26.異変
ノーラがいなくってしまったショックで暫くの間呆然としていたレオンだったが、アリアに助けられながら立ち上がった。
なんとなくウルト―の村にいたくなかったので、彼らはひとまずサイポートへ向かう。
「…」
道中、レオンは暗い顔をしながら声を発することなく無言で歩き続けた。
「…」
「…そろそろ…休む?」
重苦しい空気の中、アリアがそう切り出す。
「…おう…」
レオンは考え事をしていたのか、どこか上の空といった様子の生返事が返ってきた。
けれども、彼の足が止まる気配はない。
「…レオン?」
「…ああ…」
「…レオン!」
アリアはわざわざ立ち塞がるようにレオンの正面へ移動し、彼の両肩を掴んで揺らす。
「…あ…うおっ!どうした、アリア…?」
急に目の前にアリアの顔が現れたように感じ驚くレオン。
「…休む?」
アリアは小首をかしげながら聞く。
「あ…ああ。そうだな。だいぶ進んだし一旦休憩するか…」
気がつけば二人はウルト―の村からかなり遠くまで来ていた。
どうやってここまで進んだのか、考え事をしていたレオンは全く覚えていなかった。
二人は近くにあった木陰まで移動して腰を下ろす。
「…」
相変わらずの暗い顔で、レオンは地面に生えた草をを見つめていた。
「…レオンは…悪くない。」
そんな彼を見かねたのか、アリアが声を掛ける。
「…ありがとよ、アリア。」
アリアに気を遣わせてしまったと思い、レオンは礼を言う。
確かにレオンを気遣ったというのもあるが、実のところ彼女は思ったことをそのまま言葉にしただけだった。
「何でこうなっちまったんだろうな…ハァ…」
そんな言葉を洩らしてレオンは自虐的な笑みを浮かべる。
「…もう…忘れた方が…いい。」
「…」
淡々とそう口にするアリアに、レオンは何も答えなかった。
「…ノーラは強いから大抵の問題はすぐに解決できちまうもんだと…ノーラを裏切った仲間ってのは性根の腐った大悪党で、そいつを取り押さえて終わりだと思ってたんだ…でも、違った。ウルトーの孤児院にいたエレナって奴は、根っからの悪人じゃなかった。俺には想像もできねえが、あれはきっと何か事情がある奴の顔だ。」
ウルトーの孤児院での出来事を思い出す。
あの時のエレナは、彼女が抱えている何かをぶちまけて楽になりたいが、それができなくて苦しんでいるというような雰囲気だった。
「力で解決できるような、そんな単純な問題じゃなかったんだ…それを俺は…ハハ…」
乾いた笑い声が鳴り響く。
レオンはウルトーに来る前の自分の考えが浅はかだったことを呪った。
自分の気持ちを吐露したことで多少は気がまぎれたのか、レオンはウルトーの村を発った時よりも落ち着きを取り戻してきた。
隣にいたアリアの方を向く。
「…悪いな、アリア。俺ばっかり喋っちまって。」
「…うん。」
アリアは少しばかりふてくされたような顔で頷いた。
それを見たレオンは苦笑しながら立ち上がる。
「さて…そろそろ行くか。」
「…うん。」
レオンに促されてアリアも立ち上がる。
サイポートへ向けて再び歩を進めようとしたその時、二人は遠くの方で鳴る甲高い警笛の音を聞いた。
「…何だ?」
不思議に思って音がする方角を見ると、ラグーダ鳥という二足歩行で走る大型の鳥の魔物が三体、かなりのスピードで走っていた。
その背には人が乗っている。
「ラグーダ鳥…?手紙でも運んでる…にしてはやけに速いな。サイポートの方で何かあったのか?」
ラグーダ鳥は鳥の魔物なのだが空を飛ぶことはできない。
その代わり強靭な脚力と無尽蔵のスタミナを持っていて、馬よりも早く長距離を駆け抜けられるという特徴を持つ。
性格は比較的穏やかで人にもなつきやすい。
特にスキンヘッドの人がお気に入りなようで、スキンヘッドを見つけると大喜びで駆け寄ってその嘴で頭を撫でようとしてくる。
そんなラグーダ鳥は、街から街へ手紙の輸送や緊急の伝令などのために飼われていることも多い。
