29.おかしい
もう一度レオンに会うことを決めたノーラ。
だが彼らが今どこにいるのかわからないので、ひとまずウルトーの村へ戻ることにした。
もしかしたら彼らの次の目的地がサイポートで、途中で見つかるかもしれないとも思ったが、そんなノーラの予想とは裏腹に人っ子一人出会うことなくウルトーへ着いてしまった。
再び訪れたウルトーの村はやけに閑散としていた。
元々そこまで人口が多くはない長閑な村にだと思っていたが、あまりにも人気がなさすぎることをノーラは不審に思った。
ここに来るまでの道すがら、遠くで警笛の音が鳴っていたことを思い出した彼女は、もしかしたら魔物の襲撃にでもあったのだろうかと考えてあたりを見回す。
「―――」
すると、どこからか魔物の咆哮が聞こえてくきた。
ノーラは声のする方へと走る。
「…!」
人だ。
魔物に襲われている人影を見つけた。
二対四枚の翼が特徴的なこの魔物はワイバーンだろうか。
三体いるワイバーンのうちの一体が大きく口を開け、今まさに男へ喰らいつこうとしているところだった。
男はもう助からないことを悟っているのか、諦めて覚悟を決めたような表情をしている。
ワイバーンに襲われている男には見覚えがあった。
いや、見覚えがあるどころの話ではない。
「レオン!」
彼はノーラが探していた人物―――レオンだった。
レオンの危機を目の当たりにして、考えるよりも先にノーラの体が動き出す。
硬い地面にくっきりと足跡がつく程に強く踏み込み、そのまま前方へ跳ぶように駆けた。
一瞬でワイバーンの目の前へ躍り出ると、鞘に収めたままの剣でその首を殴りつける。
ボキリと嫌な音を立ててワイバーンが首から倒れ込んだ。
「グルル…ル…」
完全な不意打ちでノーラの一撃をまともにくらったワイバーンは、首の骨が折れてしまったせいでうまく力が入らず、立ち上がることができない様子。
それを見た彼女は、冷静に剣を鞘から抜いてワイバーンの首を切り落とした。
「………」
「…ノーラ…?」
もうダメかと死を覚悟したところで、突然目の前にノーラが現れワイバーンを斬り伏せてしまった。
時間にしてたった数秒の出来事。
ノーラがこの場にいるなんて考えもしなかったレオンは、何が起こったのか理解が追いつかず、彼女の名を呼ぶのがやっとだった。
「…よかった。」
それはアリアにとっても予想外だったのだが、彼女は特に気にする様子もなくレオンが無事だったことに安堵していた。
「…あ…。」
だが、レオンに気を取られているうちに、彼女は一体のワイバーンの接近を許してしまった。
翼を大きく広げて威嚇しながら走ってアリアへと向かって来る。
魔鋼糸は彼を助けようと別のワイバーンがいる方へ全て伸ばしてしまったせいで使えない。
ワイバーンは目の前の人間を倒さんと、前足を振り上げる。
レオンが窮地を脱したかと思ったら一転、今度はアリアに危機が迫っていた。
「………」
けれども、それをむざむざ見過ごすノーラではない。
彼女は逆手に剣を握り変えると、剣を持つ右手を大きく引き絞る。
前に突き出した左手を引きながら右手を前方へ素早く押し出し、持っていた剣を手離す。
まるで弓から放たれた矢の如く、ノーラからワイバーン目がけて剣が投げられた。
刃先をワイバーンに向けたま、轟音と共に剣は一直線に飛んでいく。
そして、アリアへと迫るワイバーンの腹へと突き刺さった。
「グルアッ…!」
衝撃で後方へ押し出されるワイバーン。
相当踏ん張っていたのか、地面には足を引きずった跡がついている。
重心が後ろへ大きく傾いてしまったワイバーンがなんとか体勢を立て直して前を見ると、目と鼻の先に剣の鞘を持ったノーラが迫っていた。
ノーラは足に力を溜めて上に跳び、その勢いを利用してワイバーンの顎を鞘で突く。
「ギャッ…」
脳が揺れて平衡感覚が鈍り、まともに立っていられなくなるワイバーン。
地面に着地したノーラは、その隙を見てワイバーンに突き刺さったままの剣の柄を両手で握り、腹を引き裂いた。
「グギャアアァァ…」
ワイバーンの悲痛な叫び声は弱々しくなっていき、ノーラが剣を薙いでもう一度斬りつけたところで息絶えた。
レオン達だけでは足止めすら厳しかったのに、ノーラが一気に二体のワイバーンを倒してしまい、残るはただ一体だけになっていた。
「グルルルルルルル…」
最後のワイバーンは、警戒心をあらわにしてノーラを睨みつける。
おかしい。
本当ならば今頃、手頃な人間達を襲って腹を満たしているはずだったというのに、餌にありつけないどころか目の前の小さな人間に仲間がやられてしまった。
こんな辺鄙な場所に化け物のような人間がいてもいいのだろうか?
