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35.強化

「俺達には長期戦に持ち込める時間はないから、早めに片をつけるしかねえ!ノーラ、アリア!行くぞ!」


 レオンの合図を皮切りに三人がそれぞれ動き出す。


「アリア!目を潰すぞ!」


「…わかった。」


 アリアは指先から伸びる魔鋼糸を束ねて強度を上げ、先端を円錐状になるように織った。


「…いつもより…やりやすい…!」


【思考加速】のおかげで魔鋼糸の操作がいつもより素早くなっていることに驚きつつ、アリアが両手を動かす。

 ドリルのような見た目をした魔鋼糸の塊は、真っすぐに火竜の目へ向かって突き進んだ。


「グルル…」


 さすがの火竜も目を攻撃されるのはマズいと感じたのか、魔鋼糸のドリルを撃ち落とそうと左の前足を上げた。

 火竜の重心が上の方に移動する。


「おっと!」


 呪符を二枚持っていたレオンが魔方陣へ魔力を込める。

 火竜の後方にあった木々から蔓が伸び、尻尾へと絡みつく。

 火竜の尻尾は蔓に引っ張られて上方へ吊り上げられる形になった。


 火竜は吊り上げられた尻尾のことなど気にせず、それよりも目の前の脅威を排除しようと、迫りくるドリルへ左の前足を振り下ろす。


「コイツでどうだ!」


 それと同時にレオンのもう一つの魔法が発動した。

 火竜の足元へ大量の水が現れる。

 そして水は一瞬で土に浸み込み、辺り一面をぬかるんだ泥地へと変化させた。


「グアッ…!?」


 三本の足で全体重を支えていた火竜だったが、尻尾でバランスをとることができない中、急に不安定になった地面に足を滑らせ体勢が崩れる。

 そのせいで、ドリルを狙った左の前足は大きく狙いが逸れて空を切った。


「行け!アリア!」


 火竜の左目へ、アリアが操る魔鋼糸のドリルが突き刺さる。


「…えいっ。」


 アリアは魔鋼糸へさらに魔力を流し、糸を捩じってドリルに回転を加えた。


「ギャアアアアアアアアアア!」


 悲鳴を上げながら反射的に左目を閉じる火竜は、目を潰された衝撃で思わず横ばいに倒れこんだ。

 よほど痛かったのか、手足をじたばたと動かしている。


「チャンスだ、ノーラ!思いっきりやっちまえ!」


 レオンの呼びかけに応えるようにノーラが走り出すと、火竜の足元にあるぬかるんだ地面手前で高く跳び上がる。

 横ばいになっている火竜の高さを軽く越え、最高到達点まで跳躍すると、彼女は剣先を下に向けて剣を逆手に持ち変える。


「………」


 そしてそのまま重力に従って落下していき、無防備になった火竜の脇腹へと剣を突き刺した。


「…!通った!」


 レオンから【強化】の魔法を受けたとはいえ、ついさっき火竜の硬い皮膚に剣を阻まれたノーラは、本当に自分の攻撃が通用するのかどうか不安だった。

 けれどもそれは杞憂だった。

 彼女が突き立てた剣はズブズブと火竜の脇腹へ吸い込まれていく。


「アアアアアアアアアアアアアアアア!」


 火竜がこの日一番の叫び声を上げた。

 ノーラが剣を引っこ抜くと、剣の形の傷口ができあがる。

 しかし、傷口から血は流れ出てこなかった。


 ノーラがもう一度近くに剣を突き刺そうとしたところで、火竜が大きく暴れ出した。

 尻尾に絡まっていた蔓があっという間に千切れていく。


 足場が不安定になってしまったため、火竜の脇腹に乗っていた彼女はその場から飛び退く。

 暴れる火竜に巻き込まれないよう、そのまま安全な場所まで後退した。


「グルルルルルルル…!」


 ひとしきり暴れた後、火竜はゆっくりと起き上がって正面に立っている三人を睨みつけた。

 最初は自分の体へ傷一つつけられない三人のことを舐めていたが、目を潰され腹を突き刺されたことで、自分にとって脅威となる敵として認識したのだ。


 火竜は尻尾を器用に使いながら、ぬかるんだ泥の足場で全身に力を溜める。


「ギャオオオオオオオオオオウ!」


 二本の後ろ足で地面を強く蹴ると、二枚の大きな翼を羽ばたかせて飛び上がった。


「うおっ…!」


「………」


「…っ!」


 それによって巻き起こる暴風のような激しい風を前に、レオン達は吹き飛ばされないよう立っているのがやっとだった。


 上空でホバリングするように留まっている火竜は、ノーラ、アリア、レオンと、順番に視線を向ける。

 誰を最初に狙うのがいいかを見定めているようだ。


「ガアアアアアアアアア!」


 数瞬の思考の後、火竜はレオンに狙いを定めて急降下してきた。


 彼はそれを見て横に走るが、とても火竜の攻撃を回避できそうにない。

