21.とある勇者の噂話
「…あれは…!」
バロンが空を見上げる。
そこにはエメラルドグリーンの炎が打ち上がっていた。
「アルノの【エクスプロード】だな。緑は安全が確保されたという合図…ということはまさか、キュクロプスを倒したのか?」
何らかの事情でバロンが護衛達と離ればなれになった場合、アルノの魔法を使って合図を送るという取り決めをしていた。
赤が危険で緑が安全の合図だ。
ロクテの口ぶりからキュクロプスを倒すのは難しいと考えていたバロンは、もしかしたら色を間違えたのかもしれないと考え、引き返すかどうか決めあぐねている。
数分後、今度は先程よりも少し低い位置に小さなエメラルドグリーンの炎が打ち上がった。
「間違い…ではなさそうだな。よし!狼煙を上げてやれ!私達も引き返すぞ!」
バロンは合図を受け取ったことを護衛達へ知らせるために狼煙を上げると、一緒にいた御者達と共に来た道を引き返していった。
「こ…これは…」
護衛達と別れた場所まで戻ってきたバロンは、目の前の光景に口を大きく開けて驚く。
馬が切り離された馬車の隣に、解体されたキュクロプスの素材が積み上がっていた。
「ん…?おお!やっと来たか、旦那!馬車の積み荷は無事だぜ!」
レオン達と話をしていたロクテは、バロンに気がつくと大きく手を振って声をかける。
すると、バロンは慌てて馬から下りてロクテの下へと駆け寄った。
「ロクテ…これはどういうことだ?一体何があったんだ?どうやってコイツを倒したんだ?」
混乱しているのか、捲し立てるようにロクテへ問いかけるバロン。
「お…落ち着けって、旦那。たまたまここに居合わせたこの冒険者達がキュクロプスを倒してくれたんだ。運がよかったぜ、まったく。」
そう言ってロクテはカラカラと笑う。
「そ…そうか…」
バロンは商人という仕事柄、身分や職業に関係なく様々な人々と接するので、人を見る目は人一倍あると自負している。
今回の商隊について来ている護衛達は、彼が直々にスカウトした凄腕の元冒険者達だ。
皆バロンが命を預けるに足る実力と人間性を持っている。
そんな彼らが勝てないような魔物を、たまたま居合わせた冒険者が倒してしまったという話はにわかに信じがたかったが、他ならぬロクテの話なのでひとまず納得しておくことにした。
少し落ち着いたところで、件の冒険者達に興味を持ったバロンはレオン達の方を向く。
「…!あなた方は…」
そこにいた三人の顔を見てバロンは目を見開く。
キュクロプスから逃げ出す道中、自分達の脇をすり抜けて走り去っていった者達がそこにいた。
「…失礼。キュクロプスを倒したという冒険者達とは、あなた方のことだったのですね。この度は私共の護衛と積み荷をキュクロプスから守っていただきありがとうございました。私、ユング商会会長のバロンと申します。」
驚きも束の間、すぐに商人の顔に戻ったバロンは、レオン達に深々と頭を下げて感謝を述べると自らの名を名乗った。
会長自ら商隊へ参加している事実にレオンは少し驚いたが、そういうこともあるのかとあまり気にしなかった。
「ああ、あの時の!えっと、俺は冒険者のレオンだ。そんであそこにいるのがアリアで、そこにいるのが今回主にキュクロプスと戦ったノーラだ。…いやノーラ、さすがにそれは厳しいんじゃないか…?」
レオンがいつものようにパーティーメンバーを紹介する。
アリアは少し離れたところで解体されたキュクロプスの角をまじまじと眺めており、ノーラは折れた剣の剣身側の根元をそこらへんに落ちていた石で削り、なんとかして武器にならないかと試行錯誤しているところだった。
「フフ。よろしければお礼に剣をお譲りしましょうか?と言っても、ここには大したものがないので街についてからになりますが…」
「本当か!助かる!ありがとう!」
最近懐が温かいとはいえ、剣を買い替えるとなるとかなりの出費になる。
しかもノーラの戦いに耐えられる業物ともなれば、そこら辺の店で買えるような代物ではない。
密かにお金の心配をしていたレオンは、バロンの申し出をありがたく受け入れることにした。
「いえいえ、あなた方にはとても大きな恩がございますので、これくらいは当然の事でございます。…時に、皆様のご様子からキュクロプスとは相当な死闘を繰り広げたとお見受けします。よろしければ、私にも詳しい話をお聞かせ願えますかな?」
レオン達がキュクロプスをどのようにして倒したのか興味を持ったのか、バロンはそんなことを申し出る。
