22.どこへ?
行動を共にすることになったユング商会の商隊とレオン達は、何度か魔物と遭遇するも特に苦戦することなく進み、山を下りてアーカントという街にやってきた。
彼らは街の門の近くにある大きく武骨な建物の前で、積み荷の入った馬車を停める。
「失礼、さすがに加工前のキュクロプスの素材をいきなり街の中心部まで運ぶわけにはいきませんので…一旦こちらの倉庫で査定をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
どうやらここはユング商会が所有する倉庫らしい。
一応腐らないように魔法で処理してあるとはいえ、人が多い街中までキュクロプスの素材を運ぶには衛生面などに問題があるので、この倉庫で査定をするとバロンはレオン達に断りを入れる。
「ああ、大丈夫だ。」
特に問題はなかったので、レオンはそれを了承した。
「ありがとうございます。それと申し訳ないのですが、査定に一日程いただけないでしょうか?なにしろキュクロプスという珍しい魔物の素材ですので…」
バロンはそう言いながら、申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。
「そうだな…この街に滞在する間泊まる宿を今から探さないといけないから、むしろその方がいいな。」
アーカントに来るまで野営続きで疲労が溜まっていたレオンは、早々に泊まる宿を決めて今日はもう休みたい気分だった。
「なるほど。それでしたら宿は私共が手配いたしましょうか?」
「お、いいのか?」
冒険者の宿探しは面倒な条件があったりして意外と苦労するので、レオンにとっては渡りに船な提案だった。
「ええ。その方が連絡がつきやすくて私としても助かりますし。それでは、明日使いの者を寄こしますので、私共の持つ商館までお越しいただいてもよろしいですか?その時にノーラさんの剣もご一緒にお渡ししますので。」
ここにある倉庫とは別に、ユング商会はアーカントの中心部に商館を持っている。
金銭の受け渡しはそこでするらしい。
「ああ、そんじゃあそれで頼む。何から何までありがとな。」
「いえいえ、あなた方にのおかげで無事にこの街までたどり着けましたので。それではまた明日。」
「おう、じゃあな!」
そしてレオン達はこの数日間の旅路で仲良くなった護衛達や御者達にも声をかけた後、バロンに紹介された宿へと歩いて行った。
翌日、ユング商会の使いの者に案内されて、三人は白い壁が特徴的な豪華な建物へとやって来た。
どうやらここがユング商会の商館のようだ。
そのままレオン達は商館の中へ入ると、応接室へと通された。
応接室の中央には、羊の魔物から取れる毛で折られた絨毯の上に木製の椅子とテーブルが置かれており、壁際には色鮮やかなガラス細工や船が描かれた絵画などが飾られている。
そんな光景を眺めながら応接室で三人が待っていると、すぐにバロンがやって来た。
「いやあ、お待たせしてすみません。皆さん、ユング商会の商館によくぞお越しくださいました。」
彼は相変わらず人好きのする笑顔を浮かべながらレオン達に声をかける。
「ああ、俺達もついさっき来たところだ。」
「………」
「…どうも。」
レオンはそれに軽く手を上げて答え、ノーラは無言で会釈をし、アリアは一言で挨拶を済ませた。
すると、応接室の入り口から布にくるまれた棒状の何かを持った男が入って来る。
「よう!レオンにノーラにアリア!昨日ぶりだな。」
ロクテは三人のことを見るや否や、快活な笑みで彼らに声をかける。
「お、ロクテ!お前も来たのか。」
「ああ、コイツを運んでくるためにな。こいつが何かはわかってるだろうが後のお楽しみってことで…旦那!」
ロクテがバロンの方を見る。
「そうだな。さて、それではお三方、早速ですが本題に入りましょうか。」
レオン達の正面に腰かけたバロンは、一枚の紙を取り出して三人の前に差し出した。
