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41.俺は……

「へえ!それで、その後はどうなったの?」


 前のめりの姿勢でカタリナがレオン達へ話を続けるよう催促する。


「そしたら今度は見たこともないようなやつが出てきて――」


「……あれは……大変だった。」


 冒険者ギルドで受けた依頼やダンジョンでのこと。

 休みの日にしたことや見たこと、食べたもの。

 他愛無い日常の出来事を、カタリナは目を輝かせながら三人の話を聞いていた。


 喋り疲れて喉が渇いたのか、レオンがカップに入っていた紅茶の残りを一気に飲み干す。


「ふふふ……あなた達に喋らせてばっかりでごめんなさいね。あまりに面白い話だったからつい、ね。」


 目を細めながらそんな事を言うカタリナ。

 ノーラは残り数枚になったクッキーへと伸ばした手を止めて彼女の方を見た。


「おもしろいの?別に、いつものことだけど……。」


「そうねえ、人の話って本人がなんとも思ってなくとも、案外それが面白かったりするものなのよ。それが自分の子どもとそのお友達ともなれば……ねえ。」


「ふうん。」


 意味ありげな視線を向けるカタリナの言葉を理解したのかしていないのか、ノーラは短く返事をして再びクッキーへと手を伸ばした。


「ふふ。」


 その姿を見たカタリナは、小さく笑みをこぼす。


 そして、レオン達から話の続きを聞き出そうと正面を向いたところで、アリアが視界の端に映った。

 すると、彼女は何かを思い出したかのようにアリアへと話を振ってきた。


「そういえばアリアちゃん。あなたにとっても久しぶりの帰郷だけど、ご両親とはもう会ったの?」


「……あ!」


 カタリナの質問に対し、アリアは忘れていたと言わんばかりに口を開けて呆けた面を見せた。


「……?アリアってこの街の出身だったのか?というか何で母様がそれを知って……?」


 アリアの両親がラスティーユに住んでいるというのは、レオンにとって初耳だった。

 しかも、そのことをなぜかカタリナが知っている。

 彼は困惑した様子で二人の顔を交互に見比べていた。


「………………そうだけど……?」


 妙に長い沈黙の後にそう答えたアリアは、口をとがらせてどことなく不満気な表情をしていた。


「ふふ、何でかしらね?」


「失礼ですがカタリナ様、そろそろ――」


 と、ここで会話の邪魔にならないよう黙って傍に控えていたセバスがカタリナへと声をかけてきた。


「あら?もうそんな時間かしら。本当はもう少しだけみんなの話を聞きたいところだったけど、仕方ないわね。」


 カタリナはそう言って、カップの中に残っていた冷めた紅茶を飲み干す。

 そして空になったカップを机の上に置いた。

 

