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18.国境越え

「うーん…ノスキアまで行く護衛依頼はゼロか…」


 冒険者ギルドにある依頼が張り付けられた掲示板の前で、レオンはため息をつく。


 レオン達がパルケアを旅立ってから約一ヵ月、立ち寄った街の冒険者ギルドで護衛依頼を受けながら南へ進んでいった彼らは、ラスティーユと呼ばれる街に来ていた。


 ラスティーユはバルバード王国最南端にあり、辺境ながらもかなり発展している街だ。

 南側には東西に伸びる山脈ある。

 その山脈はアクエカ山脈と呼ばれ、アクエカ山脈を国境にしてその南側にノスキア帝国が存在していた。


「まあ、国境越えするような商隊なら自前の護衛団くらい持ってるだろうし、わざわざギルドで依頼なんてしないわな。」


 商隊が国境を越えるためには通行税や関税などで多くの費用が掛かるので、規模の小さな商売だとかえって赤字になってしまうことが多い。

 国境を越えて商隊を派遣し、充分な利益を得られるのは一部の大商会くらいだ。

 大商会ともなれば、商隊護衛の人員くらい自前で抱えていることがほとんどで、当たりハズレの差が大きい冒険者に大事な商隊の護衛を任せるのは稀だった。


「ハァ…しゃーない、そのまま向こう(ノスキア帝国)に行くしかないな。」


 ここ最近のダンジョンやオークキング討伐で懐が温かかったレオンは、護衛依頼を受けられないのは残念に思ったが、そこまで気にすることはなかった。


「…ええ…」


 それはノーラも同じらしい。


「アリアは明日ここにくるんだっけか?あいつにはそん時伝えるか。」


 ラスティーユはアリアにゆかりのある地らしく、この街に到着するなり『寄るところがあるから明日の昼ギルドに集合で。』みたいなことを言って、どこかへ行ってしまった。

 なので今この場にいるのはレオンとノーラだけである。


「…そう…」


 特に受ける依頼も見つからず、冒険者ギルドに用事がなくなった二人は建物の外に出た。


  バルバード王国は国民の九割以上がヒューマンと呼ばれる種族で、残りの一割がそれ以外の種族だと言われている。

 バルバード王国で数少ないヒューマン以外の種族の半数以上が、このラスティーユで暮らしていた。


 犬耳幼女に三角耳のエルフにずんぐりむっくりの髭モジャドワーフに、バラエティーに飛んだ見た目の人々が闊歩するという他の街ではなかなか見られない光景を横目に、レオン達は街の中を散策する。


