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39.再会

 カッポカッポと小気味よいリズムで馬の蹄が石畳を蹴る。

 日中、地方都市とは思えぬほどの賑わいを見せるラスティーユの街中を、一台の馬車がゆっくりと通り抜けていった。

 何の飾りっ気もないシンプルな装いながら、傷や塗装の剥げが一切見当たらないよく整備された馬車だ。


「ハァ……」


 その馬車に乗っていたレオンがため息をつく。


「……また……大丈夫?」


 そんなレオンへ、隣に座っていたアリアが心配そうに声をかけた。

 彼女の逆隣に座っていたノーラは、レオンの顔を覗き込むようにじっと見つめている。


「ああ……いや、まあ……。」


 彼から帰ってきたのはなんとも気のない返事だ。


「よほど緊張していると見えるな、レオンよ。」


 まだ何もしていないのに疲れ切った様子のレオンを見かねたのか、三人の対面に座っていたケイオスも彼に話しかけてきた。


「まあ、何かあれば私もフォローするから、安心してくれたまえ!」


 そう言って彼は自分の胸を軽くポンと叩く。


「ああ……そうか……助かる。」


 そんなケイオスの言葉もレオンを落ち着かせる材料になり得なかったのか、彼の暗い顔が晴れることはなかった。


「ハァ……」


 この日何度目かわからないレオンのため息。


 四人を乗せた馬車は、ラスティーユの街の中心にある城を目指して進んでいた。

 理由は言わずもがな、この街の領主へ火竜討伐の一部始終を報告するためだ。

 

