28.どうしたいのですか?
時は少し遡る。
レオンの下を去った後、行くあてのなかったノーラはどこへ向かうでもなく道なりに進み続け、気が付けばサイポートの街の近くまでやって来ていた。
「…」
また一人に戻ってしまった。
元々一人で生きてきたし、一人でいることには慣れているのだが、ノーラの心にはぽっかりと大きな穴が空き、まるで世界に自分だけが取り残されてしまったかのような空虚な気持ちになった。
そういえばレオンと出会う前もこんな感じだったのかもしれないと、ノーラは数か月前の自分を振り返った。
街の中へ入ろうとするでもなく、トボトボと整備された道を歩いていると、正面に大量の荷物を積んだ見覚えのある馬車を見つけた。
「おお、嬢ちゃん!数日ぶりだな!」
「おや…?ノーラさんではないですか。」
ノーラがその横を抜けようとすると、すれ違いざまに護衛の男と馬車に乗った恰幅のいい男が声をかけてきた。
「………」
一瞬無視してそのまま通り過ぎようかとも思ったが、見知った顔だったのでそういうわけにもいかずノーラは返事代わりに軽く頭を下げる。
恰幅のいい男男―――バロンは馬車を道の端に寄せて停め、馬車から降りてノーラの近くへ寄ってきた。
護衛の男―――ロクテもバロンをいつでも守れるような位置へと移動する。
「奇遇ですね、こんなところで。…本日はお一人ですか?」
レオンとアリアの姿が見当たらないことを疑問に思ったバロンが尋ねる。
「…ええ…」
特に誤魔化すでもなく淡々と答えるノーラ。
「失礼ですがお二人は…」
「…いない…」
ぶっきらぼうなその物言いに、バロンとロクテは何やらワケありなのだと察する。
「…ま、まあ、男と女が四六時中一緒にいるんだ。冒険者なんて自由な奴らだし、そういうこともあるだろう。」
ロクテは何やら見当違いの答えにたどり着いたらしいが。
「…ロクテ…お前…」
彼女達に限ってそれはないだろうなと思ったバロンは、ロクテにかわいそうなものを見るような目を向ける。
「………」
ノーラは面倒くさかったのか、否定も肯定もしなかった。
「ん゛ん゛っ!」
話を仕切り直すため、バロンはわざとらしく咳払いした。
「…時にノーラさん、これからどうするかはお決まりでしょうか?」
「………」
バロンの質問の意図は分らなかったが、行くアテのなかったノーラは首を横に振る。
「もしよろしければなのですが、私どもの商会で護衛として働いてみませんか?」
「…私が…?」
急な提案に面食らいつつ、彼女は不思議そうな顔をした。
「ぶっ!おいおい、旦那!そんないきなり…」
ロクテもこれは予想外だったようで、思わず吹き出してしまう。
「まあノーラの嬢ちゃんがいれば俺らの負担も減るし、ありがてえけど…ってあれ?待てよ?嬢ちゃんがウチに来たら魔物との戦いは一人で事足りるし、俺らはお払い箱なのでは…?」
何かに気づいてしまったロクテを無視し、バロンは話を進める。
「ええ。いかがでしょうか?」
どうせ行くアテがないのなら、このままバロンの話に乗ってユング商会の護衛として生きるのも悪くはないかもしれない。
そんなことを考えたノーラだったが、不意にレオンの顔が脳裏に浮かんでくる。
死にかけの奴隷だった自分の傷を癒し、奴隷ではなく冒険者の仲間として接してくれたレオン。
本当は彼に黙って奴隷の首輪を壊し、一人でノスキア帝国へと向かうつもりだったのだが、なぜだか一緒について来てほしくなって、自分が勇者だったという過去を打ち明けた。
そして、ウルトーの孤児院で自分がエレナに斬りかかった後、なぜだかレオンの顔を見るのが怖くて視線を合わせることができなかった。
あの時の彼はどんな顔をしていたのだろうか?
