36.雷
「ハァ…ハァ…!」
「グギャオオオオォォォゥ!」
火竜から振り下ろされた前足を、ノーラは横から剣で叩いて受け流す。
「…っぅ…!」
剣を振りぬいた後、彼女は肘に痺れるような痛みを感じて眉を顰めた。
レオンの【強化】によって常に百パーセントの力で剣を振るっていたせいで、その疲労やダメージが痛みになって現れ始めたのだろう。
さらに言うと、今の火竜の攻撃も本来ならば軽くステップを踏んで避けていたはずなのだが、疲労によって足が思うように動かなくなっており、泣く泣く攻撃を受け流すという選択になってしまっていた。
彼女の足が止まったのをチャンスと見たのか、火竜はノーラへ噛みつこうと大口を開けて首を伸ばしてくる。
「危ねえ!」
「…それは…させない。」
アリアが魔鋼糸の先端を槍の穂先のように組み上げて前方へ飛ばす。
レオンは魔法で追い風を吹かせて、アリアの魔鋼糸を加速させた。
火竜の頭部へ、先端が鋭く尖った魔鋼糸が猛スピードで襲いかかる。
「ガアァゥ…!」
火竜は自分へ向かってくる魔鋼糸を視認すると、ノーラへと伸ばした首を軽く捻った。
真横から迫ってきたアリアの魔鋼糸は、火竜の眉間にある硬い鱗に弾かれてしまった。
火竜がアリアの攻撃に気を取られているうちに、ノーラは全身に力を溜めて跳び上がり、両手で握っていた剣を大きく振り下ろす。
剣の腹の部分が火竜の顎にヒットし、見事にその頭を叩き落とした。
「ギャッ…!」
まさか頭を地面に叩きつけられると思っていなかった火竜は、怯んだように一瞬だけその動きを止める。
その隙に火竜の懐へ潜り込むかどうか迷うノーラだったが、後退して間合いを取り、一旦息を整える方を選択した。
「ハァ…ハァ…ありがと、助かった。」
彼女は剣を構えて目の前の火竜を見据えつつ、後ろにいるであろう二人へと礼を言う。
「…うん。」
「おう。」
二人からはなんとも曖昧な言葉が返ってくる。
【思考加速】によって常に頭をフル回転させて戦っていた二人にも疲労の色が出始めていた。
アリアの方は特に顕著で、澄ました表情をしているが顔には大量の汗が浮かんでいた。
「マズいな…」
レオンがポツリと呟く。
どれだけダメージを与えても全く倒れる気配のない火竜と、自分たちの体力だけがどんどんと削られていくこの状況に、彼は焦りを感じていた。
そしてそれは他の二人も同じだった。
【強化】と【思考加速】のタイムリミットが迫っているという事実も、それに拍車をかけていた。
「どれだけ斬っても手応えがない…せめて、弱点でもあれば…!」
自分の攻撃が効いていないからか、ノーラが悔しそうな表情を見せる。
「…アンデッド…だよね?…【浄化】は?」
何度斬っても血が流れぬアンデッドと思しき火竜を、レオンの【浄化】で倒すのはどうかとアリアが尋ねる。
「…いや、俺が使える【浄化】じゃあ時間がかかりすぎて、アイツを倒す前にこっちがやられちまう。」
だが、レオンが使う【浄化】では出力が足らなかった。
「クソッ…何かいい手は…」
他に何かいい方法はないかと、レオンは頭を抱える。
「…いや、待てよ…?そういえばアイツ…」
レオンはふと、先程火竜の行動に対して感じた違和感を思い出し、何かこの状況を脱するための糸口になるものはないかと目を閉じて思考の海に潜った。
戦闘が始まってから現在まで、自分達の最大火力であるノーラの攻撃を、火竜は避けるのではなく硬い鱗の部分で全て受けようとしていた。
アリアの魔鋼糸に関してもほぼ同じで、回避という選択肢を選ぶことはなかった。
しかし、レオンが放った電撃に対してだけ、明確に回避しようという意思が火竜の行動から見て取れた。
普通に考えれば威力が高いノーラの攻撃の方を優先的に回避するべきだろうに、レオンの電撃に対してだけ。
それも、一度ならず二度までも、だ。
違和感の正体に気づいたレオンに、これは偶然なのだろうかという疑問が浮かんでくる。
一度だけならただの偶然で済ませていたかもしれないが、二度目があった以上さすがに偶然で片付けることはできなかった。
そこまで考えてレオンは閉じていた目を開く。
体感でかなり長い時間熟考していた気がしたのだが、【思考加速】を使っていたおかげで一瞬の出来事だった。
「…ノーラ、アリア。俺に考えがある。」
彼は二人に向かってそう言うと、二枚の呪符を手に取った。
「…なあに?」
アリアが小首を傾げる。
「アイツに雷をぶち込む。…ただ、準備に時間がかかるから、その間火竜を抑えててくれねえか?」
そんなレオンの提案にノーラとアリアは一瞬だけ考え込むが、すぐに結論を出した。
「ええ。任せて。」
「…わかった。」
レオンの言う雷がどのようなものかはわからなかったが、少なくとも何の打開策も見つけられないまま闇雲に戦う今の状況よりはマシだと判断したのだ。
「よし、それじゃあ頼んだぞ!」
