反対勢力と初めてのお泊まり会 前編
村で一番大きな屋敷を構えるのが代々村長、忍としての頭領を務める影沼家だった。
荘厳に構える門を抜けると、深い緑色の屋根瓦が竜の鱗のようにひしめき合い、
テラテラと西日を受けて輝いている。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、若様。」
自然教室から帰宅した星路は、流れるように女中に荷物を手渡すとその足で
「オババ様にお会いする。」と離れへ急いだ。
長い廊下を渡り、祖母の部屋へ続く廊下の戸を開けようとすると
いつもは開いている扉が堅くカギで閉じられている。
星路は風の力を使い、手荒に扉を吹き飛ばし先へと進む。
彼はまぎれもなく怒っていた。
「いかなる時も、感情を表に出すなと、お前が小さい頃から教えているはずだが。」
みぞおちが縮こまるような、貫禄ある老婆の声が響いた。
一面畳敷きの部屋の奥には、一段上がった座敷があり、そこにオババ様と呼ばれる老婆が座していて、
対面するように星路の父親もそこへ座っていた。
星路は言った。
「オババ様は、ヒカルを殺すつもりですか?」
「お前はババに、ただいまの一言も言えんのか。」
ヒィヒィと意地の悪い笑い声を出しながらオババは答えた。
感情的になっている星路を、父が制し、丁寧に言葉を選びながら今度は父が言った。
「御義母様。御義母様の反対を押し切って、あの父子をこの村へ入れたことは私が謝ります。
しかし、この村の未来には必要なことなのだと、ご理解いただきたい。
ご理解はいただけなくとも、我々の試みもまだ始まったばかりのことゆえ、どうか極端なことはせずに、
まずは見守っては下さりませんでしょうか。
星路親子の意見を口の中で味わうかのように苦い顔をした後、オババは答えた。
「この村によそ者はいらぬ。忍びの地が、血が、穢れるだけじゃ。」
オババは天地村忍軍の先代の頭領であった。余所者が自分の領地に入ってくることが許せない。
「だからと言って、僕と同じ歳の子供を、ババ様は殺すのですか?!」
そう言う星路を、オババはジロリと睨んだ。
その眼光は鋭く、衰えを感じさせなかった。
「殺せていないだろう?まったく。わしの手先もぬるくなったものよ。今の若い忍びには覚悟が足らん。
“人を殺す“、覚悟がな。」
吐き捨てるように言った。オババは本気でヒカルを消すつもりだったのだ。
星路は身内ながら、ゾッとした。人を殺せないことをなじることが信じられなかった。
星路の父は続けた。
「オババ様、今の時代に、忍びに残忍さはいらないのです。殺しも必要がない。
我々は忍びである前に、人間なのです。
私はこの村の頭領として、一族の皆が自分らしく暮らしやすいようにしてゆきたいのです。」
星路の父は一瞬、この先を続けるか迷ったが、言葉にした。
「月子のような犠牲を、私はもうこの村から出したくはない!
あなたも、ご自分の娘を失って、まだそのことに気づかないのですか?」
「やかましい!!!!」
オババは一喝した。
オババは立ち上がり、檻の中の虎のように同じ場所を行ったり来たりしながら、叫ぶようにして言った。
「月子は弱いから死んだのじゃ!忍びとしての強さから目を背けた末路があれじゃ!!
弱さはこの村を滅ぼすことをあやつは身をもって証明したのじゃ!!」
オババは怒りのあまり咳き込んだ。体全体で息をしながら、星路に睨みを効かせる。
「…星路、せいぜいわしからあの小僧を守ってみるがいいよ。
こちらは手先のぬるさを消すのに、ちょうどいい鼠が来た、と思うことにするよ。」
そう言うとオババは高らかに笑いながら自分の影に沈むようにして姿を消した。
星路は元頭領とはいえ、自分の祖母がそのようなことを言うことが受け入れがたく、放心して立ち尽くしていた。
そんな星路の肩を、父が優しく叩きながら言った。
「オババ様は、お前の母さんが死んでから、ショックで人の心を忘れてしまったのだ。
しかし、いつかオババ様も今のままではいけないことを、きっとわかってくれる。」
「…そうでしょうか。」
耳にオババの甲高く笑う声が残っている。
オババがわかってくれるのを待っている間に、きっとヒカルは殺されてしまうと星路は思った。
顔を上げると星路は決意した。
「ヒカルの身辺警護を強化するべきです。我々が招き入れたのだから、我々が護らないと。」
「ああ。常に見張りを立てておこう。ただ、わかっていると思うがオババ様の“転送“の能力は
『自らや送り込みたいものを物理的に好きな場所へ転送』できてしまう。
侵入を防ぐには…“能力無効化“の護符をできるだけ早いうちにヒカルくんの家に貼ることが必要なのだが…」
しばらく考えた後、星路はいった。
「父上、俺に良い考えがあります。」
週明け、星路は登校するなりヒカルをつかまえて
「ヒカル、今日、お前の家に泊めてくれないか?」とやった。
「おはよう〜星路くん。うん…って泊まっ!?うちに!!??」
「ああ、ダメか?」
「ダメじゃないけど…急だね!?」
「じゃあ、放課後、一度家に戻ってからお邪魔する。」
「う、うん!わかった、待ってるね!」
星路は他のクラスメイトにはもちろん、前もって事情を説明済みだった。
様子を見ていた女子たちからは、心配の声が上がった。
「だいぶ強引に話を進めたな。」と、つらら。
「星路って、言葉足らずがすぎるところ、あるわよね。」やれやれと柳が言う。
「あ〜いいなぁ〜お泊まり〜!」
灯は流石に男子のお泊まり会に参加できないことを、柳とつららに説得されていた。
「俺たちだって見張りしてるんだ。毎日一緒に泊まってるようなもんだろ。」と鋼。
クラスメイトたちは、星路がオババと対峙してから、交代で毎夜ヒカルの家の警護していた。
そんなことにもちろん気づかないヒカルだったが、今はお泊まりの話が決まって、気が気ではならなかった。
『友達が泊まりにくる準備』とは!?とネットで検索をかけまくって、
お客さんをもてなす準備を休み時間じゅう確認していた。
(幸い引っ越したばかりだから、新しいタオルはたくさんある。
夜は…カレーは先週自然教室で食べたばかりだし、何にしよう!?)
といった具合で、あっという間に放課後になった。
ダッシュで家に戻ったヒカルはさっそく家を片付けたが、
元々物が少ない家なのもあり、片付けはあっという間に終わった。
父に話すと、すんなり了承してくれて、夕飯は手巻き寿司をしようと言うことになった。
準備が終わり、手持ち無沙汰にそわそわしていると、“イヌ“がヒカルのそばへ来て身体を擦り寄せた。
“イヌ“はヒカルの家で飼うことになり、前から一緒だったかのようにヒカルの家に馴染んでいる。
ヒカルは初めての友達とのお泊まり会にド緊張していたが、“イヌ“を撫でていると心が落ち着いた。
“イヌ“はそんなヒカルの心がわかっているようだった。
ヒカルは“イヌ“を撫でながら話しかける。
「この前森で一緒だった星路くんが、今日は泊まりに来るんだよ。
これをきっかけに、もっと仲良しになれるといいな。」
ヒカルの嬉しそうな顔を見ると、“イヌ“は大きなあくびを一つして、顎をヒカルの膝に乗せた。




