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8.おやすみ

 無事ガーゴイルを倒し、ハンス達を救い出すことに成功したレオンとノーラ。

 その後五人は大した会話もなく、共にパルケアの街へと帰還した。


 そして次の日。


 レオンはハンスに呼び出され、ノーラと共にギルド近くの食堂へとやって来た。

 ハンス達と合流し、店の端の方にある長方形のテーブルで、2つのパーティーが向かい合うように着席する。


「……」


「……」


 呼び出されたからには何かあるのだろう。

 そう思ってハンス達の言葉を待っていたレオンだったが、彼らはどこかそわそわした様子で、特にハンスは何かを言おうと口を開いては閉じを繰り返すだけで、なかなか話が始まらない。


「……で……今日はどうしたんだ……?」


 沈黙に耐え切れなくなったレオンがついに口を開く。


「す……すみません!……あの……改めて、昨日はありがとうございました。それで……今日は……その……」


 レオンの言葉に答えたのはミハイルだった。

 昨日の別れ際にも彼は頭を下げ同じようなことを言っていたのだが、改めて感謝の意をレオン達へと示す。

 

 そして、尻すぼみに声を小さくしながら、チラチラと隣にいたハンスの顔色を窺っていた。


 この感じを見るに、恐らくレオンに用事があるのはハンスなのだろう。

 

 けれども、当の本人はキョロキョロとどこを見ているのかわからないくらい視線を泳がせており、なかなか本題に入る様子はない。


 そんなハンスを見るに見かね、クレアがため息をつく。


「……ハァ……悪いわね、レオンに……ノーラちゃん?だったかしら。……ハンス?」


 彼女はレオン達へ謝ると、それよりも一段低い声で未だに話を切り出さないハンスを嗜めた。

 

「わ……わかってる……」


 そこまでされて彼もようやく踏ん切りがついたのだろう。


「その……なんだ……」


 レオン達の方を向いてしどろもどろに話し始める。


「今まで……悪かったな。」


「……え?」


 ハンスの口から出てきた唐突な謝罪の言葉に、レオンは意味がわからず素っ頓狂な声を漏らした。


「いや、だから!……その……羨ましかったんだ、ステファンさんが気にかけてるお前の事が……何で魔法が使えないくせに魔法使いを名乗ってる奴なんかと、って……」


 そこまで聞いて、レオンはようやく彼の言いたいことを理解した。

 

「けど、お前には魔法が使えなくても……いや……魔法で戦う力があったんだ。俺が知らなかっただけで、一人前の冒険者だったんだ……ハァ……」


 小さくため息をつき、自嘲気味に笑うハンス。


 彼は今までレオンのことを下に見ていた。

 しかし今回、その見下していたレオンに助けられたことで、自分の認識を改めざるを得なくなってしまった。

 

 蔑んでいた相手を認めるともなれば、否が応でも自分を顧みることになる。

 

 そのせいで自分の弱い部分や醜い部分に一晩中向き合わさせられ、相当こたえたが故のあの顔なのだろう。


「……まあなんにせよ、お前らがいなければ俺達は今頃……だから……その……ありがとぅ……」


 後半ごにょごにょしていたせいであまり聞き取れなかったレオン。

 だが、何を喋っているのかはなんとなく想像がついた。


 レオンは別に、元々ハンスのことが嫌いではない。

 毎度顔を合わせれば絡まれるので面倒な奴ではあるが、他の冒険者が遠巻きに見て陰口を叩く中、彼は真正面からレオンにぶつかってくる珍しい存在ではあった。


「お……おう……?そうか……?まあ、よくある話だって……うん……」


 とはいえ、つい先日まで自分のことを目の敵にしていた相手だ。

 そんなハンスからの謝罪と感謝を素直に受け入れるべきかどうか迷った末、レオンは自分でも何が何だかよくわからない返事をしてしまった。


 それを聞いたハンスは、その言葉の裏に何があるのかと深く考えこみ、沈黙してしまった。


 昼時の賑やかな食堂の一角で、気まずい空気が……。

 

「……ッ……フフ……アハハ!」


 流れることはなかった。


 他の客達の喧噪に混じって、クレアの笑い声が木霊する。


「な……なんだよ、クレア!急に笑い出して……」


 急に笑い出したクレアに、ハンスは困惑した。


「アハハハ!いや、だって……ねえ?……フフッ!」


 かみ合っていない二人の会話がよほど可笑しかったのか、彼女の目には薄っすら涙が浮かんでいる。

 

「……ッ」

 