「………」
そんなことを考えながら、ノーラは黙って地面を見つめていた。
バロンはそれを否定だと受け取ったのか、肩をすくめて首を振る。
「…どうやら振られてしまったようですね。」
「ソレハザンネンダッタナー。ノーラガイレバラクガデキソウダッタンダケドナー。」
お払い箱にならずに済んだからか、ロクテは安堵しながら思ってもない言葉を口にした。
それを聞いてバロンはロクテに白い目を向ける。
愉快なやり取りをする二人を気にも留めず、ノーラは寂しそうな表情で地面を見つめたままだ。
そんな彼女の様子を見て、少しばかりの打算と老婆心からバロンがノーラへと優しく話しかける。
「相当深刻なお悩みのようですね。ここはひとつ、私どもにもノーラさんの悩みの種を教えていただけないでしょうか?お力になれるかどうかはわかりませんが、幾分か楽になると思いますよ。」
バロンの優しい言葉に、全てを話してしまおうかとノーラの心が揺れる。
「………」
だが結局、彼女が二人に悩みを打ち明けることはなかった。
黙っているノーラとは対照的な、騒がしい小鳥のさえずりがこの場に鳴り響く。
「失礼、差し出がましい申し出でしたね。」
ノーラに話す気がないとわかったバロンが一言詫びを入れる。
そして何か考えるような仕草の後、小さく息を吐いた。
「…それでは、少し私の昔話を聞いていただいてもよろしいでしょうか。」
「………」
ノーラは一瞬だけバロンの顔を見て、再び地面に視線を落とす。
肯定とも否定とも言えない反応だったが、バロンは気にすることなく口を開いた。
「あれは…私がまだ若かったころの話です。私にはマッカローという冒険者の友人がおりりました。生まれも仕事も性格も何もかも違う彼ですが、不思議と馬が合ったのか毎晩のように酒場に出ては酒を酌み交わし、互いの夢を語り合いました。」
昔を懐かしむような声色でバロンは語り始める。
「ですが、若気の至りというのでしょうか。きっかけは些細なことだったのですが、それが大喧嘩に発展してしまいましてね。今思えばなんてことない話なのですが…それから彼とは一言も言葉を交わすことなく、私は商隊の仕事で街を出ていきました。」
「………」
「そして数カ月が経ち、私は仕事を終えて再び街に戻ってきました。けれども、用事で立ち寄った冒険者ギルドにマッケンローの姿が見当たらず、不思議に思った私は近くにいた人に彼は今どこにいるのか尋ねたのです。そしたら…」
そこでバロンは一度言葉を切って俯き、溜めを作ってから話を再開する。
「マッケンローは…もう…おりませんでした。とある依頼で遭遇した魔物に…手痛い一撃を受けて…」
「………」
「その時私は深く後悔しました。なぜ喧嘩別れするような形になってしまったのか…と。」
そう語る彼の表情からは、どれだけ当時のことを後悔しているのかが汲み取れる。
最初は耳だけを傾けて聞いていたノーラも、気づけば話し手であるバロンの方をしっかりと見据えていた。
「人間は嘘をつく生き物です。人に対してだけではなく、自分に対しても。マッケンローと喧嘩して街を出る時、このままではいけないということに私は気づいておりました。けれどもまだ若く、自分の感情を抑えきれなかった私は、『彼のことなどどうでもいい』と自分に嘘をつき、心に蓋をしてしまったのです。」
「………」
「時には自分の心を守るためにそんな嘘が必要になることもあります。…けれども、後悔してからでは遅いのです。嘘で塗り固めた心の中に隠れている本心にもっと早く気づくことができれば、このような後悔をすることもなかったのでしょうね。」
バロンはそう言って自嘲気味に笑い、話を締めくくった。
「…自分の…本心…」
「ええ。…ノーラさんの悩みは目を背けてしまいたくなるほど深刻で、もしかしたら解決策など無いに等しいのかもしれません。その上でノーラさん、あなたはどうしたいのですか?」
「…どう…したいか…?」
ノーラの目を真っすぐに見据えながら問いかけるバロン。
自分はどうしたいのだろうか?
一人になりたくて、レオン達と一緒にいたくなくて彼らの下を飛び出してきた。
そして、これからは一人で生きていくつもりだった。
でも、それは本当に自分の本心なのだろうか?
