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32.カニ

 サイポート近辺にある海岸にて。


「お、アリア!あそこにコイツを括りつけて糸を垂らしてくれねえか?」


 砂浜にある小さな穴を指さしながら、レオンはアリアに魚を手渡す。


「…わかった。」


 アリアはそう返事をすると、レオンの指示通り魔鋼糸に魚を括りつけ、穴へ向かって投げた。

 穴は彼女の想像以上に深く、糸がスルスルと奥へ飲み込まれていく。


 そして数秒後。


「…!…かかった!」


 何かに引っ張られるような手応えを感じたアリアが魔鋼糸を引き上げる。


「クキキキキキ…」


 すると、砂の下から二メートル程の大きさがある六本足の赤黒い魔物が現れた。


 この魔物はタラズガニというカニの魔物で、硬い甲羅を持っているため高い防御力を持つ。

 動きは遅いのだが、二本の鋏をハンマーのようにして敵を殴り、その一撃は岩をも砕く破壊力があり油断はならない。


「ノーラ!」


 レオンに名を呼ばれるよりも先に、ノーラはタラズガニへ向かって走り出していた。


「………」


 急に地上へと引き上げられて困惑しているタラズガニの頭を、ノーラが剣の腹で殴りつける。

 ガン!と鈍い音がした。


「ギュッ…」


 タラズガニの足がふらつく。

 硬い甲羅があるとはいえ、打撃だったからかノーラの一撃はかなり効いたらしい。


 ガン!

 剣を返してノーラが再びタラズガニを殴りつける。

 カニの体が持ち上がり、六本足の内四本が地面から離れ、地についている足は二本だけとなった。


 ガン!

 さらにもう一発。

 タラズガニは体を完全にひっくり返され、腹を上に向けて倒れ込んだ。


 ガンガンガンガンガンガン!

