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23.俺がおかしいのか?

「…騒がしいな。」


 男が呟く。


「グギャルルルルルルルルアァァァァ!」


 彼の目の前では、マグマのような真紅の鱗を所々黒ずませ、瘴気にも見えるオーラを纏わせた巨大なドラゴンが暴れていた。

 それに巻き込まれないようにと、ワイバーンやサイクロプスなどの魔物達はドラゴンへ近づこうとしない。


「…黙れ…」


「グギャルルルル…グギャッ…!」


 男が手を前に出すと、先程まで暴れていたのが噓のようにドラゴンはおとなしくなった。


「他には何もいない…か。」


 男は何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回したが、目当てのものは見つからなかったらしい。


「…フン。蜥蜴なんぞいくらでも手に入るが…実験台にはちょうどいい。」


「グルルル…」


 男が腕を振る。

 ドラゴンは瘴気をまき散らしながら羽ばたいてどこかへと飛んでいった。

 魔物達は、ドラゴンに追い立てられるように叫び声を上げながら我先にと逃げ出す。


 彼はその光景を見向きもせずに振り返ると、来た道を戻っていく。


「準備は整いつつある。もうすぐた!もうすぐ…」


 上を向いて呟く男の声は、ドラゴンの羽ばたく音と魔物達の叫び声に紛れて消えていった。


 ~~~


 キュクロプスの素材をユング商会に売ったレオン達は、アーカントに数日間滞在しただけですぐに街を出ていった。

 そして彼らは南へ進み、サイポートへとやってきた。


 サイポートは海に面しているだけあって、どこからともなく潮の香りが漂ってくる。

 港には交易品を運ぶための巨大な船が停泊しており、屈強な海の男達が積み荷を船から降ろして仕分けしていた。

 かと思えば沖合からは小さな漁船がいくつか帰港して、獲れたての魚を近くの市場へと運び込んでいる。


 昼というには早すぎるが朝というには少しばかり遅い時間帯、レオン達は遅めの朝食をとるために海辺の食堂へと足を運んでいた。


「プハァ~!女将さん!こっちに追加でもう一杯!」


「こっちも頼む!」


「あいよ!ちょっと待ってな!」


 朝…というより夜の薄暗いうちから船を出す漁師の中には、この時間に仕事を終えて酒を飲み、昼頃には次の漁に備えて眠る者も少なくない。

 レオン達が入った食堂には、そんな一仕事終えた漁師達が集まる場所だった。

 酔っ払い達の陽気な笑い声の絶えないこの時間は、食堂というより酒場という言葉が似合う。


 店の端の方にある円形のテーブルに着いたレオンが、斜め前に座ったノーラへ視線をやる。


「………」


 彼女はレオンの言いたいことを察したのか、無言で頷いた。


 この喧噪の中ならば他の客には聞こえないだろうし、聞こえたとしても酔っ払いしかいないからどうせ覚えていないだろうと思い、レオンは話を始める。


「アリア、ちょっといいか?」


「…なあに?」


 レオンに名前を呼ばれたアリアは小首を傾げた。


「…アリアにもちょっと知っておいてほしいことがあるんだが…今から話す内容は、俺達以外には絶対に秘密にしてくれ。」


「…わかった。」


 ただならぬ雰囲気で忠告するレオンに何かを感じ取ったのか、アリアも真剣な表情でそれに応えた。


 レオン達がアリアとパーティーを組んでから今日まで、彼女はノーラの異常なまでの強さを間近で見ている。

 そんなアリアにノーラが元勇者であることを隠し通すのは難しいかもしれないとレオンは考えた。

 なので先日レオンはノーラを説得して、ノーラがノスキア帝国の元勇者だったという秘密をアリアに教えることに決めた。

 説得といってもノーラはすぐに首を縦に振ってくれたが。


「よし。アリア…実はな…」


 アリアはゴクリと唾を嚥下する。


「ノーラは…ノスキアの勇者だったんだ。」


 念のため人に聞かれないよう声を潜めてレオンはそう言った。


「…ふうん。」


 あまり興味がないのか、詰まらなさそうに返事をするアリア。


「まあ驚くのも無理はねえ。俺も最初に教えられた時は…ってあれ?」


 思っていた反応と違ったからか、レオンは肩透かしを食らった気分だった。

 けれども、よくよく考えてみればいきなり勇者だ何だと言われて信じられなかったのかもしれないと思いなおす。


「いや、急にこんなこと言われても信じられないかもしれねえ。けど本当に…」


「…大丈夫…わかってる。」


 レオンの発言を遮ってまでそう言い放ったアリアは彼の事を真っすぐに見据えており、茶化したり嘘を言っているのではなく、心の底からの発言であることが窺える。


