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40.ハインベルグ

「なるほど、そのようなことが……。しかし、ドラゴンを【浄化】させるとは、さすが勇者の称号を持つケイオス殿下ですな。」


 天井から吊るされたシャンデリアが部屋全体を明るく照らす貴賓室。

 その中央に置かれた四角い木製のテーブルの片側には、ケイオス、レオン、ノーラ、アリアが、その反対側にはヴァインハルト、カタリナ、ジークハルトが、それぞれ向かい合うように座っていた。

 ケイオスの後ろには従者のエリックが、ヴァインハルトの後ろには家令のセバスがそれぞれ控えている。


「うむ。アンデッドだったこともあって私の魔法と相性が良かったからな。まあ、ドラゴンを倒せた理由はそれだけではないが。」


「と、言いますと?」


「そうだな……ここから先は本人達の口から直接聞くのがいいだろう。レオンハルト卿。」


 レオンの肩が小さく動く。

 心臓の鼓動が速くなり、額からは変な汗がにじみ出てきた。


 誰が見てもわかる程に緊張している様子だったが、それでも彼は意を決して口を開いた。


「……はい。あれは――」

 

 突如空から黒い体のドラゴンが飛来してきたこと。

 最初は自分達の攻撃が全く通用しなかったこと。

 そんな中、雷の魔法を異常に警戒していたこと。

 高威力の雷を当てたら様子が変わったこと。


 時々ノーラやアリアへ確認を入れながら、火竜との戦いについてレオンはできる限り詳細に伝えた。

 もちろん、ノーラがノスキア帝国(隣国)の勇者だったことはぼかしながら、だ。


「……以上です。」


「そうか。」


 レオンの報告を、顔色一つ変えることなく淡々と聞いていたヴァインハルト。

 彼は短くそう言うと、静かに目を閉じて小さく息を吐いた。


「……レオンハルト。」


 短い沈黙の後、再び目を開いたヴァインハルトは、レオンの目を真っすぐに見て彼の名を呼ぶ。

 この場にいた誰もが、貴賓室の空気が一段と重くなったのを感じ取った。


「つまり今回、お前の力不足と判断力の欠如によって味方を危険にさらした、と。……そういうことだな?」


「…………」


 ヴァインハルトの詰めるような問いにレオンは答えられなかった。


「ま……まあヴァインハルト卿。一部分だけを切り取るとそう見えるかもしれんが、実際には彼らがドラゴンを弱らせてくれたおかげでこの街も守られたのだ。今回は大目に見てもよいのではないか?」


「……お言葉ですが殿下、それこそ結果論にすぎません。今回はたまたま事がうまく運んだだけで、もし殿下が駆けつけるのが遅ければ、今この場にいるのは殿下唯一人だったかもしれません。」


「む……しかし……。」


「ドラゴンという強大な魔物を相手に、博打のような策で戦うのではなく、どうにかして逃げる隙を作り出し、応援を呼んで少しでも生存できる確率を上げるべきでした。戦場では弱い者でなく、判断を誤った者から命を落とすのです。」


 ケイオスの意見にも一理ある。

 だが、ヴァインハルトの言葉には、それが正しいのだと思わせられるような重みがあった。


「それは……そうだが……。」


 レオンをフォローしようとしていたケイオスも、ヴァインハルトの迫力を前に何も言い返せなくなってしまった。

 ヴァインハルトは、ケイオスへと向いていた顔を再びレオンへと戻す。


「レオンハルト、お前がこのまま冒険者を続けるというのなら、いつか大きな過ちを犯し、ハインベルグの名を傷つけるだろう。それがわかった今、これ以上お前を野放しにしておくわけにはいかなくなった。これから――」


「……ら……」


 どこからか聞こえてきた小さくも強い感情の籠った声。

 その声を聞いたヴァインハルトが話を途中で止めたため、声の主であるノーラへとこの場の注目が集まった。


「あの火竜を倒せなかったのは……私が弱かったから。それに……レオンがいなければ、もっとすぐにやられてた。レオンはよくやってる……だから……レオンのせいじゃない!」

 

 彼女は拙い言葉ではあったが、そこには絶対に譲らないという強い意志が感じられた。


「そう……私が倒さなきゃいけなかった。……私はゆう――」


「……!ノーラ!」


 ノーラが何かを言いかけた瞬間、レオンは彼女の言葉を遮る。

 

『勇者だったから。』

 レオンが止めなければ、そんな言葉が彼女の口を衝いて出ていただろう。


 もしもノーラが他国の(元)勇者だとわかれば、国際問題に発展しかねない。

 身内とはいえ貴族(ハインベルグ家)王族(ケイオス)のいるこの場でそれを知られるわけにはいかなかった。


「……?言いたいことはそれだけか。」


「………………」

 

