37.混沌の勇者
とてつもない轟音と稲光がしてから数秒、ようやくレオンとノーラとアリアの麻痺していた聴覚が回復して、周りの音が聞こえるようになってきた。
「やった……のか……?」
口を開けたままの状態で固まった火竜を見ながらレオンが呟く。
その言葉の裏には、満身創痍な彼の希望的観測が混じっていた。
しかしそんな矢先。
「ギャァオオオオオオォォォォゥ!」
天に向かって火竜が大きな咆哮をあげた。
「……なっ!」
今の一撃で倒したと思っていた。
だが、火竜は無事だった。
そのことに驚き、困惑するレオン。
「………………!」
「……まだ……だめなの?」
ノーラとアリアも、言葉数こそ少ないもののレオンと同じく驚きを隠せない様子だった。
一瞬呆けていたレオンだったが、すぐさまこの状況を飲み込み、ハッとなって慌てて臨戦態勢をとろうとする。
しかし、手に持っていた呪符に魔力を込めようとしたところで、急に彼は頭に手を当てて膝をついた。
「ウッ……時間切れか……!こんな時に……」
【思考加速】のタイムリミットが過ぎ、思考スピードを極限まで引き上げた代償として、頭が割れんばかりの痛みがたった今襲ってきたのだ。
「……っ!」
【思考加速】を使っていたのはレオンだけではない。
アリアの方の【思考加速】もレオン同様効果が切れ、その代償が彼女を襲ってくる。
アリアは頭を押さえてその場にしゃがみこんでいた。
「ハァ……ハァ……っぁっ!」
さらに悪いことに、ノーラの【強化】もこのタイミングで効果時間が終わってしまった。
のたうち回ることすらできない程の激痛が彼女の全身を襲い、苦悶の表情で横たわる。
「グルルル……」
そんな中、火竜が低い唸り声を上げながら三人のことを見る。
正確には、三人とその後ろにある塔だろうか。
火竜は雷を警戒してか、そのまましばらく動く気配がなかった。
しかし、三人が満身創痍で何もできないことを感じ取ったようで、ゆっくりとレオン達の方へ歩いてくる。
「ヤバい……何かしねえと……クッ……!」
早く立ち上がって火竜と戦わなければ。
このままだと、自分だけではなくノーラもアリアも死んでしまう。
頭では理解しているレオンだったが、体が動いてくれなかった。
火竜が足を前に踏み出す度、地面が小さく揺れてその振動がレオン達に伝わってきた。
一歩、また一歩、絶望の足音と共に火竜が近づいてくる。
火竜はレオン達が倒れている場所まであと数歩というところでピタリと足を止めた。
「……?何だ……何で攻撃してこないんだ……?」
何かしらの攻撃が飛んでくると思っていたレオンだったが、不思議なことに当の火竜は何をするわけでもなくただただその場で自分達のことを見つめているだけだった。
と、その時。
「ハアアアァァァァァ!」
男の掛け声が聞こえた後、火竜の遥か後方から眩い光を放つ球体が凄まじい速度で飛来してくる様をレオンは見た。
光球は火竜の背の硬い鱗に当たる。
「ギャアアアアアアァァァァァァァァ!」
火竜が大きな悲鳴を上げた。
表面をペンキで塗りつぶされたかのように黒かった火竜の鱗から、黒い何かが光球に溶けだして、光と共に消滅していく。
これはアンデッドが【浄化】を受けた時特有の現象だ。
【浄化】が行われた部分、黒かった鱗から色が剥げ落ち、火竜本来の美しい真紅の鱗が露になる。
「……!?何が……?」
レオンは光球が飛んできた方向を見る。
彼の視線の先には奇妙な人影があった。
「あれは……」
かなり遠くにいるせいで、レオンにはぼんやりとしたシルエットしか見えなかった。
その人物が誰なのかを確認するために彼は目を凝らす。
「……変……態……?」
