19.一撃
ノスキア帝国側のアクエカ山脈にある山道を移動する商隊。
その商隊の行く手を塞ぐよう魔物が道の真ん中に立っていた。
「オオオアアァァァァァ!」
四メートルはあろうかという巨大な魔物が大声で吠える。
商隊に参加していた者達は、周辺のの空気がビリビリと震えるのを肌で感じた。
「クソッ!ついてねえ!まさかここにキュクロプスがいるなんて…」
剣を持って魔物と対峙した男がそう言い捨てる。
キュクロプスというのは、サイクロプスが進化した魔物のことだ。
額から映える巨大な角と単眼はサイクロプスと同じだが、その体は一回りも二回りも大きく、サイクロプスとは桁違いのパワーを持っている。
そんなサイクロプスが丸太を片手に、鋭い眼光で商隊にいた者達を睨みつけている。
「バロンの旦那!こいつは俺達が足止めするが長くはもたねえ!荷物を捨てて引き返してくれ!」
男はとある商会に雇われている商隊護衛の隊長だった。
彼はバロンという恰幅のいい商人の男へ、ここから逃げるよう訴える。
「クッ…この積み荷は…ロクテ、どうにかしてコイツを倒すことはできんか…?」
「そいつは無理だ。サイクロプスならまだしも、キュクロプスを倒すとなれば戦力が足りねえ!わかったら急いでくれ、旦那!モタモタしてたら俺達みんなアイツの腹ン中だ!」
この商隊には現在、五人の護衛がついている。
五人の護衛達は皆、元々は冒険者として名を馳せていた者達で、ごく平均的な冒険者であれば苦戦するサイクロプスでも、数体同時に相手どれる程の実力者だった。
だが、護衛の隊長であるバロンは、そんな実力者達をもってしてもキュクロプスを倒すことはできないと判断した。
キュクロプスという魔物はそれ程までに強いのだ。
「いやしかし…わかった。命あっての物種だ。」
バロンは未だ葛藤はあったが、背に腹は代えられぬと積み荷を置いて逃げることに決めた。
「お前達!馬から積み荷を切り離せ!私達は馬に乗って逃げるぞ!」
彼は商隊の積み荷を運ぶ馬車を操っていた御者たちに指示を出した。
そして自らも馬に乗ってからロクテの方を振り返る。
「すまない、ロクテ…ここは頼んだ。」
「おうよ!任せてくれ旦那!…つっても足止めだけだけどな。」
バロンは馬の腹を蹴って走らせる。
途中、ちらりと後ろを振り返ると、キュクロプスが振り回す丸太を、一人の護衛が大盾で受け止めようとして弾き飛ばされたところだった。
「…ッ!」
その光景を見て歯を食いしばりながら前を向くバロン。
彼はそれ以降後ろを振り返ることはなかった。
商隊の御者達と共にしばらく馬を走らせ、キュクロプスからかなり離れた場所へやって来たバロンは、道の反対側からやって来る三人の人影を見つけた。
「おおい、あなた達!この先は危険です!キュクロプスが出ました!今すぐ引き返した方がいい!」
バロンが大声で三人に警告する。
すると三人は慌てたようにバロンへと近づいてきた。
「キュクロプスだって!そいつは本当か!」
ローブを着た男が驚いた様子で聞き返してくる。
「え…ええ。今私の護衛達が足止めをしておりますが…恐らく長くはもたないかと…」
バロンの手綱を握る手に思わず力が入る。
「そうか…」
男はそう言うと、仲間達の顔を見た。
彼の視線の先には、金髪の剣士の女と背が高い黒髪の女がいる。
「キュクロプスっつー話だが…いけるか?」
男は仲間達に問う。
「…ええ…」
「…がんばる。」
金髪の女はさも当たり前かのように頷き、黒髪の方の女は少し迷いながらそう言った。
バロンは三人の会話を聞いていたが、彼らが何を言っているのかは理解できなかった。
「あなた達何を…」
「…よし!なら行くぞ、ノーラ、アリア!あ、あんたはとりあえず安全な場所まで逃げてくれ!それじゃあな!」
