9.何だったんだ?
ダンジョンの地下十五階層から地下十六階層へと続く階段の前。
「……」
ノーラが水平に剣を薙ぐ。
「グオアアアァァァァ……」
たったそれだけの動作で、目の前にいたサイクロプスという角が生えた一ツ目の魔物の首が落ちた。
サイクロプスはこの階層におけるボス的な存在の魔物だ。
3メートルはあろうかという巨体に、大人の胴回りくらいある太い腕、とにかく全てが大きい。
見た目通りの怪力の持ち主で、ゴブリンくらいの重さならば片手で軽々持ち上げられる。
並の冒険者であれば、その剛腕でいとも簡単に殴り飛ばされてしまうだろう。
また、その皮膚は鉄のように硬くてなかなか刃が通らず、傷1つつけるのにも苦労する。
なので、じっくり時間をかけ、魔法などで弱らせてから倒すのが定石だ。
けれども、ノーラはそんなことお構いなしに、たった一撃でサイクロプスを屠ってしまった。
世界は広しと言えど、そんな真似ができる者はどれくらいいるのだろうか?
少なくともパルケアの街には、片手で数えられるくらいしかいない。
「……お疲れさん、ノーラ。」
目の前でとんでもないことが起こっているはずなのだが、レオンはもはや驚かなかった。
ノーラの無双っぷりを間近で見すぎて、きっと感覚がマヒしてしまっているのだろう。
それどころか、自分の出番がないことを寂しがっている節もあった。
「……ん……」
ノーラは一瞬だけレオンの顔を見て、軽く返事をする。
先日のガーゴイルの件以降、彼女はごくまれにレオンの言葉へ反応するようになっていた。
ただの気まぐれか、それとも自分のことを信頼してくれるようになったのか、その真意はわからなかったが、レオンは都合のいいように解釈することにしていた。
「サイクロプスか……こいつはちょっと時間がかかりそうだな……ノーラはしばらく休んでてくれ。」
そう言ってレオンは鞄からナイフを取り出す。
ゴブリンにゴブリンナイトにサイクロプスに……。
魔物の死体がいくつも転がっている中、彼は素材の剥ぎ取りを始めた。
ただ、サイクロプスの解体は慣れていないようで、あーでもないこーでもないとブツブツぼやきながらナイフを突き立てている。
「……」
ノーラは剣の手入れをしながら、悪戦苦闘するレオンの様子を眺めていた。
~~~
時間はかかってしまったが、なんやかんやでレオン達は無事素材の剥ぎ取りを終えた。
「さて……もう少しだけ進んどくか?」
「……」
レオンの問いかけにノーラが無言で頷く。
地下十五階層までほぼ一人で戦いっぱなしだというのに、まだまだ全然余裕そうだ。
こうしてさらに下へと潜ることになった二人。
「ゴブリンナイトだ!」
「……」
「ギャッ……!」
出くわしたゴブリンナイトを一瞬で斬り捨て……。
「今度はオークが……3体!」
「……」
「ブモォ……」
「ブオォ……!」
「ブァァァァッ……」
侵入者を待ち構えていたオーク達を瞬く間に斬り裂き……。
あっという間に地下十六階層を踏破して地下十七階層へと到達した。
~~~
冒険者ギルドでは、冒険者への依頼の仲介だけでなく、魔物から取れる素材や魔石の買取りも行っている。
これは冒険者にとって貴重な収入源の1つでもあった。
「……ッ!魔石と素材の買取りですね。ただいま査定いたしますので少々お待ちください。」
ダンジョンから帰ってきたレオン達が冒険者ギルドの一角、簡単な壁で仕切られた小部屋にある買取りカウンターへ、持ち帰った素材や魔石を乗せた。
泊りがけでダンジョンの探索を進めたためか、かなり量が多い。
ギルド職員は一瞬だけ目を丸くしていたが、すぐに平静を装いいつも通りに業務をこなし始めた。
「あいよ。そんじゃあその辺で座ってようぜ。」
レオンは扉のない小部屋から出て、近くにあった椅子へ腰かける。
「……」
ノーラは黙ってその隣に座った。
