27.終わった
「グルルルルルル…」
しきりに後ろを確認しながらサイポート付近の上空を飛ぶ五体の真っ赤なワイバーン。
この辺りにワイバーンの生息域はない。
このワイバーン達は、遥か遠くからやって来た魔物だった。
ワイバーンの出現でパニックに陥るサイポートの街。
すると、サイポートの外周にいた冒険者の一人が上空に向かって魔法を放った。
氷の槍が一体のワイバーンの羽に当たる。
攻撃を受けたワイバーンはバランスを崩して地上へと落下し、近くにいた冒険者達と戦闘になった。
仲間が攻撃を受け激昂してもおかしくない場面なのだが、空を飛ぶ四体のワイバーン達は地に落ちたワイバーンを見捨てて離れていく。
少し離れた場所でもう一度冒険者の襲撃を受け、上空のワイバーン達は数を三体に減らしつつも、逃げるようにサイポートを通り過ぎていった。
それから何度も後ろを振り返りながら飛び続けるワイバーン達だったが、徐々にそのインターバルが長くなり、飛行スピードも遅くなっていった。
しばらく空を飛び続けたところで、遠くに人が住む小さな村を見つけた。
長時間の飛行でエネルギーを消費し、腹が減っていたワイバーン達にとっては手頃な餌場だ。
大きな街にはたまに強い人間が紛れているので危険だが、あれくらいの小さな村ならばその可能性も低い。
「ギャウ!」
村の手前でスピードを緩めると、三体のワイバーン達は地上へと降り立った。
餌を求めて二本の足で歩き回る。
「グルゥ…?」
しかし、どれだけ探せど村人の姿が見当たらない。
どうやらワイバーンの襲来を事前に察知した村人達は、既に避難済みのようだ。
「グギャルルルルルル!」
アテが外れて空腹に苛立つワイバーン達。
「―――。」
すると、遠くの方から人の声が聞こえてきた。
ワイバーン達がフラフラと声のする方へ歩いていくと、逃げ遅れた村人たちを見つけた。
その多くが足の遅い老人や病人などで、その中にはエレナとイメルダと孤児院の子ども達もいた。
「グルルルルルル!」
餌を見つけたワイバーン達は、喜々として村人達に襲いかかる。
迫りくるワイバーンに、村人達が恐怖で動けなくなってしまう中、エレナが一歩前に出て村人達を背にするように立った。
「聖なる光を以てその身を拘束せよ!【光輪縛】」
三つの光の輪が、それぞれ三体のワイバーンを囲うようにして現れた。
光の輪は徐々に縮まり、ワイバーン達の体に迫っていく。
「グギャッ!?」
光の輪には実体があったようだ。
ワイバーンの皮膚に触れるくらいの大きさになってもなお収縮を続け、その体を縛り上げた。
身動きを封じられたワイバーン達が驚いたような声で鳴く。
エレナはかつてノーラの仲間だっただけあって、魔法使いとしてはかなりの実力を持っていた。
尤も、彼女は治癒魔法やサポートがメインで、実際の戦闘はほとんどノーラがこなしていため、目の前のワイバーンを倒す手段はないに等しいのだが。
「みんな!今のうちに逃げて!」
エレナは振り返らずに叫ぶ。
彼女の後ろにいた人々はその声にハッとなり、慌ててワイバーンから逃げ出す。
「エレナ…あなたは…」
「早く!イメルダ!」
エレナが勇者の仲間だった事実を知らないイメルダは何か言いたげだったが、それどころではなかったのでエレナは突っぱねた。
「…神様、どうかエレナを…」
エレナに促され、イメルダも子ども達を連れて逃げる。
この場には縛られて身動きが取れない三体のワイバーンとエレナだけとなった。
光の輪による拘束が見た目ほどキツくないことに気づいたワイバーン達は、拘束から逃れようと暴れ出す。
「…っ!」
今拘束が解かれてしまったら、ワイバーン達はきっと子ども達を追いかけていってしまう。
それだけは何としてでも避けなければと、エレナは限界まで魔力を光の輪に込めて抵抗する。
「ハァ…ハァ…」
ワイバーン達を足止めしてからどれくらい経ったのだろうか。
エレナにとっては永遠とも思えるような長い時間だが、実際は数分程度のごく短い時間だった。
光の輪に全力で魔力を込め続けていたたせいで、魔力が枯渇し始めるエレナ。
だんだんとワイバーンを拘束する光の輪を維持するのが辛くなってくる。
「グギャルルルルルル!」
すると、一体のワイバーンを拘束している光の輪に小さなヒビが入った。
そのヒビは次第に大きくなっていき、全体に広がったところでついに光の輪はその形を維持できなくなり、粉々に砕け散った。
「…っ!」
それを皮切りに、二体目三体目の光の輪が砕け散っていく。
「そんな…まだ…」
一体ならばいざ知らず、三体同時にワイバーンを拘束するとなると、エレナ一人では荷が重かった。
彼女の顔が絶望に染まる。
このままでは自分だけでなく、イメルダや孤児院の子ども達までもが犠牲になってしまう。
「…っ!【光輪縛】!出て!何でもいいから!じゃないとあの子たちが…」
エレナは必死で魔法を使おうとするのだが、完全に魔力が枯渇してしまったのか、呪文を唱えても何も発動しない。