 火竜の大きく開いた口から見える鋭い牙がレオンへと迫る。


「チッ…アリア!頼む!」


「…おーらい。」


 アリアはレオンの体へ魔鋼糸を巻き付けると、自分の方へと手繰り寄せる。

 間一髪、なんとか火竜の鋭い牙を回避することができた。


 何もない空間を火竜が噛り付くと、剣と剣を打ち合ったような硬い音が鳴った。


 レオンの体がアリアの隣へ投げ捨てられるように着地する。


「すまん、助かった!」


「…おっけー。」


 一目散にレオン目がけて急降下したためか、スピードを殺すことができず火竜が地面へ激突する。

 特にダメージはないのか、火竜はすぐに立ち上がった。


「危ない!」


 ノーラが叫ぶ。

 次の瞬間、レオンとアリアの真横から火竜の尻尾が迫ってきた。


「…っ!」


 アリアが魔鋼糸を一瞬で網目状に織り、巨大な盾のような形にして自分達と迫りくる尻尾との間に立てた。

 レオンも魔法を発動させ、地面から生えてきた植物の蔓を火竜の尻尾に巻き付ける。


 けれども火竜の尻尾が止まることはなかった。

 蔓を引き千切りながら尻尾を振り抜き、魔鋼糸の盾ごと二人を弾き飛ばした。


「…ガッ…!」


「…う…!」


 アリアとレオンの体が真横へと飛んでいく。


「クソッ…!」


 空中で身動きが取れない中、レオンはたまたま持っていた呪符に魔力を流す。

 二人の背後に水のクッションができあがり、かろうじて木や地面に叩きつけられ、致命傷を受けるような事態は避けられた。


「ギャオオオオオオウゥ!」


「させない…!」


 さらに追撃しようと火竜は前傾姿勢になるが、それを妨害するようにノーラが斬りかかる。

 火竜はそれをいち早く察知して身を翻し、防御姿勢を取る。


 ノーラの剣は火竜の背中側にある硬い鱗に阻まれたが、レオンとアリアへの追撃は阻止することができた。


「…よいしょ。」


 そうこうしているうちにレオンとアリアが立ち上がる。


「いてて…」


 そう呟くレオンの手には、一枚の呪符が握られていた。

 どうやら治癒の魔法を発動させ、自分とアリアの怪我を治療していたようだ。


 治癒の魔法をかけ終えたレオンはノーラの方を見ると、手に持っている呪符を鞄にしまい、別の呪符と入れ替える。

 彼女は一人で火竜の足止めするために奮闘していた。


「ノーラ!」


 そんな彼女を援護するために、レオンは火竜へ向かって槍状の電撃を放つ。


「ギャルル…!」


 火竜は頭部へ迫りくる電撃を避けようとしたが、避けきれず首に一撃くらってしまった。


「…グ…?」


 不思議そうな鳴き声を上げる火竜。

 レオンの電撃では火竜にダメージを与えるどころか、麻痺させることすらできなかった。


 だが、火竜が電撃に気を取られてくれたことで、ノーラが火竜の懐に潜り込む隙ができた。


「………」


 彼女は渾身の力で火竜の腹を斬り上げる。


「ギャアアアアアァァァ!」


 真っ黒な腹に真一文字の傷ができた。

 相変わらず傷口から血は流れ出てこない。

 怒気のこもったわからない大きな叫び声が上がる。


「…?」


 この一連の攻防にレオンはなんとも言えない違和感を覚えた。


「何だ…?何か…」


 その違和感の正体は喉元まで出かかっているのだが、【思考加速】によって加速した思考で考えても突き止めることはできなかった。


 甲高い音がして、思考の海に潜っていたレオンの意識が現実に戻ってくる。

 見ると、ノーラの剣が火竜の背に打ち付けられたところだった。


「クッ…!」


【強化】によって強くなったノーラの力でも、硬い鱗で覆われた火竜の背を傷つけることはかなわなかったらしい。


 火竜の背には自分の剣が通らないと理解した彼女は、再び火竜の懐へ潜り込もうと試みる。

 アリアやレオンのアシストもあってその試みは成功した。

 火竜の反撃を受けぬよう細心の注意を払い、ヒットアンドアウェイで接近と後退を繰り返しながら何度も火竜を斬りつける。





 レオンが【強化】と【思考加速】を使ってから、既に十分が経過した。


「ハァ…ハァ…」


 珍しくノーラの息が上がり始めている。


 何度火竜の腹を斬りつけたのだろうか。

 十は優に超えているはずだ。

 火竜が受けた斬撃はどれもそれなりの威力があり、腹にはいつ倒れてもおかしくないような傷ができている。


 だが…


「ギャオオオオオオオオオオオオオゥ!」


 まるでダメージを受けていないかのように、火竜が弱った姿を見せることはなかった。

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