第七章 4
あれからさらに数百年が過ぎた。その間も、少女は独り祈り続けていた。
独りきりなので、男がどうなったのか、その結末を知ることもできない。けれど、少女は信じていた。きっと、あの人ならば辿り着いたと。だから、今は辿り着いた先で幸せな命を味わって欲しいと祈っていた。誰かのことよりも、自分の幸せを感じて欲しいと願っていた。
例え、自分がもう二度と男に会えなくても・・・・
例え、孤独に震えて泣き続けることになっても、それでいいと思っていた。
「・・・もう、泣きながらご飯作るのが癖になっているわね」
長い時間をかけて、ようやく幻想から脱することができた。それでも、少女は幻想生活を止めていなかった。過ごした日々が染みついてしまっていた。
「最近春になってきたらしいけど、今日はあの人が好きなシチューにしましょう」
食べ物に残る思い出。それを思い出すため、少女は涙を流しながら料理を作り続ける。それだけが、独りの寂しさを紛らわせる・・・・男との残された繋がりだったからだ。
「・・・あら? 随分久しぶりね」
調理中だというのに、入口を開けられて誰かが入ってくる。きっとあの男だと思った。それ以外来る存在など少女にはいなかった。もしかしたら、あの人の結末を告げに来たのかもしれない。自然と少女の身体に緊張が走る。胸が動悸を起こして苦しくなる。
――――もしも最悪の結末が告げられたら
「その・・・どうだったの?」
入ってきた存在に向かって恐る恐る話しかける。そこにいたのは想像していた男ではなかった。
「・・・・・・」
突然の来訪者に少女が黙り込み、驚きに目を大きく広げる。
長く伸びた髪を後ろにまとめ、顔に傷を残した若い男が、涙を流しているそんな少女を見てくる。
「・・・・・」
「・・・・・」
互いに黙り合う。何を言えばいいのか分からなかった。
「その・・・・どちらさまですか?」
涙を拭って質問する。目の前にいる男が誰なのか分からなかった。
「あ・・・ごめんなさい・・・・その、ずっと止まらないの・・・・」
拭ったものがすぐに溢れ出す。頬を伝い、床へと落ちていく。
それを見て、聞いた男が少女を抱きしめる。泣き止むようにと、少女の背中を撫でていく。そして、耳元である言葉を囁く。
「――――」
「っ?!」
その言葉に少女の涙が大きく溢れ出す。これまでの小さな涙ではなく、大粒の涙をこぼしていく。
「あ・・・あうっ・・・・うぁああ・・・っ!」
言葉にならない声が上がる。そんな少女に、男は言葉を続けてくる。
「・・・愛している」
それはかつて伝えられなかった言葉だった。
言葉を伝えると、男は少女をまっすぐに見つめる。ずっと泣き続けていた少女に、もう一度耳元で囁いた言葉を言う。
「アンギル」
それは少女の名だった。愛する男からもらった、ただ一人に呼ばれるだけの名前だった。
「・・・はっ、あ・・ううっ・・・・ぐすっ!」
少女は幻覚を見ているのだと思った。だから、これはまた上が作った新たな道具なのだと思った。それを察したかのように、男が少女へといつもしていたことをする。
その行為は、言葉を重ねるよりも簡単なことだ。簡単でありながら、言葉よりも遥かに雄弁に語るのであった。
「う、んっ?!」
永い間貰えなかった感触。唇と唇が触れあう、懐かしい温もり。
忘れることのなかったそれが、少女に現実を教えてくれる。
今、自分は・・・・あの人と触れあっているのだと。あの人からの温もりを感じているのだと。
「・・・ごめんな。かなり待たせて・・・・ずっと独りにさせて、悪かった」
顔に傷こそ負っているが、それは懐かしい男の表情だった。
「~~~~っ!」
何度も思いだして、繰り返していた声が。
何度も思いだして、繰り返して見た男の顔が。
今、時空を超えて少女の目の前にあった。
抱きしめられる腕の暖かさが
撫でられる手の温もりが
なによりも流れ込んでくる男からの愛情が
少女に変わることのない現実を教えていた。




