記憶の時計塔
この場面だけで、一旦終わります。
ゴーン ゴーン チキチキチキチキ キキキキキキ ギシッ
差し出された彼女の手を取って、瞬きした、まさに、その刹那、与えられた居室のソファーの前から、見知らぬ大聖堂の中、降り仰いだ先の帷に遮られた天井の薔薇窓から黄金の光が降り注ぐ中、中央祭壇の前に、彼女と共に立っていた。 聖堂の見通せない高さの天井の彼方から、何かの仕掛けが重々しく動く音と気配がする。
「ここは……?」 彼は、目を見張って聞いた。 「ここは私の心です。お父様、我らが師、セリエンヌ師匠が作った記憶の聖堂を受け継いだものです。」 彼女は、誇らしげに答えた。 「記憶の聖堂……?」 彼は、驚嘆した。 「そう。師匠が私の心に埋め込んだ魔法陣を使って、師匠の心にあった聖堂を私の心に写しました。この中には師匠や私が見たり聞いたり感じたりした全てが保存されています。」 彼女は、説明した。 「それはすごいですね。でもどうして……?」 彼は、疑問を口にした。 「どうしてこの中に来たかって?それはあなたを試すためですよ。あなたは私の後見人候補ですからね。私がどんな人間か知っておく必要がありますよね。」 彼女は、意味ありげに言った。 「試す……?」 彼は、戸惑った。 「そう。この中では時間が早く流れますからね。外では瞬きする間くらいしか経っていませんよ。でもこの中ではもう何分も経っています。この中であなたがどれだけ私に興味を持ってくれるか、どれだけ私についていけるか、どれだけ私に近づけるか、それを見極めたいのです。」 彼女は、笑って言った。 「それはちょっと不公平じゃないですか?私は何も知らないのに。」 彼は、苦笑した。 「不公平なのは当然ですよ。私は師匠の遺産を守るために、厳しい条件を設けていますからね。あなたが本当に私の後見人にふさわしいかどうか、それを確かめるのです。」 彼女は、真剣に言った。 「そうですか……それならば、私も負けませんよ。私はあなたの後見人になりたいですから。」 彼は、決意を込めて言った。 「それは嬉しいです。では、さっそく始めましょうか。まずはこの聖堂の一部を見て回りましょう。ここにあるものは全て私や師匠が関わったものですから、興味深いものが沢山ありますよ。」 彼女は、彼の手を引いて歩き出した。 「それは楽しみですね。でも、その前に一つ聞きたいことがあります。」 彼は、彼女を止めて言った。 「何でしょう?」 彼女は、興味津々に聞いた。 「あの時計の音は何ですか?あれがこの中の時間を刻んでいるんですか?」 彼は、指さして聞いた。 「ああ、それは私が作った時計塔です。この中の時間を測る機械ですね。外と比べて10万倍の速さで動いていますから、あれが1分を刻む前に何かしらの準備を終えれば良いのです。」 彼女は、誇らしげに言った。 「10万倍……?それはとんでもないですね。でも、それではこの中で長く過ごすと外とのズレが大きくなりませんか?」 彼は、驚嘆した。 「そうなんですよ。だからこの中に入るときは気を付けないといけません。師匠もそう言ってましたよ。『この中で過ごす時間は外で過ごす時間よりも大切だ。だから無駄に使ってはならない。この中で得たものを外で活かすことができる者だけが真の魔術師だ』とね。」 彼女は、敬愛する様子で言った。 「それは素晴らしい言葉ですね。師匠は本当に偉大な人だったんですね。」 彼は、感心して言った。 「ええ。師匠は私にとっても父でもあり師でもあり友でもありました。私は師匠に恩返しするためにもこの時計塔の秘密を解き明かしたいのです。それが私の目標です。」 彼女は、決意を込めて言った。 「それは素晴らしい目標ですね。でも、それは一人でやることではないと思いますよ。私も手伝えることがあれば手伝いたいです。」
