ギリギリでの開花
星路は屋上から飛び降りると、風に乗りながら一階の職員室の窓へ突っ込み千里に叫んだ。
「ヒカルが攫われた!現在地は!?」
即座に緊急事態だと理解した千里は目を瞑り、100km四方に渡る視界でヒカルを探す。
「いた!“帰らずの森“だ!」
返答を聞くや否や、星路はまた風に乗り、“帰らずの森“を目指し飛行した。
「待ってろ、ヒカル!上野では間に合わなかったが、今度こそ!間に合ってみせる!!…オババ様!!」
ヒカルがうっすらと目を開けると、たくさんの緑が霞んで見えた。
(ここは…)
見覚えのある、自然教室でキャンプの拠点にした場所だった。
(さっきまで学校にいたのに…)
身体に僅かに痺れが残っているのを感じる。手足を縄で縛られていて、身動きが取れない。
「ほら、お前がもたもたしているから、目を覚ましちまったじゃないか。」
老婆と3人の忍び装束に身を包んだ忍者がヒカルを囲んでいた。
「寝てる間に急所を刺せば、獲物も騒がずに死ねたんですよ。」
そのうちのメガネがキラリとひかる長身の忍が、ヒカルを見下ろしながら言った。
「棗、さっさと殺すんだ。これはお前の通過儀礼だよ。」
老婆に棗と呼ばれた少年は、忍び装束からも分かるほどに震えていた。
その手にはクナイが握られていて、切っ先はヒカルに向けられている。
(もしかして、殺すって、僕のことをーー!?)
ヒカルの口には猿ぐつわのように布が噛まされていて、
やめてという声もんー!んー!という音にしか変換されない。
しかし、その声に反応した棗の震える手からクナイが落ちた。
「ああん、もぉ!焦ったいなぁー。ボクにやらせてよぉ!血がみたい!血をみたい!
血をみるまでもう帰りたくない!!!!」
もう一人のかたわらで頭の上で手を組み、つまらなさそうに見ていた忍者が駄々をこねるように言った。
「落ち着きなさい、枢。これは棗のお役目です。」
メガネの男が落ちたナイフを拾い上げ、手渡しながら囁いた。
「棗、よく考えなさい。孤児である私たちをオババ様は拾い、育ててくれました。
里の秘密も知っている以上、私たちは殺すか、死ぬかのどちらかなんです。
これは、忍びとして前に進むための、通過儀礼ですよ…。」
ヒカルは棗とじっと見つめ合っていた。涙が浮かぶ棗の目には怯えと優しさが見えた。
(きっと、彼は僕を殺したくないんだ。)
棗の目も"助けて“と叫んでいる。
その様子を見て呆れたメガネ男は、ため息をつくと
棗の手からクナイを奪い、彼の脇腹にためらいなくつき刺した。
「ーーー!?ああああぁぁぁーー!!!!!」
棗は倒れ、痛みにもがき苦しむ。
「ウッキャー!暁雨やるぅ〜〜〜〜!」
枢は嬉々とした声を上げた。
「棗、あなたはこれが避けられるものだと思ってるようですね。
いい加減一切の甘えを捨て、忍びとしての覚悟を持ちなさい!さぁ、棗!?」
脇腹をおさえ、乱れた息でクナイを拾い、棗は再びヒカルを見据えた。
その目は先ほどとは打って変わり、獲物としてヒカルを捉えていた。
(このままじゃ殺されるーー!!!!)