「…私…は…」
自分はどうしたいのだろうか?
あれもこれも違うかもしれないと、堂々巡りになってしまったノーラの思考では、自分自身の本心にたどり着くことはできなかった。
ふと、エレナ達に襲われ見捨てられた時のことを思い出す。
それはノーラにとって、思い出すのも辛く苦しい記憶だ。
もしもあの時あの場所にレオンがいたら…弱くて頼りのない彼は自分のことを助けてくれたのだろうか?
身を挺して自分のことを守ってくれたのだろうか?
「………」
悩めど悩めど、自分自身への問いに対する明確な答えは出てこない。
だんだんと思考が鈍っていく中、ノーラは下へ視線を落とす。
自分の腕に付けたブレスレットが彼女の視界に映りこんだ。
パルケアの祭りの後にレオンから渡されたものだ。
「…あ…」
レオンに出会ってから数か月間の記憶がノーラの脳裏に甦る。
その瞬間、彼女の体は自然と動き出していた。
来た道を戻ろうと踵を返す。
「…ありがとう…」
首だけ振り返ってバロン達に言うと、彼女はそのまま走り去っていった。
「ええ。それではまた。」
「じゃあな、ノーラ!」
バロンは優しげな顔で、ロクテは手を上に挙げてノーラを見送った。
甲高い警笛の音を二人が聞いたのは、サイポートの街のへ再び馬車を動かし始めたころだった。
嘘と真相(本編に入れようかどうか悩んだおまけ)
「いい顔してたな、ノーラの嬢ちゃん。」
「ああ。これなら大丈夫そうだな。」
「そうだな。…しかしバロンの旦那、旦那にそんな過去があったとはな…」
「…あの頃は私も若かった。自分の非を認めることができないくらいにな。」
「まあ…なんだ…人間生きてりゃあそんくらい…」
「巨乳か貧乳かなんて関係ない…大きや形なんてちっぽけなことに捉われて、おっぱいは皆等しく素晴らしいというこの世の真理に気づけなかったなんて…」
「…は?」
「私とマッケンローは毎晩のように酒場で互いの夢を語り合ったんだが、貧乳と巨乳のどちらが優れているのかで口論になってな…最初は巨乳派の私と貧乳派のマッケンローが言い合っていただけだったのだが、いつしか酒場中を巻き込んだ大激論だ。三日三晩の熱い論戦の末、あいつらとは分かり合うことはできないと私は街を出ていったんだ。」
「…おい…」
「しかし、街を離れてしばらくしてから気づいたんだ。貧乳の素晴らしさにも。無限の可能性を感じさせるあのつつましやかな胸元の素晴らしさを!」
「…そんなくだらない喧嘩のせいでその亡くなった親友と一生会えなくなっちまったのかよ…」
「いや?マッケンローは生きてるぞ?」
「は?魔物に殺されたって…」
「ああ、それはな。尻を魔物に噛まれて隣町にある治療院に行ったからたまたまその時いなかっただけだ。数日後に帰ってきたマッケンローと、この世の真理について熱く語り合ったよ。なぜ私達はこんな簡単なことに今まで気づかなかったのかと、互いに後悔したのを今でも覚えている。」
「…おい…旦那…真面目に聞いてたら…俺の感動を返してくれ!なんだよこの世の真理って!ただ胸の話じゃねーか!そんな話に心を動かされたノーラの嬢ちゃんに謝れ!」
「…ロクテ、いいことを教えてやろう。英雄譚や偉人たちの心揺さぶるエピソードの大半はな、話を捻じ曲げて脚色してあるんだ。そしてその真相なんてどれもこんなもんだ。」
「ぐ…でもそんな嘘だらけの詐欺師みてーな…」
「私のささやかな嘘で一人の若者をいい方向へ導くことができたんだ。何の問題がある?」
「あのー、会長。そろそろサイポートへ移動しませんか…?」
「そうだな。ロクテ、そろそろ行くぞ。」
「…クソっ!」
ユング商会は今日も騒がしい。