 しばらくして、道路の中央を空けるように人々が左右に別れたので、何事かと思ってレオン達も道の端へ寄る。

 すると、馬の蹄が小気味よいリズムで石畳を蹴り、カラカラと音を鳴らす馬車を引いてやって来るのが見えた。

 黒塗りで高級感のある馬車の側面には、黄色い家紋が入れられていた。


「…!」


 馬車を見つけたレオンは、パルケアを旅立つ時から着始めたローブのフードを慌てて被る。


「…?…レオン…?」


 そんな彼を、ノーラは首を傾げながら不思議そうに見ていた。


 ゆったりとしたスピードで動く馬車は、フードを被ったレオンとノーラとすれ違うと、二人を気にかけることもなく真っすぐ進んで行った。

 馬車が遠くへ行ったのを確認したレオンは、すぐにフードを取る。


「…どうしたの…?」


 いつもと様子の違うレオンに質問するノーラ。


「いや…まあ…な。ハハハ!」


 レオンはバツが悪そうに笑う。


「そ…そうだ!あっちの方にうまいうどん屋があるんだ!ノーラ、そろそろいい時間だし食いに行かねえか?」


「…うどん…?…行く…!」


 強引に飯の話に話題を変えることで、彼はノーラの質問を誤魔化した。




「よし、それじゃあ行くか!」


 そんなことがあった翌々日、レオンとノーラとアリアの三人は、旅支度をしてラスティーユの南にある門の前に集まっていた。


「…やっぱり…もう行くの?」


 この街に来てから一週間も経っていないのだが、早々にノスキアへ出発しようとするレオンとは対照的に、名残惜しそうな様子のアリア。


「まあ…その…な?目的地にはできるだけ早く着いた方がいいだろ?」


 アリアのささやかな抗議に、レオンは一瞬視線を横へ外してそう答えた。


「それに、どうせノスキアからの帰りにまた寄ることになるんだ。そん時にまたこの街を見て回ろうぜ。」


「…なるほど…ならいい。」


 レオンの言葉にアリアは納得したようで、満足そうに頷いた。

 そんな二人の会話を、ノーラは不思議そうな顔をしながら聞いていた。


 そんなやり取りの後、三人は門をくぐって街の外へ出る。

 街の中からだと壁や建物が邪魔で見えなかったが、彼らの正面には横に長く連なっている大きな山々が広がっていた。


「…やっぱりでけえな、アクエカ山脈。」


 その迫力に思わずレオンが呟く。

 アリアの表情にはあまり変化はなかったが、ノーラは雄大な自然が織りなす景色に思わず見入っていた。




 それから三日程歩いて山のふもとへたどり着く。

 山のふもと辺りまでは、ラスティーユの冒険者も魔物の討伐に来ることがあるらしい。

 そんな冒険者によって整備された道を通っていたこともあって、ここまで三人は魔物と遭遇することはなかった。


「さて、この地図によれば…安全なのはこっちか!」


 レオンはラスティーユで購入した地図を見ながらルートを決める。

 無理やり山を突っ切る最短ルートと、回り道にはなるが商隊がよく使う比較的安全なルート、他にも様々なルートがあったのだが、彼はその中から安全なルートを選択していた。


 ただ冒険者がめったに入らないこの山の中は、安全なルートと言えどふもとまでの道とは違って普通に魔物と遭遇する。


「うおっ!ゴブリン…いや、違う!山岳ゴブリンだ!」


 厳しい自然環境を有するアクエカ山脈では、その環境に適応するために独自の進化を遂げた魔物達が生息している。

 山岳ゴブリンもその中の一種だ。

 山岳ゴブリンは通常のゴブリンが進化した魔物で、空気の薄い山岳地帯でも生きられるよう高い心肺機能と強靭な足腰を持っている。


「グギイイイィィィィ!」


 その山岳ゴブリンが五体、レオン達を見つけて襲い掛かってきた。


「…私が、行く…」


 ノーラはいつになくはっきりとした、しかし小さな声で呟くと、背負っていたリュックを捨てて一歩足を前に出す。

 そこから前方へ跳ぶように踏み込むと、一瞬で山岳ゴブリンの前に到達した。


「ゲギャッ!」

「ピギッ!」

「ギャッ!」


 ノーラはいつの間にか鞘から抜いていた剣を一振りすると、一気に三体の山岳ゴブリンを切り伏せる。


「グギャアアァァァァ!」

「ァァァァッ…!」


 仲間がやられて怒った山岳ゴブリン二体がノーラへと駆け出すも、二歩三歩足を動かしたところで、上半身がヌルリと下半身からズレて落ちる。


「…はい。」


 レオンがアリアを見ると、手から魔鋼糸が伸びていた。


 二体の山岳ゴブリンはなぜ自分の体が地面に転がっているのか理解できず、数秒間腕をバタバタと動かした後に絶命した。


「…よ…よくやった!ノーラ、アリア!」


 平地より足元が不安定な山の中でもお構いなしに一瞬で魔物達を倒した二人に、レオンは若干言葉に詰まりながらもその労をねぎらう。


「ダンジョンじゃないから倒した魔物はちゃんと処理しねえとな。えーっと、【浄化】と【燃焼】の呪符は…」


 二枚の呪符を取り出したレオンが魔力を流し込んで魔法を発動させると、倒した五体の山岳ゴブリンが発火して燃え、優しい白い光がこの場を包み込む。

 光が収まり炎が消えると、先程まであった山岳ゴブリンの亡骸や血の跡が消え去り、魔石だけが地面に落ちていた。


 レオン達は落ちていた魔石を回収すると、他に魔物がいないことを確認して先へ進む。




 遭遇した魔物を倒しつつ山道を歩き続け、国境にある関所へとやってきた三人。


 レオンは元勇者(ノーラ)という存在がいることで一波乱あるかもしれないと身構えていたが、関所では簡単な審査と通行税だけで特に何事もなく国境を越えられた。


「こっから先はノスキアか…なんか思ったよりも簡単だったな。」


「…確かに…」


 レオンの言葉にノーラが同意する。


「…そうなの?」


 アリアは首を傾げてよくわかってなさそうな様子だった。


 そんな会話をしながらノスキア帝国側の山を三人が下っていると、遠くから人の声が聞こえてきた。


「――っ!―――!」


 ノスキアからバルバードへの商隊だろうか。

 レオンがそんなことを考えていたら、人以外の声も聞こえてくる。


「オアアァァァァ!」


 魔物の声だ。

 人の声も魔物の声も方向的には同じだったので、商隊が魔物に襲われているのかもしれない。

 それを理解した瞬間、三人が顔を見合わせる。


「これは…助けに行ったほうがいいのか?」


 レオンはノーラとアリアの顔を見る。


「…そうかも。」


「…行こう…」


 三人は声がする方へと駆け出した。

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