 ひっくり返って動けないタラズガニを、ノーラは何度も剣の腹で殴りつける。

 あまりにも一方的すぎて、なんだか魔物であるタラズガニがかわいそうに見える。

 気がついたらタラズガニは泡を吹いて絶命していた。


「…ノーラ、もういいぞ。」


 レオンはノーラを下がらせると、呪符を二枚取り出して魔法陣へ魔力を流し込んだ。

 発生した冷気がタラズガニを凍らせる。


「よっしゃ!お前ら、今日はカニ鍋だ!」


 出来上がった冷凍タラズガニを見ながら、ガッツポーズで喜ぶレオン。


「…?おいしいの?これ…」


 そんな彼をノーラは不思議そうな顔で見ていた。


「カニだぞ、カニ!絶対うまいにきまってるだろ!」


 異様にテンションの高いレオンがそう答えた。

 いつもはもっと落ち着いてる彼がここまで興奮するくらいなのだからよほど美味しいのだろうと、ノーラはまだ見ぬカニ料理へと思いを馳せる。


「…でも…こんなに大きいの…どうやって料理するの?」


 あまりにも大きすぎて普通の道具では調理できなさそうなタラズガニを見て、アリアは純粋に疑問に思ったことを口にする。


「…あ…そういやあ考えてなかった…」


 タラズガニを狩って持ち帰るところまではよかったのだが、その後の調理のことを考えていなかったようで、レオンはやってしまったと天を仰ぐ。


「え…?」


 そんな彼の言葉を聞き、ノーラは目に見えてショックを受けていた。


「うーん…どうすっかな…」


 それでもカニ鍋を諦められなかったレオン達は、ひとまず冷凍したタラズガニをサイポートまで持って帰ることにした。




「このプリッとした触感に上品な甘み…やはり獲れたては違いますな。」


 タラズガニを一口食べ、うっとりとした表情でバロンが感想を述べる。


「…!ホントだ旦那!こりゃうめえ!」


 バロンの隣にいたロクテは、あまりの美味さに目を見開いて驚いていた。


「カニっていやあやっぱカニ鍋だよなあ…思ったのとちょっと違うけど。」


 レオンはスープに浸かっているカニの身をスープと共に口に入れる。

 カニの出汁が聞いたスープとカニのうまみが調和して、口の中が幸福感で埋め尽くされた。


「…おいしい。」


 アリアはレオンの真似をしながらカニのスープを啜る。


「………!」


 よほどタラズガニが気に入ったのか、ノーラは何も言わずひたすらにカニの身を貪っていた。


 サイポートに帰ってきて、タラズガニの処理に困っていた三人。

 そんな中、ノーラはバロンがこの街にやって来ていることを思い出し、彼なら何かいいアイデアを出してくれるだろうと考えた。


 しかし、バロンはユング商会という大商会の会長。

 いくら知り合いだからと言えど、急に押しかけても会わせてもらえないかもしれない。

 そう考えダメもとでユング商会の扉を叩いてみたら、なんと以外にもあっさりバロンのいる部屋まで通され、懇意にしている食堂を紹介してくれた。

 対価としてタラズガニの身をいくらか譲るいう約束の下、一緒について来たユング商会の面々と共にカニ料理を提供してもらっていた。


「しかしよくカニ鍋のことをご存知でしたね。バルバードは内陸国で海がありませんし、カニは珍しいのではないですか?」


 しみじみとカニを頬張るレオンへバロンが話を振る。


 レオン達と初めて出会った場所や話し方などから、少なくともレオンはバルバードの出身ではないかと当たりをつけていたバロン。

 バルバードにはカニをスープに入れて食べる文化がなく、当たり前のようにカニ鍋を食べているレオンに疑問を持ったらしい。


「ん?ああ。昔読んだ本に載ってたカニ料理の中にカニ鍋があったんだ。」


「なるほど。」


 本で読んだのであれば知っていてもおかしくないとロクテは納得した。


 その後も楽しく談笑しながらカニを食べ進める一同。

 すると、夢中でカニを貪っていたノーラがふとその手を止め、バロンへと向き直る。


「…?いかがされましたかな?」


「その…ワイバーンを買い取って欲しいんだけど…」


 突然発せられたワイバーンという単語に、カニを食べていた一同の手がピタリと止まる。


「ワイバーン…?ってあのワイバーンか?ノーラの嬢ちゃん。」


 一瞬聞き間違いかと思ったロクテが、念押しするように確認する。


「ええ。」


 ノーラはそう言って頷いた。


「はて…先日この街を襲ったワイバーンは全て冒険者ギルドに買い取られたはずですが…」


「ウルト―に別のがあるから…」


 説明不足なノーラへ不思議そうな顔を向けるバロン達を見かねて、レオンがノーラの話を補足し始める。


「いや、実はな…」


 レオンはウルト―であった出来事を所々ぼかしながら説明した。


「なるほど…そんなことが…」


 ワイバーン三体を相手にするなど信じられないような話だったのだが、ノーラの実力を知っていたバロンは彼は本当のことを話していると判断した。


「そう。それで、ウルト―にあるワイバーンの素材を買い取ってほしい。」


 改めてノーラがバロンへと頼み込む。

 それを受けて彼は頭の中で算盤を弾いた。


「そうですね…ちなみにみなさんが持ってきた素材はどうなさったのですか?」


「ああ、それならまだ手元にあるぞ。ギルドへ持ち込むタイミングがなかったからな。」


 そう答えるレオンに、ロクテが妙案を思いついたと言わんばかりにポンと手を叩く。


「それならついでにそちらの方も私共へお売りいただけないでしょうか?」


 何やらいい笑顔で提案してくるロクテ。

 ノーラがレオンとアリアの方を見ると、二人は無言で頷いた。


「それで、お願い。」


「交渉成立ですな。いやあ、よかったよかった。…おおい!」


 話がまとまるや否や、ロクテは近くにいた部下を呼びつけてウルトーの村へ向かうよう指示を出す。

 話を聞く限りでは素材の買取りついでに建築資材などをウルトーへ持っていくらしいので、これならワイバーンにやられた建物や畑もすぐに元通りになるだろうとノーラは安堵した。


「…ありがとう。」


「フフ。こちらこそ貴重な情報を教えていただき感謝しております。」


 お互いにいい取引ができたと、この場に和やかな空気が流れた。




「あ、そういえば皆さん、こんな話はご存じでしょうか?北の方にある国が何やら怪しい動きをしていると。」


 ふと、何気ない世間話の一つとしてバロンがそう切り出した。


「北?バルバードにそんな噂はなかったが…」


 レオンが首を傾げる。


「あ、いえ。バルバードではなくてラダパールの方です。」


 ノスキア帝国の北西、バルバード王国西側にはラダパール神聖国という国がある。

 神聖国と名のつく通り国民全員がファレスタ教という宗教を信仰している宗教国家だ。

 ラダパール神聖国は自身を神が治め人が住む国と定めており、国家元首を持たないという珍しい統治形態をしている。

 けれど実際には、ファレスタ教の教皇が神の代弁者として大きな力を持っていた。


「ここ最近、ラダパールから穀物の注文が急増してましてね。不作でもないのに穀物の需要が高まっているということで、商人の間では噂になっております。」


「そうか…何事もないといいんだけどな。」


「そうですね…恐らくこの辺りは大丈夫だと思うのですが、戦争なんて起きれば武器商人達が幅を利かせて私共は商売あがったりですし…」


 バロンはうんざりしたような表情でそう語った。




 レオン達が心行くまでタラズガニを堪能した数日後、彼らの姿はサイポートの端にある門の前にあった。


「さて…そんじゃあ行くか!」


「ええ。」


「…うん。」


 三人は街の外へ向かって歩き出す。


 元々ノーラの頼みでやって来たノスキア帝国だったが、彼女の問題を解決した今、これ以上この国にいる理由はない。

 パルケアにいる友人達にお土産でも買って帰ろうとレオンが提案すると、ノーラとアリアはすぐに賛同してくれた。


 彼らはバルバード王国へ帰るため、潮の香りが漂うサイポートの街を後にした。

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