「それは、すごい発明ですね。転写の魔法陣を人体に付与するなんて、聞いたこともありません。」 彼は、驚嘆と尊敬の色を浮かべながら、彼女の話に耳を傾けた。 彼女は、微笑みながら、彼の手を引いて、部屋から出た。 「では、次にお見せするのは、記憶の聖堂の一部です。ここにある本や絵画や彫刻は、私や師匠が見たり読んだりしたものを保存したものです。この中に入ると、それらを思い出したり再現したりすることができます。」 彼女は、壁に沿って並んだ扉の一つを開けて、彼を中に誘った。 「これは、師匠が大好きだった本です。『魔法学院物語』というタイトルですが、実は魔法学院に通っていた頃の師匠自身の体験談なんですよ。」 彼女は、本棚から一冊の本を取り出して、彼に手渡した。 「この本を読むと、師匠がどんな人だったか分かりますよ。冒険や恋愛や友情やライバルや敵や秘密や陰謀や危機や奇跡や……色々なことが書かれています。師匠は、本当に素晴らしい人でした。私にとっても、父でもあり、師でもあり、友でもありました。」 彼女は、しみじみと言った。 「私も読んでみたいです。」 彼は、本を受け取って、表紙を見た。 「でも、これだけでは時間が足りませんよね。この中では時間が早く流れると言っていましたが……」 彼は、時計塔の音を思い出して言った。 「大丈夫ですよ。この本にも転写の魔法陣が付与されていますから。これを読むときは、この指輪をつけてください。」 彼女は、自分の指から一つの指輪を外して、彼に渡した。 「これは何ですか?」 彼は、指輪を見て聞いた。 「これは、記憶の聖堂と同期する指輪です。これをつけると、この本に書かれた内容が頭に入ってきます。読む必要はありません。ただ感じるだけで良いのです。」 彼女は、説明した。 「それは便利ですね。でも、それでは本当に読んだことになるのでしょうか?」 彼は、疑問を口にした。 「もちろんですよ。感じることも読むことの一種ですから。それに、この本は、師匠の記憶そのものです。師匠の感情や思考や感覚や記憶がそのまま伝わってきます。それは、ただ文字を追うよりも、ずっと深い理解につながりますよ。」 彼女は、確信を持って言った。 「なるほど……では、試してみます。」 彼は、指輪をつけて、本を開いた。 すると、彼の頭の中に、師匠の声が響いた。
「私は、魔法学院に入学した時、まだ15歳だった。魔法の才能はあったが、経験や知識は乏しかった。だから、学院での生活は、驚きや発見や挑戦に満ちていた。私は、多くのことを学び、多くの人と出会い、多くのことを経験した。そして、私は、自分自身を見つけた。」
彼は、本を閉じて、彼女を見た。 彼女は、優しく微笑んでいた。 「どうでしたか?」 彼女は、尋ねた。 「すごかったです。師匠の記憶が生き生きと伝わってきました。師匠がどんな人だったか分かりました。」 彼は、感動して言った。 「良かったです。では、次に行きましょうか。まだまだ見せたいものがありますから。」 彼女は、彼の手を引いて、部屋から出た。 「これからどこに行くんですか?」 彼は、聞いた。 「それは……秘密です。」 彼女は、意味ありげに言って、笑った。
彼女が彼を連れて行ったのは、聖堂の奥にある大きな扉の向こうの部屋だった。
「ここは、師匠が最も大切にしていた場所です。記憶の聖堂の中心、記憶の時計塔です。」 彼女は、扉を開けて、彼に言った。
「記憶の時計塔?」 彼は、疑問を口にした。 「ええ。ここには、師匠が生涯で得た全ての知識と魔法と発明と秘密が収められています。この時計塔は、師匠が自ら作り上げたもので、時間と空間と記憶と魔力を統合する複雑な仕組みになっています。」 彼女は、誇らしげに言った。 「すごい……」 彼は、目を見張った。 部屋の中央には、巨大な時計塔がそびえ立っていた。時計塔は、金属と結晶と魔法陣で構成されており、無数の歯車や針や球体や管や線が入り組んでいた。時計塔からは、時折、光や音や振動が発せられていた。 「この時計塔は、外の時間と同期していますが、内部では自由に時間を操作できます。例えば、過去や未来や平行世界にアクセスしたり、時間を加速したり減速したり停止したりすることができます。それによって、師匠は、無限に近い時間を使って、研究や実験や創造を行っていました。」 彼女は、説明した。 「それは、信じられないです。でも、どうやってそんなことができるんですか?」 彼は、不思議そうに聞いた。 「それは……私にも分かりません。師匠は、この時計塔の秘密を私にも教えてくれませんでした。私は、ただこの時計塔を使う方法だけを教わりました。師匠は言っていましたよ。『この時計塔は私の遺産だが、それを受け継ぐ者は自分で解き明かさなければならない。それが私の最後の試練だ』と。」 彼女は、憶えて言った。 「最後の試練……」 彼は、感嘆した。 「そうです。師匠は私にこの時計塔を託しましたが、それと同時に私に挑戦しました。