「あなた達がここに来ると聞いてお部屋を用意しておいたから、今晩は泊まっていってちょうだい。セバス、案内をお願い。」


「かしこまりました。」


「それじゃあ私は用事があるからもう行くわ。それじゃあ、またね。」


 そう言い残して席を立つカタリナ。


「……レオン。」


 そのまま去っていくのかと思われたが、彼女は不意に後ろを振り返ってレオンへと声をかけた。


「あの人も……いいえ、やっぱり何でもないわ。」


 真面目な顔で何かを言いかけていたカタリナだったが、途中で言葉を止めると今度こそこの場を去っていった。


「……何だったんだ?」


「さあ……?」


 首を傾げるレオンとノーラ。

 誰も彼らの疑問に答えることはなかった。


~~~


「レオン様のお部屋はこちらでございます。それではごゆっくりどうぞ。」


「ああ……ありがとう。」


 セバスに連れられてレオンがやって来たそこは、数年前ハインベルグ家を飛び出すまで使っていた彼の私室だった。

 ベッドや椅子やテーブルなど、当時使っていた物がそのまま残っていたが、全く埃をかぶっていないところを見るに、部屋の主がいなくなった後も誰かが手入れしていたのだろう。

 壁際に設置された衣装ケースのを開けてみると、少し小さくなった服がしまわれていた。


 近くにあった本棚には、子供が読むような短い英雄譚から魔法の学術書まで雑多な本が綺麗に並べられている。

 その中で、背表紙に何も書かれていない一冊の本がレオンの目に留まった。

 彼は慣れた手つきで本を手に取る。

 表紙には拙い字で『備忘録』と書かれていた。


 レオンが本を開こうとしたところで、ノックもなしに誰かが部屋の中へと入ってきた。

 彼は素早い動きで扉の方を振り返ると、そこにはノーラが立っていた。


「……ノーラか。」


 彼女はレオンの姿を確認すると、一直線に近づいてきて隣に立った。

 そして、彼が持っている本の表紙を覗き込んだ。


「これ、なんて書いてあるの?」


「え?ああ、これは……」


 レオンがノーラの質問に答えようとしたところで、扉からノックの音が聞こえてきた。


「どうぞ。」


 そう答えるが早いか、扉が開いて黒い髪の女が現れた。


「今度はアリアか。」


 一度ぐるりと部屋の中を見渡すと、つかつかとレオンの前までやって来たアリア。

 心なしか、どこか寂しそうな雰囲気が漂っていた。


「……本当に……憶えてないの?」

 

 憶えていないの、とは?

 彼女が何に対してそんなことを言っているのか、レオンには皆目見当もつかなかった。

 

「なあ、それってどういう……」


「……わからないなら……いい。」


 二人の会話はそこで打ち切られてしまった。

 

「………………」 

 

 沈黙が気まずくて、レオンは手に持っていた本を開く。

 少しばかり黄みを帯びたそのページには、手書きの文字がびっしりと書き込まれていた。

 

「……!……これ。」


 次々とページがめくられていく中、気になるものを見つけたのかアリアが自分の手で本を押さえつけた。


「何だ?どうした?」


「あ。この前の雷のやつと同じ……?」


 そこに書かれていたのはノーラの言った通り、火竜へ放った雷を生み出した小さな塔の絵とその説明らしき文字だった。

 その隣にはいくつかの魔方陣描かている。

 

「……レオンがここを出たのは……3年くらい前って言ってたよね?」


「……それがどうかしたのか?」


「……じゃあ……この魔法って……それよりも前からあったってこと?」


「単体でいいのなら、魔方陣自体はできてたな。まあ、構想があったとはいえ、あれだけつなげて威力を上げたのはこの前が初めてだったが……」


 火竜と戦った時、もしも魔法がうまく発動していなければ。

 一瞬そんな想像が頭をよぎり、レオンは頭を掻いて身震いをしそうになったことをごまかした。


「あんなにすごい魔法だったのに、使ったことなかったの?」


 ノーラが横から純粋な疑問を口にする。


「威力を出そうと思ったら準備に時間かかるし、何より魔力の消費が激しかったせいで使いどころがなかったからな。」


「ふうん。でも、この前魔法を撃った後も、魔力は切れてなかったよね?」


 火竜との戦いの中、レオンが雷を放ったのは、別の何度も魔法を撃ってそれなりに魔力を消費した後のことだ。

 魔力の消費が激しいというのであれば、雷の魔法を放った時点で魔力切れを起こしていていてもおかしくはなかった。


「まあ……な。」


「……?」


 ノーラの指摘に対するレオンの返事はどこか歯切れの悪いものだった。


「…………」


 静かに次の言葉を待つノーラ。

 アリアも黙ってレオンのことを見つめていた。


 幾ばくかの沈黙。

 その間レオンが何を考えていたのかは誰にも分らないが、しばらくして彼は開いていた本をそっと閉じた。


「……ノーラ、アリア。」


 やけに重く、もったいぶったような声。


「今から言うことは、ここだけの秘密にすると約束してくれないか……?」


 ノーラとアリアは無言で首を縦に振っていた。

 それを見たレオンはほんの少し、注意して見ていなければ気づかないくらい小さく頬を緩めたようにも見えた。


 一瞬だけ扉の方へと視線を移したレオンは、乾いた唇を舌で舐めると、小さく息を吸って口を開いた。


「……俺は……俺には、前世の記憶があるんだ。」

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