二人の返事を聞いて、レオンが一つの魔法を発動させる。
地面から周りの土と色の違う黒っぽい土でできた四角い塔が生えてきた。
塔はレオンの肩くらいの高さになったところで、魔法の効果が切れたのか成長を止める。
「一回でできるのはこんだけか…急がねえとやべえな。」
彼は再び同じ魔法を発動する。
塔を押し上げるようにしたから新たな塔が生え、二倍の高さになったところでまた魔法の効果が切れてしまった。
するとまたレオンは同じ魔法を発動する。
何度も何度も魔法で塔を積み上げていくというレオンの奇行を尻目に、彼が攻撃されないようノーラとアリアは火竜を全力で足止めしていた。
アリアが魔鋼糸で火竜をけん制して気を散らせつつ、ノーラが迫りくる鋭い牙や爪なんかを掻い潜って火竜へ斬りこむ。
レオンのサポートが減った分の負担が増えて苦しそうではあったが、それでも二人が火竜に突破されることはなかった。
二人が前線で持ちこたえている間にも、レオンは塔を積み上げていく。
気が付けば火竜の頭を超えるくらいの高さになっていた。
「こんなもんか…?」
レオンが細くなっている塔の先を見上げる。
そして、手に持っていた二枚の呪符とはまた別の呪符を取り出した。
「頼む…うまくいってくれよ!」
そして彼は、祈るように呟きながら魔法を発動させる。
不定形の紫電の塊が現れ、今しがた作り上げた塔へ向かって一直線に飛んでいった。
バチバチという静電気の音に反応して火竜がレオンの方を向くが、自分に向けた電撃ではないとわかるとすぐに意識を目の前の二人へと戻す。
紫電の塊が塔の下の方にぶつかって消える。
見たところ塔に何か起こった様子はない。
あまりにも変化がなさ過ぎて不安になったのか、レオンは難しい顔をしながら何度も紫電の塊を作っては塔にぶつけを繰り返す。
そして五回目の紫電を塔にぶつけたその時、塔が熱を帯び始め、放射熱で辺りの気温が少し高くなったのを感じた。
「…成功…か?」
自分の考えた通り事が進んでいるのか半信半疑になりながらも、レオンは紫電の塊を撃ち続ける。
「ハァ…ハァ…」
息を切らしながらノーラが何度目かの火竜の攻撃を剣で受け止めた。
「…そろそろ…キツい…かも。」
アリアは魔鋼糸を動かしながらそんな言葉を溢す。
これまでなんとか火竜の猛攻を耐えていた彼女達だが、長時間の戦闘でかなりの体力を消耗してしまい、戦線が崩壊しかけていた。
「グルルル…!」
そんな時、火竜がなにかに気づいたようにノーラやアリアから視線を外す。
火竜の意識は彼女達のさらに先、レオンが作り上げた巨大な塔へと向けられた。
アリアとノーラも釣られるようにして火竜の視線の先を追う。
「何…それ…?」
ノーラが目にしたのは、塔の周りでパチパチと静電気が発生して小さな光を放つ光景だった。
「即席のバッテリーだ!ぶっつけ本番で欠陥もあるが…なんとかなるもんだな。」
塔を見ながらレオンが答える。
この高く積み上げられた塔は電気を溜めるためのバッテリーであり、レオンが繰り返し撃ち続けた紫電の塊によって充電がなされていた。
ノーラもアリアも彼の言葉にイマイチピンときていないようだったが、あの塔がレオンの作戦に重要なものだということだけは理解していた。
一方で火竜はというと、電気を帯びた塔の異様な雰囲気を感じ取ってかなり警戒しているようだった。
塔を破壊しようと喉元へ魔力を溜め始める。
「…!」
ブレスの気配を感じ取り、ノーラとアリアが身構える。
「ノーラ、アリア!下がれ!」
レオンはそんな二人に後ろへ下がるよう指示を出した。
火竜は二人の後方にある塔を狙っており、後退する方が危険にも見える状況だったのだが、ノーラもアリアも躊躇うことなくレオンの指示に従う。
「ちゃんと動いてくれよ?」
そう言ってレオンは持っていた呪符に魔力を込め、上に向けて紫電の塊を放った。
紫電の塊が塔の上方に当たると、塔から低い音が鳴って溜まっていた電気が上へ送られていく。
そして塔の先端が強く発光し、激しく放電し始めた。
「…きれい。」
不規則に動く紫の光を見て、アリアは思わず呟いた。
魔力を溜め終えた火竜が、ブレスを撃つために塔がある方を向いて大口を開ける。
「お前の大好きな雷だ!…くらえ!」
塔の先端に送られた電気が一気に放電され、雷へと変換された。
大気中に放出された雷が放たれ、火竜へ向かって一直線に突き進む。
一筋と言うには大きすぎるの光の筋が火竜の頭部を飲み込んだ。
そのまま火竜の体内を突き抜けて、雷が地面へと突き刺さる。
少し遅れて、鼓膜が破れてしまうのではないかと思うような轟音が辺りに鳴り響いた。
その衝撃で、レオンもノーラもアリアも一時的に聴覚が麻痺してしまう。
雷を真正面からもろに受けてしまった火竜は、ブレスを吐こうとした状態のまま固まっていた。




