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38.里帰り

「……!反応が消えた。トカゲめ、雷にでも打たれたか。」


 ろうそくに揺らめく小さな炎が足元を薄く照らすだけの暗い部屋の中で、男が呟く。


「まあいい。どうせアレは長くは持たん。それより、制御が効く距離の限界を知れたのは収穫だったな。」


 男はそう吐き捨て、どこかへ去って行った。


~~~


 火竜が死んだ。

 あのノーラが傷をつけることすら一苦労していたのに、黒いブーメランパンツの変態が放つ光によってあっさりと【浄化】され、動かなくなった。

 それはレオンにとって、にわかには信じがたい出来事だった。


 だが、おかげで彼に迫っていた命の危機は去った。


「は……ハハ……」


 それを理解した瞬間、レオンの体から急速に力が抜けていく。


「ハハハハハ……あれ?」


 それに伴い視界がぼやける。

 安堵で緊張の糸が切れてしまったのだろう。


「――――――!」


 変態――"混沌の勇者"ケイオスが何か喋りながら駆け寄ってくるが、激しい耳鳴りがしてレオンには何を言っているのか聞き取れない。


「あ……」


 意識がだんだんと薄れていく。

 レオンが最後に見たものは、輝きながら光速で迫りくる黒いブーメランパンツだった。


〜〜〜


「ううん……」


 心地の悪い振動を背中に感じながら、レオンが目を覚ます。


「ここは……ッ!」


 上半身を起こし、辺りを見回そうとしたところで、【思考加速】の代償である頭痛が再び襲ってきた。

 頭に手を当てる。

 だが、心なしかさっきよりもだいぶ痛みが和らいでいるようにも思えた。

 

「何だ?時間が経ったから……ってわけじゃないよな……?」


 痛みにも慣れてきたところで、レオンが再び状況を把握するために周りを見る。


 どうやら、彼は馬が引く荷車の上で寝かされていたらしい。

 下に布が敷かれているのは、荷車の揺れで体に負担がかからないようにという配慮だろうか。

 

 また、彼の右隣りにはノーラが、左隣にはアリアが同じような状態で寝かされていた。

 火竜との戦いによるダメージや疲労、そして【思考加速】と【強化】による痛みがあるにしては穏やかな顔で寝息を立てている。


「…………」


 今三人が乗っている荷車はあまり大きなものではなく、人を運ぶことを想定した作りをしていない。

 そのため、三人の人間を同時に運ぼうと思ったら、必然的に体が密着するような形になってしまう。


 普段はあまり考えないようにしていたのだが、すし詰め状態で密着した二人の体温が直に伝わってきたことによって、レオンの中に気恥しさが込み上げてくる。

 それを誤魔化すように彼は頭の後ろを雑に掻いた。


「おお!よかった!ようやく目が覚めたか!」


 荷車が進むのとは反対方向、レオンの正面からそんな声が聞こえてきた。

 その声に反応した荷車の御者が一旦馬を止める。


「先のドラゴンとの戦いで相当ダメージを受けていたようだったから、君達には治癒魔法をかけておいた。そこのお嬢さん達も、じきに目を覚ますだろう。」


 レオンの目の前には美しく気品のある毛並みと精悍さを兼ね備えた白馬がいて、その上には手綱を握った例の変態がいた。


 その非日常的な光景を見て少しの間フリーズしていたレオンだったが、ハッと何かに気づき、慌てて体勢を変えようとする。


 別に、変態から逃げようとしたとかそういうわけではない。

 この男、ケイオスの正体が誰なのかを思い出したのだ。


「怪我人に無理をさせるわけにはいかん。そのままでよい。」


 そんなレオンのことをケイオスが手で制する。


 レオンは少し迷ったが、彼の言葉をそのまま受け取ることにして、荷車の上で座ったまま頭を下げた。


「その……助けていただきありがとうございました。ケイオス様。」


 ケイオス・フォン・バルバード。

 これが”混沌の勇者”ケイオスのフルネームだ。

 バルバードという名が指し示す通り、彼はバルバード王国の第三王子であり、王族に名を連ねる人物だった。


「む……勇者として困っている者を助けるのは当然のこと。なに、気にするな。」


 丁寧に感謝の意を伝えられたケイオスは、なぜか少し寂しそうな顔をしていた。


「……それと、今の私はただのケイオスだ。もっとフランクにしてくれて構わん。」


「え……?いや……その……」


 継承順位の低い第三王子とはいえ、王族は王族だ。

 バルバード王国の国民であるレオンにとって敬うべき対象であり、不敬を働くわけにはいかないのだが、当の本人から言われてしまってはその要求を無視するわけにもいかない。