「こちらがキュクロプスの査定結果でございますのでご確認ください。」
差し出された紙には、キュクロプスから取れた部位とその金額がそれぞれセットで、一番下にはその合計金額が記されている。
「一、十、百、千、万、十万…百…え?」
見間違いかと思ったレオンは、目をこすってもう一度合計金額を確認する。
「…嘘だろ、二百万ギロムって…」
せいぜいが数十万ギロムだろうと考えていたレオンは、あまりの金額に絶句して固まってしまった。
ノーラは無表情で紙を見つめている。
「…そんなに?」
アリアは状況がよくわかってなさそうに小さく首を傾げた。
「一応今回のお礼として気持ちばかり上乗せしております。とはいえ、なかなか市場に出回らない素材ですし、普通に買い取ったとしても百万ギロムは下りませんが。」
バロンは笑顔でサラっとそう告げた。
「…ハッ…!わ…わりい。あまりの金額につい…二人とも、この査定で問題ないか?」
フリーズから帰ってきたレオンがノーラとアリアに確認を取る。
「…うん。」
「………」
アリアがそう一言返し、ノーラは無言で頷いた。
「ありがとうございます。それでは今お金を用意させますので、こちらにサインをしてお待ちください。」
そう言ってバロンは近くにいた商会の従業員に指示を出し、レオンは出された書類にサインする。
「さて、キュクロプスの買取りはまとまったな。そんじゃあ次はこいつだ。」
タイミングを見計らって話に割り込んできたロクテが、手に持っていた棒状のものをドカッと机の上に置く。
「コイツはもしかして例のあれか?」
「ああ。ノーラの嬢ちゃんのために選んだ剣だ。説明するよりもまずは手に取って見てくれ。」
ロクテが布を広げると、少しくすんだような色の鞘に収まった両刃の剣が姿を現した。
「なんかやけに古ぼけた剣…って重ッ!なんだこの重さ!」
レオンがその剣を持ち上げようとしたが、あまりの重さに少し浮かせただけですぐに下ろしてしまった。
「ハハハ!そいつは昔、初心者用の剣として他のと一緒に十把一絡げで旦那が仕入れたんだが、大きさの割に重すぎてまともに使えないし買い手が見つからなくてな。使われてる金属が特殊なのか、鋳つぶしても加工できる職人がいなくて利益も上がらないときた。」
ロクテが困ったように肩をすくめる。
今度はアリアが両手で剣を持ち上げようとしていたが、やはり重すぎてすぐに下ろしてしまった。
「けど、こないだ嬢ちゃんが戦うところを見てピンときた。ノーラならこの剣をうまく扱ってくれるんじゃないかってね。」
そう言ってニヤリという笑みをノーラへと向けるロクテ。
「…ロクテ、お前そんなものをお渡しする気なのか…?確かに珍しい品だが、大体そいつはただの不良在庫だし、もっといい剣、それこそ最近仕入れたミスリル製の品があっただろうに。」
処分に困っていた剣を持ってきたロクテに白い眼を向けるバロン。
そんなものを渡すというのは彼の商人としての矜持が許さないのだろうか。
「いや旦那、旦那はあの時現場にいなかったからそう言いたくなるのかもしれねえが、ミスリルでも嬢ちゃんの戦いにはついていけるとは思えねえ。その点コイツは頑丈そうだし、嬢ちゃんならこれくらい重くても…ってうおぉ!」
熱弁するロクテがノーラへ目をやると、彼女は重たい剣を片手で軽々と持っており、思わず声を出して驚いてしまった。
彼女が剣を鞘から抜くと、黒みがかった鈍い光沢を放つ剣身が姿を現した。
「…持ってみた感じどうだ、嬢ちゃん?」
「………」
ロクテの問いにノーラは小さく頷いた。
黒みがかった刃をまじまじと見つめており、彼女はこの剣を気に入ったようだ。
「ヘヘ、っつーわけだ、旦那。先方は満足だとよ。」
ロクテがバロンにドヤ顔を向ける。
「…本当にその剣でよろしいのですか?」
「…ええ…」
困ったようにノーラへの顔を見るバロンに、彼女はそう答えた。
「そうですか…」
「ま…まあノーラが使っても壊れない頑丈な武器なんてなかなか見つからなかったし、俺達も助かったぜ。」