 不服そうな表情でノーラは黙り込んでしまった。

 沈黙の中、しびれを切らしたヴァインハルトが再び口を開く。


「……レオンハルト。お前は今すぐに冒険者を辞め、これからの身の振り方について考えなさい。」


 鋭い目でレオンのことを見据えながら、彼はそう言い放った。


「……はい……。」


 それに対して、レオンが何かを特別言い返すことはなかった。

 観念したようにヴァインハルトの言葉を受け入れる。


「他に何か報告は……なさそうだな。殿下もよろしいでしょうか?」


「うむ。」


「それではこの話はここまでということにいたしましょう。殿下は例の件についてご相談たいことがございますので、ここでお待ちください。……セバス!」


「はい、ヴァインハルト様。」


 ヴァインハルトに呼ばれたセバスは、彼の意図を理解して貴賓室の出入り口の前へと移動する。


「すまないが、これからする話は殿下意外にお聞かせすることができないから、あとの者は外してくれ。」


 カタリナが席を立ってケイオスへ一礼すると、貴賓室から出ていった。

 それを見ていたレオン達も、同じようにケイオスへ、そしてヴァインハルトへ一礼してから貴賓室を後にした。


 ガチャリと音を立てて部屋の扉が閉まる。


「レオン。」


 貴賓室ではほとんど声を発する機会がなかったカタリナが、廊下へと出てきたレオンを呼び止めた。


「改めておかえりなさい。あなたが――」


「カタリナ様。お話の途中で申し訳ありませんが、場所を変えたほうがよろしいのではないでしょうか?」


 密談をしている部屋の前で留まるのはさすがにマズイと思ったのか、カタリナの言葉を遮ってセバスがそう提案してきた。


「それもそうね。それじゃあついてきてちょうだい、レオン、アリアちゃん、ノーラちゃん。」


 三人は言われるがまま、カタリナについていく。

 しばらく歩くと、城の中庭まで出てきた。


「さあさ、好きに座ってちょうだい。」


 そう言ってカタリナは、中庭に設置された円形のテーブル席へと腰掛ける。

 彼女の対面にはレオンが、その両隣にはノーラとアリアがそれぞれ腰掛けた。


「何かお飲み物をお持ちいたしましょうか?」


「そうね、それとお茶菓子もお願い。」


「かしこまりました。」


 四人の近くに控えていたセバスは、カタリナに一礼してから給仕のために食堂へと向かう。

 その様子をなんとなく目で追っていたレオンは、カタリナに呼びかけられて彼女の方へと意識を戻した。


「レオン。久しぶりに……あなたが無事に帰ってきてくれて本当にうれしく思うわ。」


 真っすぐにレオンの目を見据えながら、カタリナが微笑みかけてくる。


「あの日、あなたが出ていってから3年くらいかしら……背、伸びたわね。」


 優しい声でそう言った彼女の目元は、若干ではあるが潤んでいるようにも見えた。


「……ぁ……」


 レオンは何を言えばいいのかわからず、喉元まで出かかった言葉を何度も呑み込む。

 結局彼はカタリナへうまく言葉を返すことはできなかった。


 と、ここで紅茶特有の爽やかな香りが不意に彼の鼻腔をくすぐった。


「お待たせいたしました。こちら、紅茶とクッキーでございます。」


 配膳ワゴンを押したセバスが食堂から戻ってきたところだった。

 彼はティーポットからカップへそそがれた紅茶を一人一人へ配り、甘い香りのするクッキーが山盛りに入った皿をテーブルの中央へ置くと、一歩後ろへと下がる。


「ありがとう、セバス。」


「ごゆっくりどうぞ。」


 レオンは差し出された紅茶のカップを手に取る。

 陶器のカップの指が触れた部分からは、紅茶の熱が伝わってきた。

 そしてそのカップをそのまま口へと近づけて……。


「熱っ!」


 一口飲んでみたら思いのほか熱かったようで、レオンは口をすぼめてしまった。


「ふふ……。懐かしいわね、この感じ。」


 ソーサ―と共にカップを持ち、上品な仕草で紅茶を飲んでいたカタリナから小さな笑い声が漏れ出た。

 彼女は音を立てないようにゆっくりカップとソーサーをテーブルに置く。


「それじゃあ、レオン。それにアリアちゃんとノーラちゃんも。ここを出てからどんなことがあったのか、冒険者になってどんなことをしてきたのか、あなた達の話を聞かせてくれないかしら?」


 好機に満ちた視線を三人に向けながら、カタリナは楽しそうな声でそう言った。

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