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17.旅立ち

 朝、宿に併設された食堂で、レオンとノーラとアリアは同じテーブルと囲っていた。


「っつーわけで、俺達はこれからノスキア帝国に行こうと思う。」


 朝食のパンとスープを食べ終えたレオンは、アリアに向けてそう言い放つ。

 昨夜、『ノスキア帝国へ一緒に来てほしい。』とノーラに言われたレオンは、一晩考えた後に彼女のお願いを聞き入れることにしていた。


「…そう。」


 アリアは眠そうに目をこすりながら小さく返事をする。


「…ノスキアへは…何をしに?」


 何も知らないアリアからすれば、レオンの決定はひどく突拍子もないものだったので、ひとまずノスキアへ行く目的を問いかけることにした。


 レオンはチラリとノーラを見た。

 顔色一つ変えず二人の会話を聞いていた彼女と一瞬だけ目が合う。


 レオンは斜め上へと視線を泳がせながせた後に話を始めた。


「あー…なんだ…聞けばあの国はノーラの故郷だって話だ。ほら…たまには里帰りさせてやろう…みたいな…な?」


 アリアの質問にどう答えたものかと悩んだレオンは、雑ではあるが里帰りと言って誤魔化すことにした。


 ノーラがなぜノスキア帝国に行くと言い出したのか、詳しい理由についてはレオンも聞かされてはいないし、本当ならその理由をはっきりとさせておくべきなのだろう。

 けれども、昨夜自分の過去を語っていた時のノーラの取り乱しようを見ていたレオンは、無理に聞けばまた彼女のトラウマを呼び起こしてしまうかもしれないと、自分から教えてくれるのを待つことにしていた。


「…ふーん?」


 レオンの回答に思うところのありそうなアリアだったが、それ以上深く聞き出そうとはしなかった。


「それで…アリア。お前はどうする?」


「…え?」


 レオンの質問に面食らったような表情を見せるアリア。


「いや…押しかけみたいな形とはいえ、ここまで一緒にやってきたんだ。一応お前の意見も聞いておくべきかと思ってな。」


 かなり強引にレオン達のパーティーに入ったアリアだったが、レオンはなんだかんだ共に戦ってきた仲間として情が湧いていた。

 レオンとノーラの心は決まっているとはいえ、そんなアリアの意見を無視してノスキア帝国へと旅立つわけにはいかなかった。


「…?…レオンが行くなら…行くけど…?」


 さも当然のように答えるアリア。


「え…?あ…おう…そうか。よし!なら三人でノスキアへ行くぞ!」


 迷いなく即答されてあっけに取られてしまったレオンだが、せっかくできたアリアという仲間がパーティーを脱退せずに済んだという嬉しさが勝ったのか、すぐに切り替えてそう言った。




