7.炎
「こっちだ!」
さらなる魔力の揺らぎを感知したレオン。
彼は背の低い草木をかき分け、地面に落ちている枝を踏みつけパキパキという音を立てながら、速足で雑木林の奥へと突き進む。
「……」
そんな彼の後ろをノーラは無言でついていく。
「――――――」
すると、またしても聞こえてきた悲鳴のような怒声のような声。
「また……近いな!」
切羽詰まった雰囲気を感じ取ったレオンは、歩くペースをさらに上げる。
最初は面倒ごとに巻き込まれかもしれないとためらっていた彼も、ノーラに振り回されるような形で現場へ向かっているうちに、いつしかそんな考えは消え去っていた。
それから間もなくして、二人は人が歩いて踏み固めたようなそこだけ植物の生えていない固い土の道に出た。
「声はこの辺からだったと思うんだが……」
レオンがそう言って辺りを見回すと、魔物と戦う三人の冒険者パーティーを発見した。
「あれは……ヤバそうだな。」
冒険者達は肩で息をしていて満身創痍の様子。
そこへ襲いかかってくる4体のアクイーラと、それを上から見下ろす1体のガーゴイル。
状況は芳しくなさそうだ。
「クッ……!」
次々降りかかってくるアクイーラの攻撃を、剣で受け流し、矢で弾き、魔法で逸らし……。
ギリギリのところで持ち堪えている冒険者達。
「!」
しかし次の瞬間、一番前でアクイーラの猛攻を食い止めていた剣士にとうとう限界がきたのか、彼は足を滑らせてバランスを崩した。
アクイーラ達はその隙を見逃さない。
「キエエェェェェェェ!」
機を窺うように上空を旋回していた1体のアクイーラが、急激にその軌道を変え、鋭い爪をむき出しにして剣士へと突撃してきた。
マズい!
このままだとあの剣士は直撃を食らってしまう。
そう思ったレオンは、咄嗟に鞄の中から呪符を取り出した。
「間に合え……っ!」
祈りながら呪符に魔力を流し込む。
剣士の脇を一陣の風が通り抜けた。
「クエ……?」
剣士目がけて降下していたアクイーラの周囲に、強烈な上昇気流が発生する。
アクイーラの体は風に押し上げられ、剣士の目の前でUターンするように急上昇していった。
間一髪、なんとか冒険者達が致命傷を負うような事態は避けた。
だが、一度攻撃を防いだだけで、まだこのピンチを脱したわけではない。
さらにもう1体、別のアクイーラが先程のアクイーラと入れ替わるように急降下してきた。
「ハァ……ノーラ!」
反撃のためにノーラへ指示を出そうと、レオンは彼女の名を呼ぶ。
「……」
それよりも前に、ノーラは動き出していた。
剣を抜き空になった鞘をその場に捨て、瞬く間にアクイーラの目の前に出た彼女。
「グェ……」
一閃。
真横に振るわれたノーラの刃は、アクイーラの体を真っ二つに斬り裂いた。
「え……?」
突然現れた少女が一撃でアクイーラを倒した。
目の前で起こった出来事に冒険者達は理解が追い付かず、唖然とした表情で固まっていた。
「……」
ノーラはそんな彼らをよそに、地面を強く蹴って天高く飛び上がる。
そして近くにあった木の側面に足をかけ、三角飛びの要領で別の木へと飛び移った。
そこから同じようにまた元の木へと飛び移り、2本の木を器用に使いながら彼女は上へと登っていく。
「ケエエェェェェェ!」
途中、アクイーラが鋭い爪を立てて襲い掛かってきたのだが……。
「……」
「ケェ……!」
ノーラは空中で剣を振るい、その首を切り落としてしまった。
アクイーラの首と体が別々に真下へ落ちていく。
その首が地面に着いた頃、ノーラもちょうど木の頂上へと辿り着いた。
「……」
太い幹から別れた枝の付け根辺りに立っていた彼女は、枝を蹴ってそこからさらに高く跳び上がった。
その衝撃で木の枝が折れる。
ノーラは勢いそのまま、空高く飛ぶ2体のアクイーラへと斬りかかった。
「ェ……」
彼女が跳んでくると予想していなかったのか、片方のアクイーラはあっさりとノーラに撃ち落とされる。
「クエェェ……!」
もう片方のアクイーラは咄嗟に爪でガードしようとしていたが、ノーラはその爪ごと叩き斬ってしまった。
2体のアクイーラが力なく落下していき、地面へと激突して土埃を立てる。
それとは対照的に、ノーラは軽やかに冒険者達の目の前へと着地した。
「……す……嘘だろ……?」
剣士の口から自然と漏れ出たそんな声。
自分達が苦戦したアクイーラという魔物を一人で4体も、それも息一つ乱さず倒したノーラから目が離せなかった。
それは彼の仲間達も同じだったようで、全員の視線がノーラへ釘付けになっていた。
「グオオオオオオォォォ!」
突然上空から聞こえてきた低い唸り声。
現実へと意識を引き戻された冒険者達が空を見上げる。
「……ッ!そうだ、まだコイツがいた……!」
ガーゴイルだ。
ついさっきまで高みの見物を決め込んでいたガーゴイルが、アクイーラを殺したノーラを睨みつけていた。
そんな中、レオンはガーゴイルに目をつけられないようこっそりその場から移動する。
まあ、ガーゴイルはノーラ以外眼中になかったので、そこまで慎重になる必要はなかったのだが……。
それはさておき、ガーゴイルを刺激せず無事冒険者達のすぐ傍まで近寄ることに成功したレオンは、彼らへ声をかけた。
「おい!お前ら!大丈夫……か……?」
声に反応して振り返った冒険者達の顔を見て、レオンは言葉を詰まらせそうになる。
彼らはハンス、クレア、ミハイルという、レオンもよく見知った人物だった。
「な……お前……!」
ハンスは、予想していなかった人物の登場に、目を大きく見開いて絶句する。
なぜこいつがここに?