その時、上空を飛ぶ星路がヒカルの姿をとらえた。
「いた!ヒカル!!!!!!!!」
空中から風でヒカルに防壁を作ろうとすると、横から何者かに衝撃波で吹き飛ばされた。
「っ!?」
体制を整えながら攻撃の先を見やると、そこには同じように空中に浮かぶハナの姿があった。
「やめろ」
「ハナ!?なぜ邪魔をする!?」
「いいから見とけ。」
「!?でもヒカルが!」
「あいつなら大丈夫だ。」
「大丈夫なわけないだろう!?」
ヒカルは今にも刺されそうになっている。
たまらず星路は再度風でカマイタチを起こし、棗にぶつけようとするが
それもハナがどういうわけか大きく口をあけ吸い込み無効化してしまう。
今度はヒカルの元へ急降下を試みるが、それもハナが横から体当たりして妨害し、
数メートル離れた茂みに落とすと、星路の身体を地面に踏みつけ動きを封じた。
軽そうに見えるハナの体躯からは信じられない力で押さえつけられ、まるで重力に押し潰されるようだった。
「ハナ!?なぜ邪魔をする!?このままではヒカルがー!!!!」
「ギリギリまで待つんだ。」
「待つって何を!?!?」
「あいつなら出来る。」
茂みの先にはヒカルが見えた。
「うぁぁぁぁーーーーーー!!!!!」
叫び声を上げながら、棗がクナイをヒカルに振りあげる。
(本当に僕、殺されちゃうの!?いやだ!いやだよ!!)
その刹那、ヒカルの身体に不思議な感覚が込み上げてきた。
以前、上野で不良と対峙した時に感じたあの感覚。
「そうだよヒカル、お前の中には、いっぱい電気が溜まってるはずさ。」
ハナは語りかけるように言った。
ヒカルは全身の毛が逆立ち、体内に帯電した電気がバチバチと音を立て身体を包みこむと、
スタンガンのように放電した。
棗は一瞬ひるんだか、再び思い直してクナイを振り力いっぱい下ろすと、ヒカルの身体から稲妻が走り、
彼はクナイを介して感電しその場で気を失った。
「今のはいったいー…ヒカルがやったのか…?」
星路は戸惑いを隠せなかった。
「どういうことです、オババ様…。この小僧は外部の人間では?」
オババ側も想定外のことに動揺しているようだった。
「里の者以外で異能を授かることはない…。まさか、この小僧は…」
すると、それまで星路を押さえつけていた重力が、ふっと止んだ。
瞬間、星路は風でヒカルの周りに障壁を築き、取り巻くオババと忍者へ攻撃を仕掛けた。
「ヒカルから離れろ!」
忍者たちは反撃を試みたが、オババに制止され、倒れた棗を抱えて、影に沈み消えていった。
「星路、その小僧を里から出すでないぞ。」
そう言い残すと、オババも自らの影へ沈んで消えた。
「ヒカル!大丈夫か!?今、縄を解いてやる…」
ヒカルは未だスイッチを入れたスタンガンのようにバチバチと放電したまま横たわっていた。
「触るな!」
ハナが星路を止める。
「今ヒカルは、力をコントロールできていない。さっき一回放電したとはいえ、
象一頭くらい失神させる電力はまだ残ってるはずだ。」
「じゃあどうしたら?」
「あたいにまかせな」
ハナは口を開けると、ヒカルの電力を吸いとった。
「さっき俺の風も吸い込んで無効化したな。ハナ、宙に浮いていたし、いったいお前は…」
「企業秘密だよ。」
ハナが吸い込み終わると、ヒカルは気を失った。
「ヒカル!」
「大丈夫、寝てるだけさ。さ、家まで運んでやりな。」
「ハナは何か、知っているのか?」
「あたいが知ってるのは、こいつにも異能があることぐらいだよ。
村へ戻ったら千里に聞いてみな。先生が説明してくれるさ。」
「千里が…?」
「あたいは先に戻ってるよ。くれぐれも、ヒカルを落とすんじゃないよ。」
そういうとハナは煙のように消えた。
「ハナは一体なんなんだ…そして、さっきのは、どう見ても“異能の目覚め“だった。
ヒカルも天地村の人間なのか…?」
湧き上がって止まない疑問と共にヒカルを抱え、星路は再び風に乗り村へと飛んだ。