 今度はミハイルの方から笑いを押し殺すような声が聞こえてきた。

 ハンスがミハイルを見ると、彼の体が小刻みに震えている。


「ちょ、おい!ミハイルまで……」


「~~~ッ!ご、ごめんごめん!……プッ!」


 口先で謝るミハイル。

 だが彼は笑いをこらえきれずにとうとう吹き出してしまった。


「チクショウ……何だってんだ!」


 両隣で仲間達に笑われ恥ずかしくなったのか、ハンスの顔が茹でダコのように赤く染まっていく。


 三人のじゃれ合いのような会話を聞いているうちに、なんだか悩むのがバカバカしくなってきたレオン。

 クレアとミハイルにつられて笑い声を漏らした。


「……ハハハ……」


 冒険者はお互いに足りないものを補うためにパーティーを組む。

 その相手は必ずしも近しい者とは限らず、パーティー仲間とはビジネスライクな関係であることも少なくない。

 今のレオンとノーラなんかはそれに近いと言えるだろう。

 そういうパーティーはたいてい、短期間で解散してしまう。


 しかし中には、苦楽を共にし背中を合わせているうちに絆が深まっていき、心の底から信頼できる仲間を手に入れる者達もいる。

 まだ冒険者としての歴はそこまで長くないが、ハンス、クレア、ミハイルの三人は恐らくそっち側()()()()なのだろう。


 そんな仲の良い三人のことを、レオンは少しばかり羨ましく思った。


「……ッ!笑うんじゃねえ!……やっぱりお前なんて嫌いだ!クソッ……!」


 レオンの笑い声を聞いたハンスが、真っ赤な顔をしながら悪態をつく。


「ええ……」


 そこまで言わなくても……なんて思ったレオンだったが、この街に同年代の友人がいない彼にとって、ハンスの理不尽な物言いも新鮮なものに感じた。


「……フフ……」


 ふと、レオンは隣からごくごく小さな笑い声が聞こえてきたような気がした。

 

 もしかして今のはノーラだろうか?

 そう思って彼女を見るが、ノーラはいつも通りの感情のわからない顔で賑やかなハンス達のことを眺めていた。


「……」


 今のは気のせいだったんだろうか?

 レオンがそんな事を考えていたら、空腹を誘うような香りが近づいてきた。

 注文していた料理ができあがったようで、店員がテーブルまで運んできてくれた。


 テーブルの上には、柔らかそうなパンに色鮮やかなサラダ、そして様々なスパイスをかけた鳥の丸焼きに……大皿に乗せられた料理がいくつも並べられる。

 五人の前には取り皿が置かれ、ちょっとしたパーティーみたいだ。


「ハァ……もういいからメシしようぜ。せっかくの料理が冷めちまう。」


 仲間達に散々イジられ、疲れた顔で言うハンス。


「アハハ……あ、そうそう!昨日のお礼と言うにはささやかだけど、ここはハンスが払うから遠慮なく食べていってね。」


「え?クレア……?俺達でって……」


「お、サンキュー。じゃあそこのハムもらい!」


「このパンのフワッとした食感が僕は好きなんだよねぇ。」


「あ、ノーラちゃん!このラザニアが美味しいのよ。はい!」


「……」


「あれ?俺の分のフリットは?」


「ないわ。ここは戦場、早い者勝ちよ?」


「クッ……!仕方ねえ。じゃあそこの肉を……!」


 ノーラは基本無口なためあまり会話がなく、彼女とパーティーを組む以前は基本的には一人で行動していたレオンにとって、こんなに賑やかな食事は久しぶりの経験だった。

 こんな時間がずっと続いてくれればいいのに。

 彼は心の中でそんなことを呟いた。


 ふと、幸せそうにパンを頬張っていたミハイルがレオンに話を振る。


「そういえばレオンさん。僕らはレオンさんの魔方陣で助けてもらったわけだけど……あれって普通の魔法とどう違うの?」


 どうやら魔法使いとして、レオンの魔方陣が気になるらしい。


「ん?そうだな、違いっつったら……事前に準備が必要なことくらいか?」


 発動までの過程が違うだけで、普通の魔法とレオンの魔方陣で発動できる魔法に大差はない。

 違いがあるとすれば、事前に魔方陣を描いておかなければならないことくらいだった。

 

「その準備も特別な道具は必要なくって、紙とペンさえあれば簡単にできるから、そこまで手間じゃないかな。まあ、ルーン文字を使えるのが前提だし、俺の魔方陣は1回こっきりの使い捨てだけど。」