男はそう言うと、馬に乗っているバロン達の横をすり抜けて、仲間達と共にキュクロプスがいる方へと走り去っていった。
「あ!ちょっと!」
その後ろ姿をバロンは呆然と見送っていた。
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「ハァ…ハァ…いた!」
ノーラとアリアを連れて山の中を走っていたレオンは、キュクロプスと戦う五人の男達の姿を見つけた。
さっきの商人が言っていた護衛だ。
いざとなったら彼らを助けられるよう、レオンは鞄から呪符を取り出す。
「ウオオオォォォォ!」
キュクロプスが咆哮と共に、重さにして百キロはありそうな丸太を振り回す。
ブオゥという風切り音が、キュクロプスから離れた場所にいるレオン達にも聞こえてきた。
見るからに重たい一撃だ。
あれが当たればひとたまりもないだろう。
男達はキュクロプスの予備動作を見た瞬間に素早く飛び退いていたおかげで、あの丸太を食らった者はいなかった。
しかし、攻撃の余波を受けて一人の男がバランスを崩し、よろけてしまった。
よく見ると、彼は足が片方なくなっている。
キュクロプスによって潰されていたらしい。
「デニス!」
護衛の隊長であるロクテが叫ぶ。
キュクロプスは、デニスと呼ばれた片足の男にターゲットをロックオンしていた。
手に持っている丸太を大きく振りかぶる。
「アアアアァァァァ!」
若干の溜めの後、キュクロプスは丸太をフルスイングした。
「ヤベッ!」
レオンは慌てて呪符に魔力を流し込む。
キュクロプスの丸太からデニスを守るように、分厚く頑丈そうな土の壁が現れた。
丸太が土の壁に激突する。
そのまま丸太の勢いが止まるかと思われたが、そうはならなかった。
「なっ…」
土の壁が一瞬にして粉々に砕け散る。
オークやその上位種の一撃であればびくともしない土の壁も、キュクロプスの剛力の前には無力だった。
そのまま丸太はデニスがいた場所を通り過ぎ、その勢いで風が発生し土埃が舞い上がる。
「あ…」
キュクロプスに襲われる男を助けられなかった。
その事実にレオンの頭が真っ白になる。
だが次の瞬間、魔鋼糸をグルグルに巻き付けられたデニスが土埃の中から現れた。
「…せーふ。」
レオンの土の壁でキュクロプスの丸太は止まらなかったが、わずかに丸太の勢いが弱まり、それによってできた僅かな隙のお陰でアリアはデニスの救出に成功していた。
「…っ!よくやった、アリア!」
その光景を目にしたレオンは、すぐに気を取り直して冷静になる。
丸太を振りぬいたのに手ごたえがないことを不思議に思ったのか、キュクロプスは辺りをキョロキョロと辺りを見回している。
土埃が晴れたところで、地面に転がっているデニスの姿を見つけた。
「ウオオオオォォォォ!」
デニスが無事だったことに腹を立てたキュクロプスは大声で叫ぶ。
ドスドスと地面を揺らしながら走り、デニスの目の前にやって来ると再び丸太を振り回す。
「マズい!デニス!」
それを見ていたロクテがデニスを守ろうと駆け出していたが、きっと間に合わないだろう。
とてつもない速さと質量持った渾身の一撃がデニスに迫る。
「………」
だが、その丸太がデニスに届くことはなかった。
デニスとキュクロプスの間に割り込んだノーラが、丸太を真っ二つに斬ってしまったのだ。
斬り落とされた方の丸太は遠心力で誰もいない場所へと飛んでいき、山道沿いに生えていた気を何本かへし折って地面に落ちた。
「オ…オオオオオォォォォ…」
キュクロプスは小さくなってしまった丸太を後ろに投げ捨てる。
ノーラのことを脅威だと認めたのか、先程まで執着していたデニスには一切目もくれず、目の前にいる彼女をただただ睨みつけていた。
「すまん、嬢ちゃん!助かった!」
