31.またね
ワイバーンの襲撃、ノーラのパーティー再加入、ノーラとエレナの和解…
この短時間でいろいろなことがあった。
この場にあった全ての問題を解決して落ち着いたことで緊張の糸が切れたのか、とてつもない疲労感がレオンを襲う。
エレナやアリアも、ノーラですらそれは同じだったようで、顔に疲労の色が浮かんでいた。
ノーラの場合は精神的なものが大きいのだろうが。
彼らは疲れた体に鞭打って、ワイバーンの死体の処理を始める。
死後ワイバーンがアンデット化して動き出さないよう、レオンが呪符に描かれた【浄化】の魔法陣へ魔力を流し込む。
エレナも【浄化】の魔法は使えるのだが、ポーションで魔力を回復させたとはいえ先程魔力切れを起こしており、これ以上魔法を使うのは体の負担が大きいというのでレオンに任せることになっていた。
ワイバーンの処理が終わる頃には、日が沈んで辺りは暗くなっていた。
今からウルト―の村を出るわけにもいかず、どうしようかレオン達が困っていると、エレナは空いている孤児院の部屋を貸してくれた。
ワイバーンから避難しているため孤児院には四人以外誰もおらず、とても静かな夜だった。
こうして孤児院で一晩を過ごした次の日の朝。
「…もう…行っちゃうのね…」
孤児院の玄関先で、エレナは寂しそうな声でノーラへ話しかける。
「ええ。ワイバーンから取れた素材を腐る前に街まで売りに行かないと。…すぐにお金が無くなっていっちゃうから、エンゲルけいすう?って言うのが大変なんだって…」
ノーラもせっかく解りあえたエレナとの別れは本望ではない。
しかし、ワイバーンという珍しい魔物の素材を新鮮なうちに売りに出さなければならず、泣く泣くこの村を発つこととなった。
ちなみに三人が運びきれない素材に関しては、腐りやすい部分だけ燃やして残りはエレナへ譲ることになっていた。
エレナもワイバーンの撃退に貢献していたから正当な取り分でもあるし、彼女ならばきっとうまく使ってくれるだろうと、ワイバーンに荒らされた建物や畑を見ながら三人で決めたことだ。
「昔からノーラはよく食べるからね。」
「…!もう…!」
「フフ…」
茶化されふくれっ面になったノーラを見てエレナが笑う。
ノーラも彼女に釣られるように笑った。
ひとしきり笑いあったところで、名残惜しさが強くなってしまったのか、二人は次の言葉が出てこずに沈黙が生まれてしまった。
「………」
「………」
けれども、互いになんとなく相手の気持ちを理解できていたのか、そこまで嫌な沈黙ではなかった。
優しい風が二人の間を通り抜け、地面に落ちていた木の葉が舞い上がる。
エレナは無性にノーラを引き留めたくなった。
「ノーラ…」
「すまん!遅くなった!」
そんな時、孤児院からドタバタとした足音が聞こえ、寝坊したせいで準備が遅れたレオンが慌てて出てきた。
「…ギリギリ…せーふ。」
完全なる遅刻だったのだが、同じく寝坊で出遅れたアリアがいかにも間に合ったかのような雰囲気を漂わせながら、レオンの後ろから出てくる。
「二人とも…遅い…」
「いや、ホントすまねえ!」
「…ごめん。」
「もう少しで置いてくところだった…」
口をとがらせながら遅刻したことを咎めるノーラへ、申し訳無さそうに謝るレオンとアリア。
レオン達の下へ戻ってエレナと和解して、心につっかえていたものが取れたからなのか、ノーラの感情が以前よりも豊かになり、はっきりと喜怒哀楽を読み取れるようになっていた。
今までのような無口で表情の薄い彼女ではなく、今のこの姿こそがきっと本来のノーラなのだろう。
「ハァ…ごめん、エレナ。何だった?」
そんな三人を見て、エレナ嬉しくもほんの少しだけ寂しい気持ちになった。
「え?ああ…そうね、ノーラ。………元気でね。」
エレナの知らぬ内に、ノーラは信頼の置ける仲間と自分の居場所を見つけた。
そんな彼女には彼女の行くべき道があり、それを邪魔してはいけない。
ノーラを引き留めたいという本心を抑えつけ、エレナは彼女へ別れの言葉を送った。
「…ええ…」
ノーラの返事は素っ気ないものだった。
そう言うと彼女は地面に置いてあったリュックを背負う。
それを見て、そろそろいい頃合いかとレオンがエレナへ話しかける。
「昨日は泊めてくれてありがとな。助かったぜ。」
「いえ…私も助けてもらったので。」
「まあ、大体ノーラのおかげなんだが…それはそうと、俺達もそろそろここを出ねえと。それじゃあな。」
「…じゃあね。」
「その…いろいろとありがとうございました…」
レオンとアリアがエレナへの挨拶を済ませて歩き出す。
「エレナ…」
そんな中、不意にノーラに呼びかけられてエレナは彼女を見る。
「…またね!」
複雑な笑顔をエレナに向けてノーラはそう言った。
「…!…またね…!」
エレナはそんな彼女に全く同じ言葉で返した。
ノーラは先に行ってしまったレオンとアリアを小走りで追いかける。
そして二人に追いつくと、エレナの方を一度も振り返ることなく歩を進めた。
そんな彼女達の背中を、エレナはじっと見つめていた。
三人の後ろ姿が徐々に小さくなっていく中、エレナはふと一筋の涙が自分の頬を伝っていることに気づく。
服の袖で涙を拭うと、上を向いた。
雲一つない青空に爛々と輝く太陽が眩しくて思わず目を閉じる。
再び目を開けて前を見る頃には、三人の姿は見えなくなっていた。
ノーラに自分の居場所があるように、エレナにも自分の居場所があり、家族のように大事な存在がいる。
きっと自分のことを心配しているであろうイメルダや、避難生活で不安になっているであろう子ども達を迎えに行かなければと、エレナは踵を返して歩き始めた。
〜〜〜
「グギャオオオオオオオオウウ!」
美しかった真紅の体を原型が分からぬ程に黒ずませたドラゴンが、急降下して着地する。
たったそれだけのことで、地面が大きく揺れた。
ドラゴンの纏う禍々しい瘴気に当てられ、近くにいた魔物達が意識を失い倒れていった。
「グルルル…」
ここにたどり着くまでの道すがら、人間の住む街を一つ壊滅させ腹を膨らしていたドラゴンだったが、食欲が尽きないのか首を下げて倒れている魔物を貪り始める。
「グギャッ…!」
何体か魔物を丸呑みしたところで、何か刺激を受けてハッとしたように首を持ち上げた。
大きな翼を羽ばたかせると、天高く飛び上がる。
そのまま先程まで飛んでいたルートで、再び飛行を開始した。
「ギャオオオオオォォォォォォ!」
ドラゴンが飛んでいる前方遥か先の方には、巨大な山々がそびえ立っていた。