「ああ。そうだな…」
レオンはバロンに促され、キュクロプスと戦った時の事を話し始める。
「…で、その時…」
「ほう!そんなことが!」
バロンは商人というだけあって話を引き出すのがうまく、レオンは彼に乗せられて気持ちよくしゃべり続けた。
「とまあこんな感じだな。」
レオンが話し終えるころには、ノーラは剣身を石で削るのを諦めて地面に放り出し、腰を下ろして退屈そうに空を眺めていた。
アリアはキュクロプスの素材に興味がなくなったのか、いつの間にかレオンの近くで彼の話を聞いていた。
「なるほど…キュクロプスを倒すだけでなくベニスの応急処置まで。重ね重ねなんとお礼を申し上げてよいのやら…いやはや、しかしあれですな。颯爽と現れてキュクロプスという強大な魔物を倒すそのお姿、ノーラさんはノスキアの勇者、エレオノーラ様を彷彿とさせますな。」
エレオノーラという名前が聞こえた瞬間ピクリと反応するノーラ。
「…そうそう、エレオノーラ様と言えばつい最近、お仲間の内の一人がお勤めを終えて故郷に帰ったとか。」
「…!」
ノーラは首を回してバロンの方を見る。
「その方のお名前は確か…そうそう!エレナ様、でしたかね。…おや?いかがいたしましたかな?」
突然立ち上がり真剣な表情でバロンの方を見つめるノーラ。
ただの世間話をしていたつもりのバロンは、何かあったのかと不思議そうに彼女へ尋ねた。
「…今の、本当…?」
ノーラの口から出てきた短い言葉には、切羽詰まったような雰囲気が感じ取れた。
「…私からはその可能性が高いとしか。なんせ、ノスキアではエレオノーラ様の情報は機密事項であり、そのお仲間についての情報も規制されているのです。この話もあくまで噂話で、ノスキアから正式に発表があったわけではありません。ですが、火のない所に煙は立たぬと言いますか、私個人としては少なからず何かあったのではないかと思っておりますけどね。」
「…そう……ありがと…」
ノーラはそれで納得したようで、一言だけ礼を言ってすぐに引き下がった。
「いえいえ。これくらいでよろしいのでしたら…つかぬ事を伺いますが、ノーラさんはエレオノーラ様に何か思い入れがあるので?」
興味本位でバロンが尋ねる。
「………」
「…あ、ああ。コイツ、エレオノーラのファンなんだ。ハハハ…」
ノーラはその質問に答える気がなく、微妙な間ができてしまったのでレオンが笑って誤魔化すことにした。
「左様でございますか。」
バロンはそれ以上何かを聞き出そうとしてくることはなかった。
「…レオン。」
話が途切れたところで、アリアがレオンの服を引っ張る。
「ん?アリア、どうした?」
「…あれ。」
そう言ってアリアが指し示したのは、解体されたキュクロプスの素材の山だった。
「あ、そうだ、忘れてた!ロクテ。」
ロクテの方を振り向くレオン。
それを受けてロクテは任せろと言わんばかりに自分の胸を軽く叩いた。
「おうよ!バロンの旦那!聞けばレオン達はキュクロプスを倒したはいいものの、剥ぎ取った素材を運ぶ足がねえって話だ。一応俺達の馬車にも空いてるスペースがあっただろ?俺達と向かう方向は同じらしいし、ついでにあれも一緒に運んでやらねえか?」
ロクテの言葉にバロンは少しだけ考えこむ。
「ほう、皆さんもノスキアのアーカントに!…そうだな、いや、それよりも…レオンさん、こちらの素材、私に売っていただけませんか?正確な査定は街についてからになりますが、キュクロプスの素材なんてなかなか市場に出回ることがありませんし、今回のお礼も兼ねて色をお付けして買い取りたいのですが…」
バロンの提案を聞いてレオンがアリアとノーラの顔を見ると、彼女達は小さく頷く。
「ああ、そんじゃあ頼む。」
レオンは悩むことなくバロンの提案を受けることにした。
「ありがとうございます。お前達!キュクロプスの素材を馬車に積み込んでくれ!」
レオンの返事を聞くや否や、すぐに護衛や御者達へ指示を出すバロン。
「さて、それではよろしくお願いいたしますね、レオンさん、ノーラさん、アリアさん。」
レオン達の代わりにキュクロプスの素材を街まで運んで買い取るということは、必然的に彼らは商隊と行動を共にすることになる。
キュクロプスに出会うというアクシデントこそあったが、追加の護衛を手に入れ、さらには珍しい魔物の素材を買取る約束を取り付けたバロンは、上機嫌で右手を差し出す。
「ああ、よろしくな。」
レオンは差し出された手を取って、バロンと握手を交わした。