諦めたように肩を落とすバロンに、レオンはフォローを入れた。
「それならよろしいのですが…もしそちらの剣がお気に召さなければ別の物をお渡ししますので、その時はこちらへお持ちください。」
バロンはすぐに気を取り直してそうノーラへと伝える。
「…ありがと…」
彼女は小さな声で礼を言った。
そんなことをしているうちに、商会の従業員が金の詰まった革袋を持ってきて机の上に置いた。
バロンはその革袋をレオン達の目の前へと置きなおす。
「こちらが今回の代金でございます。」
「ああ、ありがとよ。」
レオンは袋の中身を確認してからそれを受け取った。
「さて、本日の要件はこれでおしまいですね。そういえば皆さんは旅の途中だとおっしゃってましたね。どこへ向かっているのか教えていただけないでしょうか?」
キュクロプスの買取りと剣の受け渡しが完了したところで、バロンがレオン達に尋ねる。
「え?あー…そうだな…」
そういえばアーカントに着くまでにそんな話をしたなと、思ってもみなかった質問に言いよどむレオン。
そもそも目的地を知らないので答えられなかったという方が正しいかもしれない。
「…ウルトー…」
そんな中、隣に座っていたノーラがはっきりと聞こえるような声で言った。
「ウルトー…といいますと、サイポートの近くにある村の事ですか?」
バロンの言葉にノーラが頷く。
どうやらそこで間違いないらしい。
レオンも今ここで初めて目的地を知ったが、いかにも元から知ってたかのような顔を作った。
「…サイポート?」
けれども本当に何も知らないアリアは、初めて聞く地名なのかサイポートという言葉に聞き返す。
「ここよりさらに南へ行ったところにある港町ですね。交易も盛んなのですが漁師町としても有名で、なんと言ってもあそこの魚料理は絶品です。もしサイポートへ寄ることがあれば、ぜひ一度あそこの魚料理を召し上がってみてはいかがでしょうか。」
バロンはサイポートという街について丁寧に説明する。
アリアはそれを興味深そうに聞いていた。
ノーラの秘密にも関連することなので、バロンの質問には一瞬ドキリとしたレオンだったが、幸いなことにこの話題に関してこれ以上聞かれることはなかった。
もしかしたら何か訳ありかもと察したバロンが気を利かせた可能性もあったが、レオン達には知る由もない。
その後も彼らはしばらく雑談を続ける。
そしていい時間になったところで、レオン達はバロンとロクテに一声かけて商館を後にした。
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レオン達を見送った後、バロンとロクテはある部屋で二人立ち話をしていた。
「…ロクテ、十日後に私達もサイポートへ向かうぞ。」
「お、唐突だな。どうしたんだ、旦那?帝都で商談があるとか言ってたがそいつはいいのか?」
「そっちは他の者に任せればいいだろう。幸い積み荷はここまで運ぶことができたしな。それよりも、あの三人からは金の匂いがするんだ。お前もそうは思わんか?」
「うわあ…出たよ。毎度そのよくわからん直感?に付き合わされる身にもなってほしいね。でもまあ、ノーラの嬢ちゃんがいるなら珍しい魔物の素材とかは手に入りそうだな。」
「…ロクテ、確かにそれもあるが、目に見えるものにとらわれているのであれば、一流の商人にはなれんぞ。」
「いや…俺、護衛だから…じゃあ旦那は他になにかあるってのか?」
「私のカンだとあのレオンという青年、何かあるな。仲良くしておいて損はないはずだ。」
「ふ~ん、俺には普通の冒険者にしか見えなかったが…ま、旦那がそう言うならきっとそうなんだろうな。」
「そういうことだ。わかったらサイポートへ向かう準備を始めてくれ。ベニスは今療養中だから、代わりの護衛を集めてこい。」
「へーい。人使いの荒いこって。」
ロクテは軽く体を伸ばすような仕草をして部屋から出ていった。