「おう…?いや…その…俺がおかしいのか…?」


 自分がノーラの話を聞いた時のリアクションと差がありすぎて、ポツリとそんな言葉がレオンの口を衝く。

 アリアが自分の言葉を信じてくれたのは嬉しかったが、あまりにもすんなりと受け入れられたせいで逆にレオンの方が困惑してしまうと共に、彼は背筋に少しばかりの寒気を感じた。

 けれどももう一つこの場でやりたいことを思い出した彼は、すぐに気を取り直して意を決したような表情になる。


「まあいいか。この話のついでにノーラ、一つ聞きたいことがある。」


 急に話を振られたノーラは首を傾げていた。


「…そろそろ今回の旅の目的をはっきりさせておきたい。ノーラ、ウルトーには何が…いや、何をしに行くんだ?」


 レオンは単刀直入にノーラへと問うた。


 アリアにノーラが元勇者だと話したのは、何も秘密を隠しきれなかったからというだけではない。

 今回の旅の目的を聞き出し、それをパーティー内で共有しておきたいというのもあった。

 ノーラの秘密を聞いた直後はその目的をためらっていたレオン。

 だが、ユング商会でバロンから目的地を聞かれた時にはっきりと答えた彼女を見て、今ならば大丈夫だろうと考えこの場でウルトーへ向かう理由を聞くことに決めた。

 現にノーラは特に取り乱す様子はない。


「…ウルトーには…エレナがいる…」


 エレナとはノーラが勇者だった頃の仲間の一人だ。

 確信しているかのような彼女の物言いに、レオンはある疑問を持った。


「…なんでそう思うんだ?勇者…エレオノーラの仲間についての情報は規制が厳しいのに…」


「…エレナはウルトーの出身だった…国から出る給金の大半をウルトーに送ってた…それに昔、勤めを終えたらウルトーでやりたいことがあると言っていたから…」


 ノーラの口から出てきたのは勇者だった彼女しか知りえない情報だ。

 レオンはそんな彼女がエレナの居場所に確信を持っている理由に納得すると同時に、ノーラの予想は恐らく正しいのだろうと感じた。


 けれども、アリアはそうではなかったらしい。


「…ほんとに?」


 彼女はノーラへと目をやる。


「…ええ…」


 その視線を受けてもノーラは動じることなくはっきりと答えた。


 それでもなおアリアが何かを言おうとしたその時、


「はいお待ち!冒険者の兄ちゃんたち、若いのにそんな辛気臭い顔してるんじゃないよ!ウチの亭主の料理は絶品だから、これ食べて元気出しな!」


 食堂の女将が威勢のいい声を出しながら料理を運んできた。


「ああ、ありが…あれ?これは…?」


「ああ、そいつはウチからのサービスさ!こんな時間帯に飯を食いに来るなんて、兄ちゃんたちはこの辺のモンじゃないんだろう?悪いね、酔っ払いしかいなくて。」


 女将は笑みを見せながら言うと、口が大きく開いて目玉が飛び出た巨大な魚の頭部の煮付けをテーブルの上に置く。


「お、ありがとよ。…すげえ見た目してんな…」


 サービス自体は嬉しかったが、なかなかにグロテスクなその見た目にレオンは若干引いてしまう。


 すると、その声を聞きつけた隣の客がレオン達の会話に割り込んでくる。


「おう若えの!グロマグロを見るのは初めてか?そいつは頭が一番うめえんだ!…くそぅ、そいつを見てたら俺も食いたくなっちまったじゃねえか。女将さん!こっちに酒とグロマグロの兜煮追加で頼む!」


「はいよ!」


 女将は注文を受けて店の奥へと去っていった。


「まあ…とりあえずメシにするか。」


 ひとまずレオンが知りたい情報はノーラから聞き出せたし、なんだか真剣な話をする雰囲気ではなくなってしまったので、彼達は目の前に並べられた料理をいただくことにした。


 レオンは大皿に乗ったグロマグロの兜煮をほぐして自分の皿に取り、フォークに刺して口へ運ぶ。

 そのグロテスクな見た目からは想像できないほどの旨味が口いっぱいに広がった。

 煮汁は甘辛く作られているのだが、その味付けがグロマグロの旨味をより一層引き立てている。


「…なんでこの見た目でこんなうまいんだよ…」


 思わずそう呟かずにはいられなかった。

 アリアもその美味しさに驚いており、ノーラに至ってはものすごい勢いでグロマグロの兜煮を食べ進めている。


「しかしグロマグロって…」


 レオンはこの見た目とネーミングのセンスに、少しだけ文句を言ってやりたい気分になった。


 そうこうしているうちに、グロマグロはどんどんと(主にノーラの胃袋へ)消費され、気がつけばもう骨も残っていない。

 綺麗になった大皿に驚く女将を見て、ノーラは大食いの大道芸人として生きていけそうだなんて思うレオンだった。

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