れをされている植栽が
日に映えていてあたたかい雰囲気を作り出していた。
ヒカルは登校すると職員室で担任の千里に挨拶をし、一緒に教室へと向かった。
階段を上がってすぐに教室はある。
「はい!という訳で転校生を紹介します!忍者林ヒカルくんですっ!ハイみんな拍手〜」
パチパチパチとまばらな拍手がヒカルを迎える。
今日からクラスメイトになる6人の生徒たち。
一番前に座っている星路と目が合い、ヒカルは目で挨拶した。
見知っている人間がこの空間に1人でもいることが、すごく心強かった。
「東京から来ました、忍者林ヒカルです。よろしくお願いしますっ」
どうにか今日の挨拶は挙動不審にならずにできた。
数人しかいない全校生徒は一つの教室で過ごしていて、席も自由なようだった。
教室が広く感じられる。
「うちの中学は君を入れてこの7人が全校生徒だよ〜。だから年齢もバラバラなんだよね。」
と千里が説明をする。
「そうなんですか。」
「ちなみに忍者林くんは14歳だよね?」
「はい!」
ざっとクラスメイトを見渡してみると、なるほど学校特有の統一感が全く感じられなかった。
制服こそ同じものを着ているが、着こなし方や大牙の毛皮を筆頭に装飾品など自由に身につけているせいで、見た目が自由すぎるのだ。
ヒカルは一目で校則は緩そうだと察した。
千里は続ける。
「じゃあ、端っこから生徒を紹介するね。星路は昨日会ったんだっけ?」
「はい。」
「本当はうちらも昨日見てたけどね…」
「なんだぁ?灯」
「何でもないよぉ〜」
セーラー服にポニーテールの女の子。
灯はクリクリした大きい目をヒカルに合わせるとニコッと笑いかけた。
突然向けられた可愛い女子の笑顔に、ヒカルはすっかり狼狽して真っ赤になってしまった。
そんなくだりも意に解さぬ様子で一番前の端に座っていた星路は立ち上がり、自己紹介を始めた。
「影沼星路。15歳。我が家はこの村の代表を勤めている。
里のことでわからないことがあったら何でも聞いてくれ。」
よっ星路〜という声と共にクラスメイトの拍手が起こる。
「はい次、じゃあ隣の灯〜」
「は〜い!焔灯ですっ。13歳です!好きなことは〜…燃えてる火をじっと見つめること!」
一瞬沈黙がよぎったが、千里が「その…焚き火とか!この子趣味で!!」
と慌ててフォローする。
「灯ちゃん?能力に関するひと言は言わなくていいんだよ?」
小声で千里は灯を嗜める。
「そうなの?でもほんとに好きなんだよ。」
一同はおそるおそるヒカルを見やった。
ヒカルはキョトンとしていたが、みんなからの視線をコメントを促されていると理解し、
「あ、焚き火!癒されるよね!僕も眠れない時、YOUTUBEとかで焚き火の動画を流したりするよ。」
と慌てて答えた。
彼が不審に思っていない様子を見てクラス一同は胸を撫で下ろした。
共感してもらえた灯は嬉しくて思わずガタッと立ち上がる。
「えー!?そうなの!?」
「うん、あの揺らぎ…?が、みてて心地いいよね。」
灯は大きい目をキラキラさせて嬉しそうにヒカルを見つめた。
黒い瞳が燃えるように綺麗で、思わず吸い込まれそうだった。
当然ながら女子に免疫のないヒカルには刺激が強すぎる。
(目を離すと失礼だし、かといってこのまま見つめ合うと身が持たない〜!)
目をぐるぐるさせて狼狽しているヒカルをよそに
「はい!次!!」と自己紹介は進んでいく。
「植原柳、15歳です。植物が大好きです。よろしくお願いします。」
長い髪の三つ編みにメガネという、いかにも学級委員長という出立だ。
温厚そうで、クラスの中では大人っぽく見える。
「柳は学校の周りの植物の世話もしてるんだよ〜。」
千里が補足説明を付け加える。
「そうなんですね!登校した時に、すごく木や草花が手入れされていて綺麗だなって癒されたんです。
すごいですね。」
「あら、ありがとう。校舎裏には毒草も生えてるから、よかったら見てみてね。」
「え?」
「はーい次ー!つらら〜」
毒草の話題をこれ以上深掘りさせないように、千里は次の人に紹介のバトンを回していく。
「氷凍つらら、14歳。…お笑いが好き。」
色素の薄い髪を肩までふわふわさせた美少女であるつららはチラリとヒカルを見た。
鋭く突き刺さるような視線をうけて、灯とはまた違う意味でドキリとした。
お笑い好きなんて、クールそうに見えて意外だな、と思っていたら次の瞬間
「寒いギャグをいう奴は殺す。」という一言が飛んできた。目が本気だ。
(つららって珍しい名前ですねって言いたかったけど、殺すって言われた後にそんなことは言えない。)
ヒカルは言葉を飲み込んだ。
「き、気をつけます。」
「はい、次大牙〜」
ガタッと立った拍子に椅子が勢いよく後方に吹っ飛んでいく。
「我輩の名は犬塚大牙だー!生き物は皆兄弟ーー!!!!