ノーラにターゲットが移り、これ幸いとロクテは素早くデニスを担いでこの場を離れる。
その間もキュクロプスはずっとノーラを睨みつけていて、一歩もその場から動かなかった。
キュクロプスの間合いから離れた場所まで走ってきたロクテは、担いでいたデニスを地面に下ろす。
「あ…ぁ…助…かった…?」
死を覚悟していたデニスは、自分がまだ生きているという実感がわかず呆然としていた。
そんな彼にレオンは近づくと、治癒魔法の込められた魔方陣が描かれている呪符に魔力を流し込む。
「…すまん、今の俺にその足は治せねえからこれで勘弁してくれ。」
優しい光がデニスを包み込むと、傷口がふさがって流れていた血が止まった。
「ぁ…あり…がとう…」
彼は唇を震わせながら礼を言う。
「オアアアアァァァァァ!」
すると、キュクロプスの激しい唸り声がこの場に響き渡る。
レオン達が声のした方を見ると、ノーラとキュクロプスの戦闘が始まったところだった。
見るからに重そうなパンチを絶え間なく繰り出してくるキュクロプス。
そのどれもが致命傷になり得る必殺の一撃だ。
ノーラはそれを紙一重で躱しながら反撃のチャンスを窺う。
「オオオォォォォ!」
なかなか攻撃が当たらずに焦れたのか、キュクロプスの動作がだんだんと大きくなっていく。
そしてとうとう大振りの一撃がやってきた。
ノーラはごく小さな動きで迫りくる拳を避けると、キュクロプスの懐に踏み込んで脇腹を切り裂いた。
「アアアアアァァァァァ!」
痛みで叫ぶキュクロプス。
慌ててノーラを手で払いのけようとするが、そこにノーラはおらず、既にキュクロプスの間合いの外へと飛び退いた後だった。
まさか自分が攻撃を受けるとは思っていなかったのだろう。
冷静さを失い怒り狂ったキュクロプスの拳が再びノーラへと襲い掛かる。
彼女を殴り殺さんと、丸太よりも太く見えるその腕を何度も何度も振るった。
しかし、その拳をノーラが受けることは一度たりともなかった。
全力で拳を振るい続けたことによる疲労もあったのかもしれない。
緩慢な動きが増え、隙ができる度にノーラが鮮やかなカウンターを入れ、気づけばキュクロプスの体は傷だらけになっていた。
「…すげえ…俺は夢でも見てるのか…?」
そんなノーラの戦いぶりに見入っていたロクテが思わず感嘆の声を上げる。
一方でレオンは、元勇者の攻撃をあんなに受けても経っていられるあたり、キュクロプスもさすがの耐久力だなと、ロクテとは正反対な感想を抱いていた。
「オオ…オォ…」
十発目のカウンターを食らったキュクロプスは、その衝撃でよろめき何歩か後ずさると膝をついた。
あまりにも大きすぎる隙に、チャンスだと判断したノーラはキュクロプスへと踏み込む。
低い位置まで降りてきたその首を刈り取るため、彼女は跳躍して剣を大きく振りかぶった。
その時、レオンはなぜかキュクロプスが獰猛な牙を剝き出しにして嗤ったように見えた。
ノーラがキュクロプスの首目がけ、全力で剣を振り下ろす。
キュクロプスは首を斬られまいと、盾のように左腕をノーラへと構えた。
「…っ!」
ノーラの剣がキュクロプスの左腕を切り落とす。
だが、首を刎ねるには至らなかった。
腕で防がれたことによって威力を弱めた彼女の一撃は、キュクロプスの首の皮を少し斬るだけに終わる。
ノーラはキュクロプスを仕留めることができぬまま、重力に従って下へと落ちていった。
「オアアアアァァァァァ!」
待ってましたと言わんばかりに、着地際を狙ってキュクロプスがもう片方の腕を彼女へと振るう。
全力で剣を振るった後だったからか、ノーラはその拳を避けることも受け流すこともできなかった。
キュクロプスの一撃をまともにくらったノーラは、そのまま遠くまで殴り飛ばされてしまった。