ワイバーン達は拘束が解けてからもエレナのことを警戒して近づかなかったのだが、魔力切れを起こした彼女が無力であるとわかると一転、一体のワイバーンがエレナ目がけて突進してきた。
「グギャオオオオオオウ!」
猛スピードで迫ってきたワイバーンがエレナえ食らいつこうとしたその時、ワイバーンの目の前に巨大な土の壁が現れた。
「ギャウ!?」
ワイバーンは急に現れた土の壁に驚き、急ブレーキをかけようとしたがその足は止まらない。
勢いよく土の壁へとぶつかった。
しかし、土の壁は存外脆かったようで、大した抵抗もなく崩れ去った。
肩透かしをくらってよろめくワイバーン。
四枚の翼を大きく広げてバランスを取ろうとするも、どこかから飛んできた糸に足を絡めとられてワイバーンはこけてしまった。
目の前で起こっている光景に理解が追い付かないエレナは、反射的に飛んできた糸の先を見た。
エレナの視線の先には、先日ノーラと共にいた冒険者二人の姿があった。
「あなた達は…!」
レオンとアリアの姿を確認したエレナは、ようやく彼らが助けに来たのだということを認識した。
「グギャルルルルル…!」
倒れていたワイバーンはすぐに立ち上ってレオン達を見ると、大きな叫び声を上げて怒りを露にした。
「アリア!」
「…わかった。」
名前を呼ばれたアリアは頷き、ワイバーン達をけん制する。
レオンはその間に二枚の呪符を取り出して魔力を込めた。
上空から大量の水が降ってきて辺り一面を水浸しにし、冷たい空気がこの場に充満したかと思うと霧が発生した。
心なしか、ワイバーン達の動きが鈍くなったようにも見える。
「っし!今だ!」
ワイバーンから彼らの姿が見えなくなったところで、レオンとアリアは霧の中をエレナの下まで駆け抜けた。
「あ…あの…」
「話は後だ!」
困惑しているエレナをよそに、レオンは彼女を連れてこの場から逃げ出そうとする。
「よし!アリア、逃げ…」
次の瞬間、ワイバーン達は背についている四枚の羽を羽ばたかせ、冷たい空気ごと辺りを覆う霧を吹き飛ばしてしまった。
「…嘘だろ…?」
「グギャアアアアアア!」
霧で身を隠して時間を稼ぐつもりだったが、その作戦が一瞬で破られてしまい唖然とするレオン。
頬に冷や汗が流れる。
「ギャオオオオオオオオ!」
一体のワイバーンがレオン達のことを見つけると、翼を大きく広げて襲い掛かる。
「…っ!」
アリアは咄嗟に魔鋼糸を飛ばしてワイバーンの動きを止めようとしたが、力で押し切られてしまった。
「…やべえな…」
レオンはそのまま突っ込んできたワイバーンの蹴りをくらい、勢いよく後方へと吹き飛ばされていく。
近くにいたエレナもその余波でレオンと共に吹き飛ばされた。
「…ッ!」
それはレオンにとって久しぶりに感じた痛みだった。
ノーラが仲間になってからというもの、魔物との戦闘は彼女がほぼ一人で終わらせてしまうおかげで、まともにダメージを受けることがなくなっていた。
数か月ぶりに受けた攻撃がワイバーンの蹴りという強烈な一撃だったせいで、意識が飛びそうになる。
レオンはなんとかそれをこらえ、たまたま手に持っていた一枚の呪符に魔力を込める。
レオンとエレナの後方に大きな水の塊が現れた。
ワイバーンに吹き飛ばされて身動きの取れない彼らが水の塊へと衝突したかと思うと、ヌルリと取り込まれるように二人の体が水の中に入っていく。
水の塊はクッションのように衝撃を吸収し、勢いを殺しながら二人の体を吐き出した。
そしてゆっくりと地上へ落下していく二人の体を、魔鋼糸でできたネットが優しく受け止める。
どうやらアリアはワイバーンの攻撃に巻き込まれなかったようで無事らしい。
レオンが横を見ると、エレナが痛そうに腹を抑えて蹲っていた。
無事とは言えないが、なんとか息はあるようだ。
意識がはっきりしてきたレオンは、二人が生きていることに胸をなで下ろした。
「…うぅ…!」
息が苦しくなるほどの痛みに耐えながら上半身を起こす。
「グルルルルルル…」
が、安心したのも束の間、一体のワイバーンが彼の目の前まで迫っていた。
ワイバーンは口を大きく開け、レオンに噛みつこうと顔を近づける。
「あ…」
終わった。
防衛本能で加速した思考によって引き伸ばされた時間の中で、レオンはそう悟った。
「レオン!」
遠くからアリアが魔鋼糸をワイバーンへ伸ばしているが、きっと間に合わないだろう。
魔鋼糸がワイバーンに絡みつく前にレオンが食べられるだけだ。
ノーラと出会い、いつしか無傷で戦闘を終えるのが当たり前になったことで、自分も強くなったような気がしていた。
俺もやれる、俺も戦えるのだと。
孤児院で見かけた子ども達に危険が迫っていると聞いてここまでやって来た。
最悪、ワイバーンと戦闘になっても逃げるだけの算段はあった。
けれども、蓋を開けてみればこのザマだ。
ワイバーンに歯が立たないどころか、逃げることすらできなかった。
強くなったと思っていた自分は、ノーラと出会う前からそれ程変わっていなかったのだろうか。
アリアの言う通り、自分達は隠れているべきだったのかもしれない。
自らの死が間近に迫る中、レオンはそんなことを考えていた。