「は?この街から出ていくだって!」


 旅のついでにノスキア帝国方面へ向かう商隊の護衛依頼を受けようと思ったレオン達は、冒険者ギルドにて偶然ハンス達と出くわした。

 レオンがパルケアを離れてノスキア帝国へ行くという旨を彼らに伝えると、ハンスは思わず大きな声を出した。


「ああ。そんなわけで今日は護衛依頼を受けに来たんだ。」


「それは…なんというか急だね。」


 ミハイルはハンスのような大声こそ出さなかったが、驚きを隠せない様子だった。


「まあ向こうに用事ができちまって…な。」


 あまり深く事情を聞かれても困るので、レオンはハンス達に質問されるより先にそう彼らへと伝えた。


「じゃあ…ノーラちゃんも…行っちゃうのね…?」


 悲しそうな声でそう言いながら、クレアはノーラへと干し芋を渡す。


「…」


 手渡された干し芋を食べながら無言で頷くノーラ。

 その姿を見て、まるで餌付けされる小動物みたいだとレオンは思った。


「う…うわあああ!ノーラちゃああああん!」


 クレアは泣きながら、お気に入りのぬいぐるみにでも抱き着くかのようにノーラへ抱き着く。


「…苦しい…クレア…」


「行かないでえええええ!せっかく仲良くなれたのにいいいい!」


 苦しいと言いながらもノーラは干し芋を食べる手を止めない。

 手に持っていた干し芋をノーラが食べきると、クレアは器用にも彼女に抱き着きながら鞄の中をまさぐり、ドライフルーツを取り出してノーラに与えていた。


「…器用だな。」


「クレア…ハァ、まあいいや。…そうか、ステファンさんに続いてお前もか。」


 ハンスはそう言ったっきり黙り込んでしまい、この場で聞こえてくるのはクレアの泣き声ばかりだった。


「お!ハンスお前、俺がいなくなるのが寂しいってか?」


 そんなハンスの姿を見て、レオンはなんとなく彼のことを茶化してやりたい気分になった。


「い…いや!誰が寂しいってんだ!」


 レオンの言葉に顔を赤くして叫ぶハンス。


「アハハハハハ!これは図星をつかれたのかな?」


 そんな二人のやり取りを、ミハイルは面白そうに笑って見ていた。


「おま…クソッ!おい、レオン!今に見てろよ!次会う時はお前らよりもすごい冒険者になってやるからな!…ミハイル、クレア!そろそろ行くぞ。」


 レオンにそう宣言してノーラからクレアを引きはがしにかかるハンス。


「いやああああ!ノーラちゃああああん!」


 だがクレアの抵抗が激しく、彼女はなかなかノーラを離そうとしない。


「フフッ!これは僕らも頑張らないとね!レオンさんにノーラさん…にアリアさん。それじゃあまたね!」


 ミハイルがハンスに協力し、二人がかりでやっとこさクレアをノーラから引きはがすと、二人は駄々をこねる彼女を引きずってギルドの出入り口へと歩いて行く。


「おう!またな!」


 レオンは去って行く三人に手を上げながらそう声をかける。


「…また…」


 小さく手を振りながらそう呟いたのはノーラだ。


「………」


 アリアは無言で会釈をしていた。


 アリアはすぐに頭を上げたが、レオンとノーラは三人の姿が見えなくなるまで手を上げたままだった。


 ハンス達を見送った後、レオン達は小さな村々を回る商隊の護衛依頼を受け、街で旅に必要なものを買いに行った。




 そしてパルケアを旅立つ当日の朝、レオン達は少し早めに宿を出て、護衛依頼の集合場所である南門の前までやって来ていた。


「ふぁ~あ…ん?お、レオンとノーラちゃんと…アリアちゃんか!おはようさん。」


 門の前には欠伸をこぼしながらいつものようにマルコが見張りをしていた。


「おう!」


「…どうも…」


「…おはよう。」


 そんな彼に三者三様の挨拶が帰ってくる。


「お前らとうとう行っちまうのか…寂しくなるな。」


 マルコにはパルケアを旅立つことを事前に伝えていたので、特に驚かれることはなかったが、それでもこの場にはしんみりとした空気が流れていた。


「ああ…」


 レオンは短く返事をする。


「懐かしいなぁ…二年か三年くらい前だっけか?初めて会った頃はまだまだ危なっかしいガキンちょだったのに、いつの間にか一人前の冒険者になりやがって…二人とも知ってるか?コイツ、初めて魔物の討伐に行ったときなんか、ちょっと腕を切っただけで大騒動してたんだぜ?」


「ちょ…そんな昔のことは今思い出さなくてもいいんだよ…!」


「いいじゃねえか!こういう昔話はお約束ってもんなんだよ!」


 二人はレオンがパルケアにやって来た頃からの仲だ。

 それだけ付き合いが長いからなのだろうか。

 楽しかったことや辛かったこと、恥ずかしかったことなど、あれやこれやと思い出話のネタが尽きない。


「…だから、それは…」


「…ハハハ!そうだったな!…」


 二人が思い出話に花を咲かせ、ノーラとアリアがそれを面白そうに、時に退屈そうに聞いていると、レオン達の護衛対象である商隊が門へと近づいてきた。


「…っと、そろそろ時間か。」


 話を切り上げようとするレオン。

 覚悟はすでに決まっていたのだが、いざ長い付き合いがある兄弟のような友人との別れが近づいてくると、もう少しだけこの街にいたかったと名残惜しさが込み上げてきた。


「…そうか…」


 どうやらそれはマルコも同じらしい。


「ノーラちゃん、アリアちゃん。…頼りにならない弟分だけど、レオンのことをよろしく頼むよ。」


 マルコはノーラとアリアの顔を見ると、笑いながらそう言った。


「…わかった…」


「…まかせて。」


 そんなやり取りを間近で聞いていたレオンは、マルコの『頼りにならない』発言に対する抗議の声を上げる。


「いや、ちょっと待て!俺はそんなにたよ…」


「レオン!」


 だが、抗議の言葉はマルコによって遮られてしまった。


「…次会う時は行きつけの店で一杯奢ってやるよ。」


「…!おう!」


 マルコから突き出された拳にレオンが拳を突き合わせると、二人は「またな!」とだけ言ってそれ以上言葉を交わすことはなかった。

 商隊の人たちがいる方へと歩き出すレオン。


「…また…」


「…じゃあね。」


「おう、元気でな!」


 別れの言葉を告げてレオンの後を追うノーラとアリアを、マルコはそんな言葉で送り出す。


 小さく息を吐いて三人の背中を見つめるマルコの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいたが、その口元はホッとした時のように小さく緩んでいた。

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