じゃああの少女はこいつのパーティーメンバーなのか?
目の前で起こった出来事を整理するのでいっぱいいっぱいだったハンスの思考を、そんな疑問が上書きした。
「……その……なんだ。ここは俺た……任せてくれないか?」
なんとなく気まずい空気の中、レオンは安全な場所まで退避するようハンス達へ促す。
「……そうね。」
「……お願いします。」
クレアとミハイルは、それをすぐに受け入れた。
「そん……!いや……わかった。」
ハンスにとってレオンは気に入らない存在だった。
そんなレオンの手を借りるというのは、本意ではない。
けれど、自分達の力ではどうしようもないこの状況では、それ以外の手はないのだろう。
渋々ながらも首を縦に振ったハンスからは、そんな葛藤が見て取れた。
「グオオオオォォォォォ!」
ハンス達がこの場から離れたところで、ガーゴイルが吠える。
空高く飛んでいたガーゴイルは2、3回程軽く旋回すると、頭を下へ向けて急降下してきた。
まるで隕石のように、一直線にノーラ目がけて落ちてくる。
そのスピードはアクイーラの時よりもさらに速い。
地上が近くなってきたところで、ガーゴイルは全身を石のように硬化させた。
重く、硬く、そして速いその体でノーラへ突っ込み、体当たりを仕掛けるつもりのようだ。
あれをまともに受けてしまえば、彼女は押しつぶされてしまうだろう。
「ノーラ!」
だが、ノーラは軽くステップを踏み、最小限の動きでそれを避けた。
地面へと激突し、突き刺さるガーゴイル。
「うおっ!」
その衝撃がレオンの足元まで伝わってきた。
ガーゴイルはすぐに硬化を解き、体勢を立て直そうとするが……。
「……」
その隙を彼女が見逃すわけがなかった。
体を軽く捻って回転を加えながら袈裟懸けに剣を振るうノーラ。
「ギャガアアァァァ!」
血飛沫が舞った。
ノーラの剣がガーゴイルの胸元に大きな傷をつける。
しかし、その命を刈り取るまでには至らなかった。
ガーゴイルは大量の血を流しながらも立ち上がる。
「……!」
一瞬だけ驚いたような表情を見せるノーラ。
その後すぐにいつもの無表情に戻った。
ノーラがガーゴイルを仕留めきれなかった。
彼女が一撃で魔物を屠っていく姿を散々見てきたレオンにとって、それは初めて見る光景だった。
ただ、ガーゴイルはいつも戦う魔物よりも強いしそんなものだろうと、あまり気に留めることはなかった。
「ゴガアアアアアアア!」
胸を斬りつけられたガーゴイルは、逃げるように飛び上がる。
大怪我を負っているせいか、その動きは緩慢だ。
ノーラの脚力であれば、先程のように木を伝っていけば追いつけるかもしれない。
彼女が木に飛びかかろうとしたところで、その気配を感じとったのか、ガーゴイルが突然くるりと反転して下を向く。
ノーラへ向かって口から炎を吐き出した。
苦し紛れに放たれた威力のない炎。
「……」
ノーラはその場から大きく跳び退いてそれを躱した。
その間にガーゴイルは遥か上空へと逃げていってしまった。
「……ん?何だ……今の?」
レオンは今のノーラの動きに違和感を感じた。
あの程度の攻撃ならば簡単に避けられるはずなのに、過剰なまでのあの回避。
まるで何か怖がっているかのような……。
そう思ってノーラを見る。
「気のせいか……?」
けれども、彼女はいつもと変わらないようにレオンの目には映った。
「ガアアァァァァ!」
ノーラに近づいたら危険だと学習したガーゴイル。
今度は空から遠距離攻撃を仕掛けてきた。
口を大きく開け、人の大きさくらいある炎の塊を放つ。
「……っ……」
彼女はまたしても大きく跳び退いた。
ノーラが元いた場所へと炎が着弾する。
火の粉が舞い、周囲に生えていた草を焦がした。
鼻につくような煤の匂いが広がる。
間髪入れず、ガーゴイルはまたしても地上へ向けて炎の塊を放ってきた。
ノーラは同じようにそれを回避し……。
そんな光景が2度3度と繰り返された頃、レオンはあることに気が付いた。
「……ノーラ……?」
「ハァ……ハァ……!」
大きく息を乱し、大量の汗を流すノーラ。