あの三体のラグーダ鳥も恐らくサイポートで飼われている個体だろうとレオンが見ていると、三体はものすごいスピードでグングン迫って来る。
そのうち二体はレオン達を無視して先へ進み、一体がレオン達の横で急停止した。
ラグーダ鳥から抜け落ちた黒い羽が宙を舞う。
「君達!サイポートの上空で五体のワイバーンが確認された!ワイバーン達はこっちに向かってきてるから、見つからないよう急いで隠れてくれ!」
ラグーダ鳥に乗っていた男は、声を張り上げてレオン達にそう伝える。
「…は?ワイバーン?それに隠れろったってどこに…」
「すまない!私達も急ぎなんだ!見たところ、君達は冒険者なんだろう?その辺は君達の方で何とかしてくれ!」
それだけ告げると、男はラグーダ鳥の胴体を蹴って走らせ去って行った。
あまりにも急すぎる出来事に、呆然とラグーダ鳥の背中を見送るレオン。
「ワイバーンって…嘘だろ…」
ワイバーンは背中に左右二枚の羽を二対、合わせて四枚の羽をもつドラゴンの魔物だ。
住み着く場所の環境によって、赤青黄緑白黒など様々な色に変化する。
ドラゴンとしては小型で小回りが利く半面、比較的非力で他のドラゴンが使えるブレス攻撃を使えないことから、そこまで強くはないとされている。
だがそれはあくまでも『ドラゴンという種の中で』の話。
腐ってもドラゴンであるワイバーンは、一体でも小さな街なら壊滅させられるくらいに強い。
そのワイバーンが五体だ。
「オークキングやキュクロプスどころの話じゃねえぞ…」
パルケアを襲ったオークとゴブリンの群れや、アクエカ山脈で出くわしたキュクロプスなど霞んでしまうような、災害とも言うべき暴力的な脅威が迫っていた。
二人はサイポートへと続く切り開かれた道から外れ、草木が生い茂る道路沿いの林の中へ隠れようと準備を始める。
ふと、ウルトーの孤児院のことがレオンの頭に浮かんできた。
「…あ…」
孤児院にいたのはイメルダという年老いた女にエレナ、そしてたくさんの子ども達。
先程の男はワイバーンがこっちに向かってきていると言ったが、彼の行く先にあるのはウルトーの村だ。
もしもワイバーンがウルトーの村を襲ったとしたら、彼女達は無事でいられるのだろうか?
そんな疑問がレオンの頭の中に浮かんでくる。
エレナはノーラの火竜討伐についていけるくらいだし、それなりに戦えはするのだろう。
しかし、まともに戦力になるは彼女だけであり、子ども達やイメルダを無事に守りきる姿が想像できない。
例の一件で子ども達からは嫌われてしまったし、エレナはノーラがレオン達の下から去って行くきっかけを作った人物だ。
イメルダに関しては何かされたわけでもないが、特に思い入れもない。
本来ならレオンにはそんな彼女達のことを助ける義理などあるはずもないのだが、顔を見知った子ども達がワイバーンの犠牲になってしまうかもと考えると、なんとも後味が悪かった。
幾ばくかの逡巡の後、レオンはウルトーの村まで様子を見に行こうと考える。
「アリア、今から俺達もウルトーまで…」
そう言ってウルトーへ向かって歩き出そうとするレオンの腕をアリアが掴んで引き留めた。
「…むり。」
彼女は自分達とワイバーンの戦力差を鑑みて、戦ってはいけないと判断したのだ。
「頼む、そこをなんとか…」
「…助ける…理由がない。」
「子どもを見捨てるのは寝覚めが悪い。」
「…レオンの方が…大事。」
「…頼む。」
客観的に見れば、アリアの方が正しいことを言っているのだろう。
深いつながりがあるわけでもないのに、身を挺してまで助けに行く必要はない。
それはレオンも理解しているが、彼が引き下がることはなかった。
二人がしばらく互いに見つめ合うような形になる。
しばらくして、根負けしたアリアが小さく息を吐いて目をそらした。
「…危なくなったら…連れて帰る。」
「…!ありがとよ、アリア!」
二人はウルト―の村がある方角へと駆け出した。