陽が傾いてきて、外では地面へと映る影が伸びてきた頃。
そろそろ近場で低ランクの依頼を受ける冒険者達が、依頼の達成報告に帰ってくる時間帯だ。
ついさっきまで閑散としていた冒険者ギルド内も、だんだんと人影が増えてきた。
「……ハァ……」
「……」
それに伴って、レオンに向けられる居心地の悪い視線も増えていく。
冒険者の間で元々悪目立ちし、様々な噂話が飛び交っていたレオン。
つい最近、そこに新たな噂が追加された。
それは”レオンがダンジョンで急に成果を上げ始めたのは、ノーラに何か秘密があるのでは?”というものだ。
皆面白半分で囃し立てているのだろうが、その噂自体は強ち間違いでもない。
なのでレオンも表立って否定することはなかった。
そのせいなのか、ノーラにちょっかいをかけたり、あわよくば引き抜こうと画策する者もあらわれ始め、レオン達は冒険者ギルドへ近寄りづらくなっていた。
「お待たせいたしました!」
レオンが面倒なギャラリーにうんざりしながら待っていたら、査定が終わったようで職員に呼び出された。
すぐに立ち上がり、ノーラを連れてカウンターへと向かう。
「今回の査定額は5万ギロムでございます。ご確認ください。」
「サンキュー。」
レオンは職員から差し出された金を受け取り、軽く数えてから自分の鞄へとしまった。
「5万ギロムか……今回はまたすごい額だな。」
カウンターから離れたボソッとレオンが呟く。
5万ギロムは、ソロで活動していた時のレオンならばどうあがいても届かないような金額だ。
そんな大金をたった一日で稼ぎ出した。
本来ならば大金を手に入れて喜ぶところかもしれない。
けれども、ダンジョンで大した活躍もせず、ノーラのおんぶに抱っこだったレオンの脳裏にはヒモの二文字が浮かんできた。
「……いや……まさか……」
ヒモの二文字を振り払おうと、呪文のように何かを呟きながら首を振る彼を、ノーラは不思議そうに見ていた。
そんなことをしていたら、レオンは近づいてきた三人組の冒険者に話しかけられた。
「……何してんだ?こんなところで……」
どこか呆れたようなその声の主は、ハンスだった。
「……ん?……ああ……お前らか。まあ、ちょっとな。」
恥ずかしいところを見られ、頭を掻くレオン。
「そうか……」
彼の奇行について、ハンスがこれ以上言及することはなかった。
「お前らはダンジョンの帰りか?」
「ああ。今回の探索で地下十五階層まで到達したんだ!まだ奥までは行けてないが、なかなかのもんだろ!……ちなみに、お前らはどれくらい進んだんだ?」
レオンの質問に、ドヤ顔で答えるハンス。
地下十五階層に到達したのがよほど嬉しかったのだろう。
「俺らか?地下十五階層のサイクロプスを(ノーラが)倒して十七階層まで行ったな。」
ダンジョンの攻略状況を、言葉足らずではあるがありのまま伝えるレオン。
「は……?十七階層……?サイクロプス……?」
するとハンスのドヤ顔が一変、ポカンと口を開け驚いたような表情を見せた。
「すごいなあ。もうそんなところまで……。」
感心したようにそう呟いたのはミハイルだ。
何も知らない者であれば、レオンの話を疑っていたかもしれない。
しかし、つい先日レオン達がガーゴイルと戦う場面を見ていた彼らは、素直にこの話を受け入れていた。
言葉を失ったようなハンスを見て、ほんの少しのいたずら心が芽生えたクレアが、彼の競争心を煽るような言葉を投げかける。
「これは完全に先を越されちゃったわね、ハンス。……ハンス?」
「……」
威勢のいい言葉が返ってくることを期待していたクレアだったが、一向に返事がない。
どうかしたのかと、彼女はそっとハンスの顔を覗き込んだ。
「……嘘だろ……俺達はやっと十五階層だって言うのに……」
唇をわなわなと震わせる彼に、さすがにやり過ぎたかとクレアがフォローを入れようとしたその時。