よく見ると剣を持つ手がわずかに震えている。
今の彼女は明らかに様子がおかしかった。
別にガーゴイルの攻撃を受けたわけでも、ダメージを負ったわけでもない。
なんなら、ついさっきまでノーラの方がガーゴイルを追い込んでいた。
だというのに、ガーゴイルが吐いた苦し紛れの炎によって、何かが変わってしまった。
彼女はあの炎に一体何を見たというのだろうか。
「何にせよ……このままじゃヤバそうだな。」
何が起こっているのかはさっぱりわからなかったレオン。
けれども、この状況はマズいということだけは理解できた。
彼はノーラをサポートするため、鞄の中から呪符を取り出す。
「グオオオオオォォォォ!」
なかなかノーラへ攻撃が当たらないことに業を煮やしたガーゴイルが、さらに巨大な炎の塊を撃ち出してきた。
今までの倍以上の大きさがある。
炎を回避しようとするノーラ。
「……!」
だが、彼女は体が強張ってうまく足に力が入らない様子。
その間にも炎はノーラへと迫りくる。
徐々に大きくなっていく炎に、ノーラの震えもさらに大きくなり、ますます体が動かなくなっていく。
「ノーラ!」
そんな彼女の目の前に、一枚の呪符が投げ込まれる。
ノーラと炎を隔てるように、水の壁が展開された。
水の壁へと激突した炎の塊。
水の壁は熱で蒸発させられ、大きく抉られながらも、ノーラを炎から守る。
そしてノーラの目と鼻の先、あとわずか数センチというところで、水の壁が完全に炎を打ち消した。
「おい!」
レオンはノーラへと駆け寄る。
呼吸が荒く、全身が小刻みに震え、恐慌状態に陥ってはいるが、怪我は負っていないようだ。
「大丈夫か?」
ノーラの背中に手が置かれると、何かに怯えるように彼女の肩がビクッと跳ね上がった。
恐る恐るといった感じで振り返る。
そこにいたレオンと目が合った。
すると、彼女は途端に安堵し、憑き物が落ちたかのように震えが止まった。
「ハァ……ハァ……」
正気を取り戻したノーラは空を見上げる。
「グオォォ……」
今の攻撃の反動が大きかったのか、ガーゴイルはしばらく身動きが取れない様子。
空高く飛んだガーゴイルをどう倒すか考えていたノーラの横で、レオンは意を決して一歩前に出た。
「ノーラ……ここは俺がやる。俺に任せてくれ。」
平静さを取り戻したとはいえ、今のノーラは間違いなく本調子ではない。
ここは自分が出るべきだと彼は判断した。
それに、満身創痍のガーゴイルであれば、レオン一人でも倒す算段があった。
「……わかった。」
ノーラが感情のない小さな声で答える。
彼女はすんなりとレオンに従い、彼の後ろに下がった。
レオンは鞄から2枚の呪符を取り出す。
そのうちの1枚へ魔力を通した。
レオンの目の前で、何かが爆発したような音が発生する。
直後、槍のように先の尖った細長い紫電が、ガーゴイルの羽を貫いた。
紫電がどこを通ったのかわかるくらい、そこだけ羽が黒く焦げている。
「グオオオオォォォォォ!」
羽を撃ち抜かれ力が入らないのか、ガーゴイルはバランスを崩して空から落ちてくる。
大きな音を立てて地面へとぶつかった。
「ガアアァァァァァ!」
まだ息はあるようで、地べたを這いつくばりながらレオンの事を睨みつけている。
そこでレオンは2枚目の呪符に魔力を流し込んだ。
人の体くらいの大きさがある水の球体が現れる。
水球はガーゴイルへ向かって飛んでいき、腹の辺りへ着弾した。
「グオォォォォ!」
しかし、ガーゴイルがダメージを負った気配はない。
レオンの攻撃は不発に終わったかと思われたその時。
「ガ……?」
水球がガーゴイルの腹へと纏わりついた。
ガーゴイルの体に合わせるよう、元の球体からふよふよとその形を変えていく。
不定形な水の塊が腹から胸へ、胸から頭へと上がっていき……。
「ガ……!」
最終的にガーゴイルの全身すっぽりと包み込んだ。
「……!……!!」
水の中で息ができず、もがき苦しむガーゴイル。
満身創痍の体では纏わりつく水から抜け出すこともできず、文字通りそのまま息を引き取った。