残されたワイバーンの頭にはそんな思考が駆け巡る。
そして、ノーラとまともに戦ってはいけないと本能で悟ったのだろう。
ワイバーンは全身に力を込めて身を低くし、そこから一気に伸び上がると、その反動を利用して空へ飛び上がった。
「………」
流石のノーラも空までワイバーンを追うことはできなかった。
近くに高い木や建造物でもあれば別だが、ウルト―の村の中にそんなものはない。
ワイバーンはホバリングするような飛び方で、ノーラが手を出せないような高さを保っていた。
上空では威力が落ちるのと、外した時のリスクが大きいのとで剣を投げるわけにもいかず、かといってワイバーンから攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、状況が膠着してしまう。
「ノーラ。」
そんな中、ノーラを呼ぶ声に彼女は視線だけを動かしてそちらを見る。
そこには腹の辺りを片手で抑え、脂汗をにじませたエレナが立っていた。
もう一方の手にはレオンから受け取ったのか、青い液体の入った小瓶が握られている。
「…あのワイバーンを落とせばいいのね?」
エレナはそう言うと小瓶に入った液体を一気に飲み干す。
相当にマズいのか、一瞬だけ彼女の眉がピクついていた。
「…わかった…」
ノーラは少し考えてからエレナの助力を受け入れる。
これまでのエレナの仕打ちに思うと快くとはいかないが、そんなことを気にしていられるような場面ではなかった。
「聖なる光を以てその身を拘束せよ!【光輪縛】」
レオンからもらった魔力ポーションによって魔力が回復したエレナは、ワイバーンを拘束するための魔法を使う。
空を飛ぶワイバーンの周りに大きな光の輪が現れた。
「グルル…?」
既に先程見た魔法だったからか、光の輪に捕まったら身動きが取れなくなると学習したワイバーンがその場から逃げようとする。
そんなワイバーンに向かって、地上から大きな音と強い光を伴った何かが飛来してくる。
レオンによって放たれた電撃は、ワイバーンの胴体を撃ち抜いた。
「ギャッ…!?」
威力自体は大したことなかったのだが、体が痺れて動きが鈍ってしまうワイバーン。
ダメ押しと言わんばかりにアリアが飛ばした魔鋼糸がその足へ絡みつき、下へと体が引っ張られてその場から逃げられなくなってしまった。
そうこうしているうちに光の輪が縮まってその体を拘束し、翼を動かせなくなり飛べなくなったワイバーンが地上へと落下していく。
「グギャルルルルルルルル!」
なんとかして拘束から逃れようと、大声を出して暴れるワイバーンだったが時すでに遅し。
地上で待ち構えていたノーラが剣を振り上げ、ワイバーンの首を刎ねた。
二つに分かれたワイバーンの首と胴体が、それぞれものすごい音を立てながら地面に落下する。
その衝撃で辺りの地面が少しだけ揺れた。
「………」
ワイバーンが完全に息絶えたのを見てノーラは剣を鞘へ納める。
三体のワイバーンの死体が転がる中、踵を返して彼女は歩き始めた。
ゆったりとした足取りでエレナへと近づいていく。
「ノーラ…」
緊張した面持ちで身構えていたエレナの横を素通りした。
何もなかったことに面食らっているエレナを尻目に、ノーラは歩き続ける。
そして、レオンの正面にやって来たところでその足を止めた。
「…レオン…」
そして彼女は、絞り出すような小さな声でその名を呼んだ。




