42.……誰なんだ?
「……俺は……俺には、前世の記憶があるんだ。」
突然そんなことを言い出すレオンに、ノーラとアリアは呆気にとられたような表情を見せた。
「いきなり……どうしたの?」
あまりにも脈絡がなさ過ぎて、なぜそんな発言が出てきたのか分かるはずもなく、ノーラはその真意を探るように疑問の言葉を口にした。
「……まあ、少し長い話になる。とりあえず、その辺に座ってくれ。」
ノーラとアリアは、言われるがまま近くにあった椅子やベッドへと腰かけた。
レオンは大きな本棚へ背を向けもたれかかる。
「前世の記憶……ってより、魂って言った方が正しいかもしれねえ。」
そしてレオンは、独り言のように語り始めた。
「俺の体の中には生まれつき、2つの魂があるんだ。」
「魂が……2つ……?」
1つの器に1つの魂。
それは人だろうが魔物だろうがアンデッドだろうが関係ない。
絶対かつ不変なこの世の理だ。
けれどもレオンは世界の理に反し、2つの異なる魂をその体へ宿していた。
「ああ。それで、この前俺が魔力切れを起こさなかったのはたぶん、そのおかげだな。」
この前、というのは火竜と戦った時のことだろう。
「……どういうこと?」
首を傾げながら聞き返してくるアリア。
「俺の体の中にある2つの魂の内、1つが特殊で……こことは違う、魔法のない異世界で生まれた魂なんだ。」
「……異世界。」
「魔法のない世界で生まれた魂は本来、魔力を持たないし扱うことすらできないんだが……」
生きとし生けるものの中にある魂。
この世界において、魂がその形を維持するためには、一部の例外を除いて魔力というエネルギーが必要になる。
けれど、魔法のない世界からやって来た魂は魔力を扱う術を持たなかった。
「そんな魂が俺の体の中に入り込んで、魔法のあるこの世界へ過剰に適応した結果……俺は魔法を使った瞬間に失った魔力をすぐさま回復する特異体質になったんだ。」
「……なるほど?」
喉の奥に小骨がつっかえたようなアリアの返事だったが、一応は納得したらしい。
「ただ……その代わり、魔力を魔法へと変換させる能力がなくなったみたいで……普通の魔法が使えなくなっちまった。」
「だから魔方陣を使ってるの?」
「まあ、そうだな。」
「ふうん。」
ノーラのそっけない返事を最後に、そこで一度会話が途切れてしまった。
レオンは何気なく視線を手元に落とし、持っていた本の表紙を見る。
「それと、異世界の魂が俺の体に宿ったことで、最初にも言った通り俺には前世の……異世界の記憶があるんだ。……こういうのを転生って言うんだったか。」
再び話を始めたレオンが見つめる先、本の表紙に書かれていた『備忘録』の文字。
それは、この世界ではなく異世界の言語で書かれていた。
「転生……」
聞きなれない言葉だったのか、ノーラは噛みしめるように復唱する。
「そこは魔法がない代わりに自然科学……例えばなぜ火が燃えるのかみたいな現象に対する原理や法則を見つけ出す研究が進んでたんだ。」
自然科学。
その概念自体は魔法が存在するこの世界にも存在する。
けれども、人々の関心は主に魔法へ向けられることが多く、この世界の自然科学はあまり発展していなかった。
「前世で得た知識は、この世界でも有効だった。例えば……そうだな。」
徐ろにレオンが呪符を2枚取り出す。
そして、目の前にふよふよと浮かぶ小さな水の球体を作り出した。
「アリア。この魔法を覚えてるか?」
レオンがもう一枚の呪符に魔力を込める。
すると、急激に水が膨張して局所的に霧が発生した。
「……あ……ワイバーンの時の。」
それは、ノスキア帝国でワイバーンに襲われた時にレオンが作った霧と同じものだった。
「湿った空気を急激に膨張させると霧ができる。この魔法は【水球】と【風圧】の魔法陣を組み合わせて、それを再現したものだ。」
かなりざっくりとした説明だったが、あまり詳しく説明し過ぎてもかえって混乱するので、ノーラとアリアにはこれで充分だった。
「精霊が炎を生み、水を作り、風を吹かす。そんなこの世界の魔法と違って、俺の魔法は全部、前世の知識がベースになってる。少ない魔力でも発動できるのはそのおかげだろうな。」
万物には精霊が宿り、魔法を使うためには精霊の力を借りなければいけない。
それがこの世界のごく一般的な認識であり、魔法体系もその教えに基づいたものだが、レオンの魔法は全く異なる原理で発動していた。
「他にも、異世界の食べ物に技術に文化に、前世の記憶がもたらしてくれたものはたくさんあった。けど……それだけじゃなかった。前世の記憶が……魂があるせいで俺は……」
「……?何があったの?」
何かを言い淀んでいるレオンへ、ノーラが尋ねる。
唾を嚥下し、本を持つ手にかいた汗を服で拭うと、レオンは口を開いた。
「あれは10年以上前……俺が5歳の頃だったか。ある日、激しい目まいと頭痛がしたと思ったら、俺の知らない記憶が頭の中に流れ込んできて……」
目を伏せながらうつむき気味に語るレオン。
「最初は……誰かの物語を見てるみたいで楽しかった。でも、しばらく経ってからまた、同じように知らない記憶が流れ込んできて……それが何度も、何度もあって……」
その口調は先程よりも弱弱しいものだった。
「その記憶に引っ張られるように、俺の中に知らない俺が増えていって……自分が……誰かに乗っ取られていくみたいで……」
早鐘を撞く心臓をどうにか抑えようと、レオンは汗で湿った手で服の胸元を掴む。
その手はかすかに震えていた。
「……ノーラ……アリア……」
突然名前を呼ばれた二人の肩がほんの少しだけ動いた。
「お前らの目に……俺はどう映ってる?俺は本当に俺なのか?それとも……俺は……一体誰なんだ?」
世界の理に反し、1つの器に2つの記憶と魂を持つレオンの中できた歪み。
魂が体に馴染み定着していくにつれて、その歪みはだんだんと大きくなっていった。
それに伴って、彼は自分が何者なのかという自己の存在を見失っていき、現在に至るまで彼を苦しめるのだった。
「……」
「……」
助けを求めるようなレオンの問いに、ノーラとアリアは何も言わずただ彼のことを見つめていた。
「……すまん。俺が話したかったことはこれで全部だ。……聞いてくれてありがとな。」
自分に向けられた2対の瞳にハッとなって、正気を取り戻したレオンは力のない作り笑いをしながら強引に話を締めた。
そして手に持っていた本へと視線を移す。
アリアはそんな彼に声をかけようとしたが言葉が見つからず、結局何も言えずに目を伏せてしまった。
ノーラはただただレオンのことを見つめていた。
静かな部屋で、テーブルに置かれた時計の針の音が木霊する。
「レオンは……」
そんな中沈黙を破ったのは、ノーラだった。
アリアとレオンは顔を上げ、彼女の方を見る。
「これから、どうするの?」