「クソッ……クレア!ミハイル!今からもっかいダンジョンに潜るぞ!」
ハンスが顔を赤くしながら仲間達へと捲し立てた。
「うーん……さすがに今日はもう休もうよ……」
ミハイルは苦笑いしながら、興奮したハンスを宥める。
「……行きたかったら一人で行ってきなさい。」
クレアは冷たい視線をハンスへと送った。
「うぐっ」
自分の言動は衝動的で、クレアとミハイルの方が正しいという自覚があったため、仲間達に何も言い返せなかったハンス。
「……おい、レオン!いいか?俺達だってなぁ、すぐにそこまでたどり着くから見てろよ!」
しかし、このままでは引っ込みがつかなかったので、場当たり的に目の前にいたレオンへと啖呵を切った。
「あ、おう……そうか。」
ただ残念ながら、パーティー内でノーラの功績があまりにも大きすぎるため、レオンにそれを受け止められるだけの自信と器量はまだなかった。
彼は困ったように、曖昧な返事で誤魔化す。
「ハハハ!なにやら面白い話をしてるね、君達。いつの間にそんなに仲良くなったんだい?」
いつの間にか声が大きくなっていたらしい。
どこからともなく現れたステファンがレオン達の声を聞きつけ、いつものさわやかな笑顔で話しかけてきた。
「お、ステファンさんか。……こんな時間に珍しいな。どうしたんだ?」
優秀な冒険者であるステファンは、この時間は依頼で外に出ていることも多く、冒険者ギルドにいるのは珍しかった。
「実はエレアラに行く用事ができちゃってね。しばらくの間、ここを離れなければいけないんだ。それで、ギルドに断りを入れておこうと思ってね。」
より高い報酬を求めて……晩年を故郷で過ごすため……名声を手に入れるため……。
理由は様々だが、自由気ままな冒険者が活動場所を変えるというのはよくある話だ。
唐突ではあるが、ステファンもパルケアから出ていくことにしたらしい。
ちなみにエレアラは、バルバード王国の中央やや東側にある街で、パルケアからだと五日程かかる距離にある。
「えっ……パルケアから出ていっちまうのか……?」
ステファンに憧れて冒険者になったハンスは、この街から彼が去っていくと聞いてあからさまにショックを受けていた。
「寂しくなるな……」
それはレオンも同じだったようで、ボソッとそんなことを呟いた。
「そうだね……ま、でも君達とはまた近いうちに会えそうな気がするよ。なんとなくだけどね。」
そんな彼らにステファンは、微笑みながら優しい声でそう言った。
レオン達の間にしんみりとした空気が漂い始めた頃、冒険者ギルドに一人の女が入ってきた。
レオンはなんとなくその女の方を見る。
すると、彼女と目が合った。
身長はレオンと同じくらいで女性にしては背が高く、 夜の闇に紛れられそうなダークカラーの服を身に纏っている。
長い黒髪をポニーテールにまとめていて、眠たそうに垂れた黒目が印象的だ。
全く見覚えのない人物だったので、レオンはすぐに目をそらす。
受付の方に歩いていく女に気づいたステファンも、一瞬だけ彼女を目で追っていた。
それからしばらくして……。
「さて、そろそろ僕も行かないとな。それじゃあね。」
レオン達と散々話し込んだステファンは、そう言ってギルドの奥へと消えていった。
「……そんじゃあ俺らも換金してくるか。」
「そうね。」
ステファンが去って行くのを名残惜しそうに見送ってから、ハンス達は買い取りカウンターへと歩いて行った。
「……俺達も帰るか。」
「……」
レオンとノーラは宿へと帰ることにした。
~~~
宿に着く頃には陽が沈み始めていたので、二人は宿に併設された食堂で早めの夕食を済ませることにした。
レオンとノーラが空いている席に着いて、料理を注文する。
ちょうどそのタイミングで、食堂に一人の女が入ってきた。
なんとなく見覚えのあるその人物は、冒険者ギルドにいた女だった。