 当初、レオンとノーラとアリアの三人は、城まで徒歩で移動する予定だった。

 だが、いざ城へ向かおうとしたところに突如ケイオスが襲来し、『馬車で一緒に城へ行かないか?』と誘われたので、三人はケイオスと共に馬車へと乗り込んだ。

 バルバード王国(この国)の第三王子と一介の冒険者でしかないレオン達という、通常ならばありえない面子が同じ馬車に乗っているのはそのせいだ。

 ちなみにケイオスの勧誘はなかなかに強引で、その様子を見ていた御者のエリックは申し訳なさそうにしていた。


~~~


「お、ようやく着いたようだな。」


 長い時間続いていた馬車の揺れがピタリと収まる。

 どうやら領主のいる城に着いたらしい。


 すると、誰かが馬車のドアをノックする音が聞こえてきた。


「ケイオス殿下、失礼いたします。」


 その声に反応して、レオンの眉がピクリと動いた。


 静かに馬車のドアが開き、外の空気が流れ込んでくる。

 ドアの脇には、白いガイゼル髭を蓄えた白髪の男が控えていた。

 タキシードを着ていることから、恐らく領主の家令なのだと思われる。

 額に刻まれた多くの皺からは、彼の経験の豊かさが窺えた。


 男が馬車の中へ目を向けると、かけていた丸眼鏡越しにレオンと目が合った。

 ほんの一瞬だけ、彼の目が大きく開かれたようにも見えた。

 

 けれども、次の瞬間には何事もなかったかのように男は平然とした顔で話し始める。


「……ケイオス殿下、そしてレオン様、ノーラ様、アリア様。ラスティーユ城へようこそおいでくださいました。私、ハインベルグ辺境伯家家令のセバスと申します。足元にお気をつけてご降車くださいませ。」


「うむ。ご苦労であった。」


「……どうも。」


「ええ。」


 ケイオス、アリア、ノーラと、各々が返事を返す。


「…………」


 そんな中、レオンは口を開いては閉じ、また開いては閉じを繰り返し、何と言おうか迷っているようだった。


「レオン……?」


 いつもと違う彼の様子にノーラが首を傾げる。


「ああ……いや、何でもない。ありがとう、セバス。」


 セバスへ礼を言うレオンは少しばつが悪そうにしていた。


「いえいえ、お気になさらず。」

 

「……?」


 柔らかな笑みでそう答えたセバスへ、ノーラは不思議なものを見るような視線を向けていた。


 馬車に乗っていた一同は、セバスに促されるまま馬車を下りる。


「大きい……!」


 そこで目にしたものを見て、ノーラの口からそんな言葉が漏れ出る。


 彼女の目の前には、この街の象徴である巨大な石造りの城がそびえ立っていた。

 温かみのある暖色系の壁に、同系統の深い色合いの屋根が絶妙にマッチしており、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 かと思えば、城の周りを大きな城壁がぐるりと取り囲んでいて、攻め落とすには隙が見当たらず、拠点としての優秀さも窺えた。


 ラスティーユ城のあまりの迫力に見とれていた彼女だったが、ふと、城の入り口辺りに並ぶ三人の人影を見つけた。


 一番手前に立っている中年の男は、恐らくこの街の領主なのだろう。

 服の上からでもわかる程にがっしりとした体つきをしている。

 短い黒髪を後ろに流してオールバックにしており、鷹のように鋭いその眼光は目が合っただけで震えあがってしまいそうな凄みがあった。

 貴族というよりも軍人という言葉の方が似合う男だ。


 男の隣にいた中年の女はその妻だろうか。

 肩口の辺りで切りそろえられた茶色の髪に、やや垂れ気味の目、そして頬にできたえくぼ。

 彼女からは、男と正反対のホワホワと優し気な雰囲気がにじみ出ていた。


 彼女のさらに隣にいる若い男。

 彼の顔つきはどことなく二人に似ている。

 きっ次期領主である二人の息子なのだろう。


 三人は馬車から出てきたケイオス達へと近寄ってきた。


「ケイオス殿下、この度はラスティーユ城までご足労いただき感謝いたします。」


「うむ。ヴァインハルト卿、それとカタリナ夫人とジークハルト卿も、今回の歓待、大儀であった。」


「そのようなお言葉をいただけるとは、誠に光栄でございます。」


 ヴァインハルトと呼ばれた中年の男とケイオスが城の前で話をしている間、彼の隣半歩後ろにいた妻のカタリナは、やけにいい笑顔で二人の会話を聞いていた。


 と、ノーラはここで、ジークハルトと呼ばれた男がチラチラと自分達の方を見ていることに気がついた。

 よく観察してみると、その視線は主にレオンへ送られているように感じる。


「それでは殿下。早速で恐縮ですが、ドラゴンを倒した時のお話を伺いたいので、城の中へ参りましょう。」


「うむ。」


 ジークハルトの視線の理由についてノーラには想像もつかなかったため、過去に何かあったのかレオンに尋ねようとしたところで、ヴァインハルトの視線がケイオスからノーラ達へと移った。


「それと、君達のことに関しても報告は受けている。殿下と共について来てくれるか?ノーラ……だったかな?それとアリアと………………」


 ヴァインハルトは一人一人の顔を見ながら名前を呼ぶ。

 だが、最後にレオンの名を呼ぶ番になって彼は急にレオンのことを見つめながら黙り込んだ。

 そのせいで、奇妙な間ができてしまった。

 

 当のレオンはというと、なぜか下を向いてヴァインハルトと目が合わないようにしていた。


「……()()()()()()。」


 ヴァインハルトがその名を口にした瞬間、レオンの肩が跳ねあがる。

 彼は不安そうな、そして気まずそうな表情を浮かべながらゆっくりと顔を上げた。


「……はい…………父様……。」


 耳を傾けていなければ聞こえないくらい消え入ってしまいそうな小さな声。

 彼は確かに、目の前の男のことを()と呼んだ。


 彼の発した言葉の意味を理解したノーラは、レオンの顔とヴァインハルトの顔を交互に見比べる。

 親子であるのが一目瞭然なくらい、二人の姿はよく似ていた。


 返事をする瞬間はヴァインハルトの方を見ていたレオンだったが、叱られている犬のようにすぐに目を逸らした。

 ヴァインハルトはそんな彼に背を向けて、ケイオスと共に城の中へと入っていった。


 直後、誰かの手がレオンの背中を軽く叩く。

 彼の隣には、いつの間にかヴァインハルトの息子であるジークハルトが立っていた。

 何か声をかけるのかと思いきや、ジークハルトはレオンの背中を叩くだけで無言で去っていった。


「おかえりなさい、レオン。それと、アリアちゃんも久しぶりね。ノーラちゃんは初めましてかしら。後でゆっくりとみんなのお話を聞かせてちょうだいね。」


 今度は妻のカタリナが小声でレオン達へ話しかけてきた。

 彼女は自分の言いたいことだけ伝え、片目を閉じてウィンクすると、ヴァインハルト達の後を追っていった。


「……レオン?……行くよ。」


 その場でぼーっと突っ立っているレオンの腕をアリアが引っ張る。


「あ……ああ。」


 彼女に声をかけられたことで少しは気を取り直したのか、レオンはノーラとアリアと共に城の中へと消えていく。


 レオンハルト・フォン・ハインベルグ。

 これがレオンのフルネームだ。

 ラスティーユを領都とするハインベルグ領の領主、ヴァインハルト・フォン・ハインベルグ辺境伯の三男にして冒険者であるレオンハルトは、今まで意図的に避けていた家族と数年ぶりの再会を果たしたのだった。

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