 レオンは戦闘用に特別な呪符を使っているが、魔法陣は本来、紙とペンという簡単な道具だけでも充分だったりする。

 それだけ聞けば、手軽に魔法を発動できる魔方陣はもっと一般に広まってもよさそうに思えるかもしれない。

 けれどもそうならないのは、ルーン文字と呼ばれる文字が原因だった。


 ルーン文字というのは、1つ1つの文字に魔力を込められる不思議な文字だ。

 文字の形状や文法が複雑で、本や手紙に使われる文字と比べて習得難易度が非常に高い。


 魔法陣へ魔力を流し込んで魔法を発動させるためには、このルーン文字を使わなければならない。

 

 ただでさえ識字率の低いこの世界では、ルーン文字を扱える者はよっぽどの物好きくらいで、必然的に魔法陣を扱える者もほとんどいなかった。


 さらに言うと、ルーン文字は一度魔力を流し込んだら消えてしまうため、使い回しができないという弱点もあった。


「ルーン文字……?うーん……なんだか難しそうだね。」


「覚えちまえば簡単だから、便利ではあるんだけどな。」


「……なあ、その魔法陣ってもしかして、紙じゃなくて例えば俺達が普段使ってる剣とかに埋め込んだりはできないか?」


 ハンスも二人の会話に聞き耳を立ているうちに、どうやら興味が湧いてきたらしい。

 パンを食べる手を止めて、話に割り込んできた。


「たぶんいけるんじゃないか?」


「そうか……なら俺も……いや……でも1回だけか……うーん……」


 今回の件で自分の力不足を痛感したハンス。

 特に剣士の彼は遠くにいる敵を倒す手段が乏しいのだが、魔法があればその弱点を多少なりとも補える。

 

 ハンスは魔方陣を習得すべきかどうか真剣に悩み始めた。


「とりあえず、1回やるだけやってみてダメだったらやめればいいんじゃない?」


「そう……だな。とりあえず、やるだけやってみるか。」


 ミハイルの後押しが決め手となって、ハンスは魔方陣を学ぶことに決めた。


~~~


 楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。

 ついさっきまで人で溢れかえっていた店内は、気が付けば空席が目立つようになっていた。


 そろそろ昼間の営業時間も終わるということで、五人は席を立つ。


「じゃあハンス、お願いね。」

 

「え……?」


「ありがとう、ハンス。」


「お、悪いな。ごちそーさん。」


「……」


「……さっきのあれってマジだったのかよ……」

 

 まさか本当に全額払わされると思っていなかったのか、ハンスは若干涙目になりながら食事代を支払っていた。

 

 その後店先で軽く言葉を交わし、この日は解散となった。

 クレアはなぜかノーラのことをいたく気に入ったようで、帰り際に「また近いうちに会いましょう。」と言っていた。


 ハンス達と別れた後、レオン達はノーラの剣を買い替えるために街の武器屋へと足を運ぶ。


 実は昨日、ガーゴイルを一撃で仕留められなかったのは、ガーゴイルの強さではなくどうやら剣の方が原因だったらしい。

 彼女の激しい動きに耐えられなかったのか、剣にヒビが入って使い物にならなくなっていた。


「これとかどうだ?」


 レオンが店に置いてあった剣を手に取ってノーラへ見せる。

 今使っている者よりも少し上等なものだ。


「……」


「よし、そんじゃあこいつで。」


 ノーラが何も言わないということで、文句がないのならいいかとレオンはその剣を購入することにした。


~~~


 しばらくプラプラと街中を歩き回り、レオンとノーラが宿に帰ってくる頃にはすっかり日が落ちていた。

 二人は宿に併設された食堂で夕食を取り、自分達の部屋へと帰っていく。


 夜も更けてきたので、二人は明日のダンジョン探索に向けて今日はもう眠ることにした。


「……レオン」


 レオンがベッドに入ろうとしたところで、ノーラに声をかけられた。

 彼女と出会って半月程が経ったが、名前を呼ばれたのは初めてのことだ。

 

 彼は自分の聞き間違いかと耳を疑いつつも後ろを振り返る。


「……おやすみ。」


 ノーラは一言そう言うと、自分のベッドに入って横たわった。

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。


「お……おう……おやすみ?」


 驚きのあまり、レオンの返事はぎこちないものになってしまった。


 思えばノーラから先に発言することも今までなかった。

 彼女との心の距離が縮まったような気がして、レオンの顔が思わず緩む。


 明日も頑張ろう。

 そんなことを思いながら彼も自分のベッドへと入っていった。

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