16.勇者だった
「…私は…ノスキアの勇者だった…」
「…え?ゆう…勇者…?え?」
勇者、それはこの世界で生きる多くの人々にとって憧れの存在だ。
国家が勇者の称号を贈る仕組みは『勇者制度』と呼ばれ、現在ほぼ全ての国で取り入れられている。
勇者の称号を与えられた者は皆、単独で国家を相手どれるような規格外の力を有していた。
勇者制度ができた背景には、そんな人材を囲い込みたいという国家の思惑がある。
自分は勇者だったと突然言い出したノーラにレオンは激しく困惑し、思わず聞き返した。
「私は…ノスキア帝国の勇者、【鎧の騎士】エレオノーラだった…」
鎧の騎士エレオノーラ。
ノスキア帝国一の実力を持つとの呼び声高い勇者であり、その名声はバルバード王国にまで届いていた。
ワイバーンというドラゴンもどきの魔物を数十体も討伐しただの、おとぎ話の中でしか聞かないようなフェンリルという伝説上の魔物を撃退しただの、その功績は勇者出なければとても信じられないようなものばかりだ。
「エレオノーラ…って言やあ、あれか?正体不明のあいつか!」
エレオノーラは常にフルプレートの鎧を着こんでいて、公の場でも兜を外さないためその正体を知る者はほとんどいない。
しかもその正体を知っているごく一部の者も、鎧の中の話になると口を噤んでしまう。
その正体は現役を引退した熟練の老剣士だの、世の女性を虜にしてしまう美青年だの様々な憶測が飛び交って、謎多き勇者としても人気を博していた。
「そう…でもエレオノーラは勇者になった時につけられた偽名で、今のノーラが本当の名前…」
エレオノーラの正体を聞かされ驚いているレオンに、ノーラは淡々と答えた。
「ノーラがエレオノーラ…確かに勇者だって言われればあの強さも納得でき…いや、待てよ?」
規格外ともいえるノーラの力を間近で見ていたレオンは、彼女が勇者であったことに納得しかけていたが、ふとある疑問が浮かんできた。
「エレオノーラなら、つい最近ワイバーンを討伐したって聞いたぞ?それにノーラが勇者だったってんなら、なんで奴隷になんかなったんだ…?」
ノスキア帝国からこのパルケアに来るためには、最短でも一ヶ月はかかる。
もしノーラがエレオノーラならば、時間的に矛盾が生じてしまう。
それに、多くの人々の憧れでもある勇者を奴隷に落とすなど、国の威信を揺るがすような行為だ。
最悪の場合、他の勇者をも敵に回す可能性がある。
ノスキア帝国は本当にそんな愚かな行為に手を染めたのだろうかと、レオンには不思議でたまらなかった。
「それは…別人…」
ノーラは悲しそうな顔になって一瞬だけ目を伏せると、すぐに元の表情に戻ってレオンに視線を合わせる。
「わ…私の…その…少し長くなる…」
そう前置きするが、そのまま次の言葉がなかなか出てこないノーラ。
しびれを切らしたレオンがどうしたのかと聞き返そうとしたところで、彼女は小さな声で話し始めた。
「…私は…生まれつき魔力がなかった…」
全ての生き物は生まれた時から魔力を持っている、というのがこの世界の常識だ。
魔力は魔法の発動だけでなく、生命の維持活動のためにも必要なエネルギーで、魔力が不足すると体力が衰えて病気にかかりやすくなるなどの不具合が生じる。
「魔力がない…魔力欠乏体質ってやつか?」
しかし、ごく稀に魔力を持たずして生まれてくる者がいる。
体内に魔力を保持できないその体質は、魔力欠乏体質と呼ばれていた。
「そう…この体質のせいで私は、人よりも食べる量が多い…」
魔力欠乏体質の者は体内の魔力不足を補うため、特に幼少期に大量の栄養を食べ物から摂取する必要がある。
「…でも…貧しい村で生まれた私の家には…そんな大量の食べ物を用意する余裕なんてなかった…だから私は幼い頃、口減らしのために捨てられた…」
そんなノーラの言葉を聞いて、レオンは顔をしかめる。
よほど裕福な家庭でもなければ、魔力欠乏体質の子どもに充分な量の食べ物を確保するのは難しい。
そのため、魔力欠乏体質の子どもは栄養失調で亡くなったり、口減らしのために捨てられたりして、大人になるまで生きられない子も多かった。
「ただ…幸いなことに元々力だけは強かった私は、襲ってくる魔物を狩ってその肉を食べて生きながらえてきた…それで、独りで各地を転々として、帝都にたどり着いた…」
人は成長して体が大きくなるにつれて、体内に保有できる魔力の量も増えていく。
生まれつき魔力を持たない魔力欠乏体質の人は、魔力量の成長が起こらない代わりに身体能力や知能など、他の能力が異常に発達していくという特徴があった。
そのおかげでまだ幼い頃のノーラでも魔物を狩ることができたのだろう。
「…でも、両親に捨てられて身分が証明できない私は帝都の門を通ることができず、帝都を囲う壁の外で暮らすしかなかった…いつものように魔獣を狩っていたある日、ノスキア帝国の兵士が私の前にやって来て、『保護』と言って私を壁の中まで連れて行った…」
「…ん?保護?どういうことだ?なんで最初に帝都に入れなかったのに、今さら保護なんてされたんだ?」
首を傾げるレオン。
帝都の壁の外というのは帝都に入れなかった者達の溜まり場で、いわばスラムのようなものだ。
スラムに住むのは、何らかの理由で戸籍がないワケありの者が多く、帝国の国民とみなされないような人ばかりだった。
そんなスラムで帝国から保護されて帝都に入るなど、普通はありえない。