この時計塔の秘密を解き明かすことができれば、私は師匠の真の後継者と認められるということです。それが私の目標です。」 彼女は、決意を込めて言った。 「それは素晴らしい目標ですね。でも、それは一人でやることではないと思いますよ。私も手伝えることがあれば手伝いたいです。」 彼は、彼女に申し出た。 「本当ですか?ありがとうございます。でも、それは危険なことですよ。この時計塔に触れることは許されませんし、この中に入ることも危険です。師匠は言っていましたよ。『この時計塔は私の心の中にあるものだ。だから、他人が入ることはできない。入ろうとすれば、時計塔は侵入者を排除するだろう』と。」 彼女は、警告した。 「それでも構いません。私は、あなたを助けたいです。それに、私はあなたの後見人候補ですから、あなたの心に入ることはできると思いますよ。」 彼は、笑って言った。 「そうですね。私もあなたを信頼していますから、一緒に挑戦しましょうか。でも、その前に、もう一つお見せしたいものがあります。」 彼女は、彼の手を引いて、時計塔の横にある小さな扉に向かった。 「これは何ですか?」 彼は、聞いた。 「これは……私の部屋です。」 彼女は、恥ずかしそうに言って、扉を開けた。
続きます……
彼女の部屋は、小さくて可愛らしいものだった。壁には、彼女が描いた絵や写真やポスターが飾られており、床には、ぬいぐるみや本や雑貨が散らばっていた。ベッドの上には、彼女が着替えた後の服がきちんと畳まれて置かれていた。 「ここは……私の秘密基地です。師匠にも見せたことがありません。あなたが初めてですよ。」 彼女は、照れくさそうに言って、彼を中に招き入れた。 「ありがとうございます。でも、どうして私に見せてくれるんですか?」 彼は、感謝しながらも、不思議に思って聞いた。 「それは……あなたを信頼することにしましたから。それに、あなたにもっと私のことを知って欲しいからです。」 彼女は、素直に言った。 「私もあなたのことを知りたいです。」 彼は、優しく言った。 「では、どうぞご自由に見てください。私の部屋にあるものは、私の人生の一部ですから。」 彼女は、笑って言った。 彼は、彼女の部屋を見回した。彼女の趣味や好みや性格や夢や思い出が色々な形で表現されていた。彼は、それらに興味を持って、触ったり読んだり聞いたりした。 「これは何ですか?」 彼は、机の上に置かれた小さな箱を指さして聞いた。 「これは……私の宝物です。」 彼女は、少し悲しそうに言って、箱を開けた。 箱の中には、一枚の写真と一本のペンダントと一つの指輪が入っていた。 「この写真は……師匠と私と母親です。私が生まれる前に撮ったものです。母親は私を産んだ後に亡くなりました。師匠は母親の弟子でしたが、恋人でもありました。でも、結婚することはできませんでした。」 彼女は、写真を見つめながら言った。 「それは……残念ですね。」 彼は、同情して言った。 「このペンダントは……母親から師匠への贈り物です。母親が亡くなる前に作ったものです。中には母親の髪の毛と師匠の髪の毛と私の髪の毛が入っています。三人分の魔力が混ざっています。」 彼女は、ペンダントを取り出して見せた。 「それは……素敵ですね。」 彼は、感心して言った。 「この指輪は……師匠から私への贈り物です。師匠が亡くなる前に作ったものです。中には師匠の記憶と魔力と遺言が入っています。この指輪をつけると、師匠の声が聞こえます。」 彼女は、指輪を取り出して見せた。 「それは……すごいですね。」 彼は、驚嘆して言った。 「この箱に入っているものは、私にとって最も大切なものです。私は、これらを失うことができません。だから、この部屋に隠しています。」 彼女は、真剣に言った。 「私は、あなたにそれらを見せてくれて感謝します。私は、あなたの大切なものを尊重します。」 彼は、誠実に言った。 「ありがとうございます。あなたは、優しい人ですね。」 彼女は、笑顔になった。 「では、次に行きましょうか。記憶の時計塔の秘密を解き明かすことができるかどうか、試してみましょうか。」 彼女は、彼の手を引いて、部屋から出た。 「それは楽しみですね。でも、その前に、私にも一つお見せしたいものがあります。」 彼は、彼女を止めて言った。 「それは何ですか?」 彼女は、興味津々に聞いた。 「それは……私の心です。」 彼は、彼女にキスをした。