彼女は何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回している。
手持無沙汰なレオンがボーっとその様子を眺めていたら、先程と同じようにまたしても目が合った。
「……た。」
すると、女が何かを呟く。
よく聞き取れなかったがどうせ自分には関係ないと、レオンが視線を外そうとしたところで彼女が歩き出した。
迷うことなく一直線にレオン達の下へと近づいてきて、しれっと二人のいるテーブルに着く。
その動きはあまりにも自然過ぎて、傍から見れば全く違和感がなかったかもしれない。
知り合いでもなんでもないのに、まるで”ここにいて当然”みたいな雰囲気を出している女。
「え……?」
「……」
レオンは何がなんだかわからず、開いた口がふさがらなかった。
そんな彼に構うことなく、女は店員を呼んで料理を注文する。
ノーラは何も言わず、ただ目の前の女をじっと見つめていた。
店員が離れたところで、女はレオンの方に向き直った。
「レオン……?」
どうやら彼女はレオンのことを知っているようで、小さく首を傾げながら彼の名を呼んだ。
「お、おう……?」
ここ最近はノーラ目当てに話しかけられることが多かったため、一体何を言われるのだろうと身構えるレオン。
「……よろしく。」
「おう……よろ……しく?」
何がよろしくなのだろう?
女の口から出てきた言葉は想像していたものとかけ離れており、返事をするレオンの語尾が思わず上がってしまった。
「ええっと……とりあえず、名前を教えてくれないか……?」
他にも聞きたいことはあったのだが、彼はひとまず女に名前を尋ねることにした。
「……アリア。」
頬を少し膨らせ、しかめっ面になりながらアリアが答える。
何かマズい事でも聞いたのだろうかとレオンが困惑していたら、店員が注文した料理を運んできた。
テーブルの上へ置かれた料理にレオンが手を付けようとしたところで、アリアが口を開いた。
「……そういえば」
彼女はそう言うと、パンを食べ始めたノーラへと目をやる。
「……この子は……誰……?」
意外なことに、アリアは今冒険者の間で話題になっているノーラのことを知らないらしい。
ならノーラ目当てで話しかけられたわけではないのだと、レオンはアリアに対する警戒心を緩めた。
「……」
「ああ、コイツは俺のパーティーメンバーのノーラってんだ。」
ノーラに喋る気がなさそうだったので、レオンが代わりに答える。
「……そう……」
小さく呟き、静かにじっとノーラのことを見つめるアリア。
そんな彼女を気にも留めず、ノーラは黙ってスープをスプーンで掬って飲んでいた。
それっきり会話がなくなってしまい、何となく気まずさを感じたレオンは、それを紛らわすよう食事に集中する。
いつもより味が薄いような気がした。
すると、今まで黙っていたアリアが徐に口を開く。
「ごちそうさま。」
いつの間にか彼女は自分の分の夕食を全て平らげていた。
「それじゃあ、また明日。」
そして椅子から立ち上がり、一言そう言い残してこの場を後にする。
「……何だったんだ……?」
突然現れ、大事な情報を全てを端折った要領の得ない会話の後、風のように去ってくアリアを、レオンは狐につままれたような顔で眺めていた。
「……レオン……」
レオンが呆然としていたら、今度はノーラに話しかられる。
彼女はレオンがまだ手を付けてないパンを、じっと見つめていた。
「……それ……食べないの……?」
ノーラは自分のパンを食べきっていたのだが、どうやら物足りなかったらしい。
「……しゃーないな。はいよ。」
そう言ってレオンはパンを半分にちぎり、片方を彼女へと渡す。
「……ん……ありがと……」
小さな声でレオンへ礼を言うノーラ。
レオンにはいつも無表情なその顔が、若干緩んだように見えた。