ましてやその頃のノーラはただの元村娘だ。
そんな彼女がなぜ保護を受けたのかというレオンの疑問は尤もだった。
「『勇者プロジェクト』の関係者が、たまたま私が魔物を倒すところを見ていたらしい…」
「…ああ…あれか。」
勇者プロジェクトというのは、将来有望な子どもを帝都に集めて未来の勇者を育てるという、ノスキア帝国の国家プロジェクトだ。
このプロジェクトに参加する子供の家族には特別な報奨金が支払われる。
また、たとえ将来勇者になれなくとも帝国騎士や貴族のお抱え騎士として勧誘される可能性が高く、平民でも優秀ならば成り上がるチャンスを貰えるとして民からの支持を得ていた。
「あんまりいい噂は聞かないんだよな…」
しかし、実際はそんなうまい話ばかりではなかった。
勇者プロジェクトに選ばれた平民の子供にはほぼ拒否権がなく、強制連行に近い形でプロジェクトに参加させられる。
さらに、一切の妥協を許さないスパルタ式の訓練をまだ発展途上の子どもたちに強いることから、勇者プロジェクトが始まってしばらくすると、その存在を疑問視する声が出始めた。
「…大体はその噂通り…あそこはすごく…ギスギスしてた…だから帝都でも私は独りだった…それで、勇者プロジェクトに参加して何年か経ったある時、帝国から竜火草を取って来るよう指令を受けた…」
「…は?竜火草って火竜の巣があるとこにしか生えない草じゃねえか!そんなもん取ってこいって、火竜を倒してこいって言ってるようなもんだろ!」
この世界にはドラゴンがいる。
火竜は炎を扱うドラゴンの一種だ。
ドラゴンは人間よりも遥かに上位の存在で、一流の戦士が束になっても太刀打ちできない程に圧倒的な強さを誇っていた。
「ええ…同じ指令を帝国から受けた勇者候補は、皆火竜に敗れて命を落としていった…けれども、帝国からの指令を私達は断れなかった…だから私は帝国に紹介された人達とパーティーを組んで、火竜の討伐に向かった…」
帝国に紹介された人というのは、恐らく勇者候補が逃げ出さないように監視も兼ねていたのだろう。
「それで…なんとか火竜の討伐に成功して、帝国に竜火草を持ち帰った…火竜の討伐に一番貢献した私は、帝国から勇者の称号を授かった…勇者になってからは、火竜討伐の時のパーティーと一緒に国からの依頼を受けてきた…思えばあの時は、初めて仲間というものができたのかもしれない…」
昔を懐かしむように話すノーラ。
最初は監視役としてつけられたパーティーだったが、何度も帝国の依頼で共に活動しているうちに、いつしか彼女にとってかけがえのない仲間となっていた。
「…それなのに…!」
彼女はそう呟くと、急に険しい顔をして拳を握りこんだ。
「…ある日、私は火竜の討伐をするよう帝国から依頼を受けて、いつもの仲間達と一緒に火竜の巣へと向かった…苦戦はしたけど、今回も火竜の討伐には成功した…けど…その後…」
よく見るとノーラの肩が小刻みに震えている。
心なしか、普段よりも声が震えている気がする。
「…私は…後ろから…マクシムに…ハァ…刺されて…それで…アランに…魔法で…燃やされ…ハァ…て…でも…エレナ…回復…ハァ…してくれない…それで…ハァ…ハァ…」
「ノーラ!もういい!大丈夫だ!ここには俺とお前しかいない!だから大丈夫だ!」
だんだんと呼吸が荒くなり、頭を抱えてガタガタと全身を震わせながら身を縮こめるノーラ。
見るからに正気を失い、ついには喋ることすらできなってしまった。
レオンはそんな彼女を安心させるようその背中を優しくさすった。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
それでも落ち着く様子のないノーラを、彼は自分の胸へそっと彼女を引き寄せ抱きしめた。
「大丈夫!大丈夫だから…!」
そんなレオンの行動が功を奏したのか、徐々にノーラの震えが収まってきて、呼吸も安定してきた。
「ハァ……ハァ……レオ…ン…」
声を震わせながらレオンの名を呼ぶノーラ。
その声を聞いて、レオンはホッと胸をなで下ろした。
「…あり……がとう…」
「ノーラ、お前の事情はなんとなく分かった。」
しばらく経ってノーラが落ち着いたところで、レオンが彼女に声を掛けた。
ノーラが仲間に裏切られて、後ろから攻撃を受けたとこまでは聞いていた。
その後は恐らく、その場から逃げた彼女が力尽きて気を失ったところを、何者かに拾われて奴隷になったのだろうとレオンは推測した。
「俺にはノーラが本当に勇者なのかどうかはわからん。」
「………」
レオンの言葉を聞いたノーラの顔が曇る。
「けどノーラ、お前が嘘を言ってるとも思えねえ。…それに、お前は俺の仲間だ。だから、おまえの言うことを信じてみようと思う。」
レオンがそう言うと、ノーラは呆けたように驚いた顔でレオンを見た。
「…本当に…?」
「ああ。」
レオンがノーラの言葉に力強く頷くと、彼女は安堵したような涙目で口元を緩めていた。
それを見ていたレオンは、何も言わずにそっと彼女の頭をなでた。
少しの間レオンがそうしていたら、不意にノーラが意を決したような表情でレオンの顔を見た。
レオンは思わず彼女をなでていた手を引っ込める。
「それで…一つだけ頼みがある…」
「頼み…?」
そう聞き返すレオンに、ノーラは一旦深く息を吐いた後、小さく息を吸ってから答えた。
「…ノスキア帝国まで一緒に来てほしい…!」