妙にテカテカしている小麦色の肌。
程よく肥大したセクシーな大胸筋。
そこにいたのは、黒いブーメランパンツだけを身に着けたほぼ裸の変態だった。
「……っ!」
変態の姿を見てレオンは思わず手の甲を目の前に出して自分の視界を遮る。
「まぶしっ……!」
別に気持ち悪いとかそういうのではなく、なぜか変態の体が発光しており、眩しくてそれを直視できなかったためだ。
彼の美しく鍛え上げられた逆三角形の肉体が、これでもかというくらいに輝き強調されていた。
「そこの君達!よくぞここまで耐えてくれた!私が来たからにはからにはもう大丈夫だ!後のことはこの”混沌の勇者”ケイオスに任せたまえ!」
変態は雪よりもさらに白い歯をキラリと輝かせながら、レオン達に声をかける。
妙に爽やかで通りの良い声だ。
紫色の蝶のような仮面を装着しているため素顔は分らないが、さらさらと長い銀髪が風になびいていた。
「夜明けと共に闇を照らす光よ、邪を滅す聖なる力を我に与えよ!【セイクリッド・パワー】」
爽やかな声で変態が魔法を発動させる。
彼の体から発せられる光がより一層強くなった。
「うおおおおぉぉぉ!」
光り輝く変態は、自らを鼓舞するように雄叫びを上げながら火竜へ向かって駆け出す。
そして、火竜の手前まで来ると大地を強く蹴って大きく跳躍し、その背中へと飛び乗った。
「はあああああぁぁぁぁぁぁ!」
彼はさらに気合を入れるように叫ぶ。
すると、変態が触れた部分から火竜の鱗の黒い部分が剥がれ落ちていく。
先程の光球が当たった時と同じ現象が起こっているのだが、その威力は段違いで、光球の時と比べみるみるうちに鱗の色が変化していった。
「ギャアアアアアアア!」
苦悶の表情を浮かべながら、右へ左へと大きく体を振って火竜が暴れ出す。
変態は火竜に振り落とされぬよう必死にしがみついていた。
「よし……!」
しばらく振り回されて火竜の動きに慣れてきたのか、変態が四つん這いの状態で崖をクライミングのするように移動を始め、火竜の首をよじ登る。
「クッ……これくらい!」
途中、3回ほど振り落とされそうになっていたがそれをなんとか堪え、彼はとうとう火竜の首へと取りついた。
「アンデッドと化した哀れなその魂……今楽にしてやる!」
変態はそう宣言すると、全身に力を籠める。
そして、彼はこの日一番の大声を出した。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
光る変態の体がさらに強く発光し、太陽の如き輝きを放つ。
そのあまりの眩しさに、レオンは思わず目を瞑ってしまった。
今度は変態の周りだけでなく、火竜の全身から黒い何かが剥がれ落ちていく。
「ギャオオオォォ!」
火竜が変態を振り落とそうと、自分の体ごと彼を地面に打ち付ける。
だが、男は無事だった。
鍛え上げられた強靭な肉体によって、重たい火竜の一撃を耐えきっていた。
「ギャアアアアアアァァァァァァァァ……」
今のが最後の抵抗だったのだろう。
火竜の叫び声が尻すぼみに弱弱しくなっていき、それと反比例するように黒かった体がみるみるうちに赤く染まっていく。
「はあぁぁ!」
最後の掛け声とともに変態の放つ光が一瞬だけ強くなり、そして消えた。
レオンは薄目を開けて光が消えたのを確認した後、両目を開く。
彼の目の前には、光球があった跡に本来の真紅の体を取り戻した火竜が横たわっていた。
けれど、先程のように再び動き出すかもしれない。
レオンはそう思って警戒していたが、二度と火竜が起き上ることはなかった。
変態から放たれる光によって魂が【浄化】され、アンデッド化した火竜は二度目の死を迎えた。