 どうするべきか困り果てたレオンは、この場にいるもう一人の人物を思い出して助けを求めるように後ろを振り向く。

 彼と目が合った御者はゆっくりと顔をそむけた。

 

 この御者はあてにならないみたいだと気を落としながらも、レオンは再び正面にいるケイオスと向き合う。


「……わか……った。ただ、俺達以外の人が来たらさすがに元に戻させてもらうからな。」


 困惑しながらも、レオンはケイオスの要求通りフランクに接することにした。

 すると、突然ケイオスが声高らかに笑い出す。

 

「フフ……ハハハハハハ!なかなか話の分かる奴だ。気に入った!どうだエリック!私の言った通りになっただろう?」


 御者へ勝ち誇ったような笑みを見せるケイオス。

 レオンが再びエリックと呼ばれた御者の方へ振り向くと、苦笑いしながら目で『すまん。』と謝られた。

 どうやら彼はケイオスに相当苦労させられているようだ。


「ケイオス様、人を困らせるようなことはお控えくださいとあれほど……ハァ……」


「ハハハハ!こうして受け入れてくれたのだ。まあよいではないか!……さて。」


 ひとしきり笑った後、ケイオスが居住まいを正してレオンのことを見る。


「それはさておき、君にはこれからの話をしておかないとな。()()()よ。」


「……!」


 レオンは目が覚めてからここまで、一度も自分の名を名乗っていない。

 だというのにケイオスはなぜか彼の名を知っている。

 ()()()()()()()()()であるレオンの名を。


 それがレオンにとってはたまらなく不気味で、早鐘を撞くように心臓の鼓動が速くなった。


「私達が今向かっているのはラスティーユだ。君達にはひとまずそこで治療を受けてもらう。怪我人であるし当然だな。」


「そうか……助かる。」


「で、だ。ドラゴンを討伐した場合、義務ではないがその土地の領主に報告する通例があるというのは知っているな?まあ、知らずともどの道後からギルドなどを経由して呼び出しがあるだろうが。ということで、私達はラスティーユの領主の下へ事の顛末を報告せねばならん。」


「……それは……」


 ケイオスの話を聞くレオンの呼吸が浅くなり、その顔がだんだんと曇っていく。


「今回あのドラゴンに止めを刺したのは私だが、君達があそこまで弱らせていなければ結果はもっと違ったものになっていただろう。それを考えると、君達にも報告の義務があると言える。……レオン、君の話はヴァインハルト卿から聞いている。悪いが、私と共に来てもらうぞ。」


 有無を言わせないようなケイオスの言葉には、正に王族というべきか思わず従ってしまいたくなるような威厳があった。


「…………」


 だが、レオンも相当に気が進まないのか、うんともすんとも反応がない。

 そんな彼を待つようにケイオスは黙って見つめていた。


 馬の鼻息と風で揺れる草木の音がよく聞こえてくる。


「……ううん?」


 そんな中、レオンの左隣にいたアリアがもぞもぞとうごめき、寝ぼけたような声を上げた。


「……レオン?……ここは?」


 そして彼女はキョロキョロと首を動かし、正面にいたケイオスの姿を見ると警戒心を露にした。


「……誰?」


「……!落ち着け、アリア!このか……人は俺達を助けてくれた勇者、ケイオス様だ!」


 つい数瞬前まで暗い顔をしていたレオンは、慌ててアリアを注意する。


「ハハハハハ!元気そうで何よりだな。これでこそ治癒魔法をかけた甲斐があるというもの!」


 一歩間違えれば不敬だと咎められそうな行為だったのだが、ケイオスは特に気にした様子もなく笑っていた。


「して、レオンよ。そろそろ君の返事を聞きたいのだが、どうだ?」


 この場の空気が若干緩んだところで、再びケイオスが念を押すようにレオンへ返事を促す。


 レオンにはどうしても首を縦に振りたくない事情があった。

 けれど、それでもケイオスの要請を拒否するに足る理由は思いつかなかったし、それを受け入れるという選択肢しか残されていなかった。


「……わかった。」


「……?……何が?」


 今までずっと眠っていたため話をよく理解していないアリアが首を傾げる。


「ハハハハハ!よくぞ言った!それでこそ私の見込んだ男だ!となれば、事は早い方がいい。エリック、馬を出すぞ!」


「承知いたしました、ケイオス様。」


 エリックが馬の手綱を取って重心を前に移動させると、レオン達三人を乗せた荷車がラスティーユの街へ向かって進み始めた。

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