よろしく頼むぞぞヒカルよーーー!!!!!!」
「うん!よろしく!」
ガタガタと吹っ飛んだ椅子を律儀に取りに行き、大牙はストンと座った。
ヒカルはその様子を見守りながら、
(虎の毛皮は本物なのかな、もう少し仲良くなれたら聞いてみよう。)と思った。
「てゆうか大牙、それ脱いでこいって言ったよね?」
「我輩の個性だ。個性。」
千里は転校生が来ると決まってから毎日のように毛皮を脱ぐように説得してきたが、
もう当日を迎えてしまったのでそれ以上注意するのを諦めた。
「最後は、鋼〜。」
「…。」
窓際の席に座った鋼は顔半分を黒マスクで覆っていて、手には黒グローブをつけていて、
相変わらず黒のカタマリのような出立ちだ。
「ほら!鋼!自己紹介!」
ちっと小さく舌打ちをした後、面倒臭そうに
「暗道鋼。14歳。」と言った。
ハタから見ても、彼の機嫌が悪いのは明らかだった。
「あ〜ごめんごめん、鋼はさっきね、学校に持ってきちゃいけないもの(暗器)を
俺が見つけて没収しちゃったから、ご機嫌斜めなんだよね〜。」
と、千里が言うと、鋼は恨めしげな目つきでギッと睨んだ。
そんな視線はお構いなしに千里は鋼の隣にいくと、彼の背中をバンバン叩きながら
「元から無愛想なんだけど、根はいい子だから、仲良くしてやってね!」
と、ヒカルに紹介した。
思春期の難しい年頃の子に、そんな対応で大丈夫なのかとヒカルがハラハラしていると、
やはり相当気に障ったようで、鋼は千里の腕を思いっきり払い除けた。
その瞬間、バラバラ!ガチャン!!と、鋼の制服の下から何かが床にたくさん落ちた。
そのうちの一つがヒカルの足下に転がってくる。
「これはー…手裏剣…?」
クラス一同は青ざめた。ヒカルが落ちている手裏剣を手に取ろうとした瞬間、
「触っちゃだめよ!」と柳が叫んだ。
「その、危ないから。」
戦闘用の手裏剣の場合、刃に毒が塗られていることもある。
もちろん、鋼が日頃から持ち歩いているこれらは観賞用なので毒などは塗っていないが。
「そうなんだ…」
ヒカルは忠告をうけて拾うのをやめた。
鋼は立ち上がると無言で散らばった手裏剣や、そのほかの落とし物を拾っていた。
ヒカルは場の空気を和まそうと「すごいね、それ、本格的だね。」
と話しかけたが、鋼は答えなかった。
千里は天石から預かった“記憶失くし薬“が染み込んだガーゼを
ヒカルに嗅がせようと背後から忍び寄った。
瞬間、ヒカルが背後を振り返ったので、千里はサッと手を後ろに隠し平静を装った。
「もしかしてー…」
ヒカルの発言にクラス一同がゴクリと唾を飲み込んで注意した。
「ボクが忍者林だから、持ってきてくれた…とか?苗字が、その、忍者…だから。」
「え!?あー…はははははは!そう!そうだよな!!鋼!?」
ヒカルの思い違いにクラス一同は乗っかることにした。
転校初日にいきなり記憶喪失にさせるのはさすがに申し訳なかったからだ。
「忍者林だから手裏剣とか好きかなって!ね!思ったんだよな!」
千里は鋼の肩を再度抱いて、まったくしょうのないやつだな〜感を出しながら言った。
鋼は不本意だったが、自分の失態のせいなのでそれ以上抵抗はしなかった。
「やだ〜こんなの持ってこないで、早くしまってしまってよ!」
柳は後輩を嗜めながら鋼の暗器を素早く回収していく。
「ははは。これは、ありが…とう?でいいのかな…?」
なんとか場の空気は収まったが、今度はヒカルが納得していなかった。
(苗字でいじられるのはもうごめんだ。)
ヒカルは表情管理を試みたが、みるみる暗い顔になっていく。
(自己紹介は最初が肝心で、明るくしないといけないのはわかるけど。)
頭ではわかっていても、心のコントロールが効かなかった。
(新しい土地でやり直そうと思って来たのに、ここでもいじられるなんて。
すごくいやだ。)
「どうしたの?気分でも悪い?忍者林くん」
心配した柳に苗字を呼ばれた瞬間、被せるように
「ヒカル!…って呼んでください。」と自分でもびっくりするくらい大きな声でヒカルは言い放った。
横目で灯がビクッとしたのが見え、しまったと思ったが、
もう口から出てしまったものはしょうがない。
「ごめんなさい。実は僕、この苗字、好きじゃなくて。
よかったら下の名前で呼んでください。みなさんよろしくお願いします。」
ヒカルはできる限り嫌な感じにならないように平静を保って言った。
頭を下げた時、涙がこぼれそうだったけど懸命に堪えた。
クラスの一同もこのまま自己紹介を終わらせようとしているヒカルの意図を汲み取って、
顔を見合わせながらもパチパチパチと拍手をした。
千里はなんとか空気を変えようと
「よし!よ〜し!じゃあ自己紹介も済んだことだし、
いい天気だし!一限目は体育で!スポーツテストしよう〜〜〜!!!!!」
と提案した。
「みんな着替えたら元気に校庭に集合してね〜〜〜!!!!じゃあ解散〜!」
いい天気。確かに外は晴れていて快晴だ。
しかしまたヒカルには曇天に見えていた。
(引っ越したって意味がなかった。
ああ。もう、忍者なんて、大っ嫌いだ)
そんな思いとは裏腹に、自分以外全員忍者に囲まれた生活が、今始まった。