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第七章 3

 ぽたぽたと下へと落ちていく涙が、どこかへと消えていく。物質的なものではなく、精神的なものであるそれは、少女から離れた瞬間溶けて消えていく。

 もう何百年以上も少女はそうしていた。

 気の遠くなるほどの時間、その身は孤独に震え、その心は絶望で傷だらけとなっても、それでも男の事だけは忘れずに想い続けた。一日として欠かすことなく、これからも男へと祈りを捧げ続けていく。

「・・・まだ祈るのか?」

 不意に声をかけられる。金髪赤目の男だった。

 声をかけられても少女はそちらを見ない。そんな暇があるのなら祈り続けていた。

「もういいだろ? いい加減忘れたらどうだ?」

「・・・いやよ」

 流石に、忘れろという言葉には反応してしまう。涙を流し続けながら男へと視線を向ける。その姿は痛々しいほどであった。

 今にも崩れ落ちて、消え去ってしまいそうだった。それでも、少女が立てるのは男との思い出があったから。男がくれた指輪が、翼が・・・・少女に力をくれていた。

「そうやっていても何も変わらない。心を壊していくだけだ。それを彼が望んでいると思うのか?」

「・・・あの人は望まないでしょうね」

「だったらそんなものは忘れてしまえばいい。私の力なら、君の記憶を消すことも―――」

「あの人がくれたココロを捨てるくらいなら、消滅するほうがましよ。悲しくてもいいの、どれほど苦しくてもいいの、あの人を感じて想えるのなら、どんな感情でもいいの。だから、あの人がくれたこのココロまで・・・・奪わないで」

 迷いなく言い切られる。涙を流して、苦しくて仕方がないはずなのに、辛くて狂いそうなのに、それでもそれを選び続ける。

「けれど、心配してくれて・・・・ありがとう」

 少女が泣きながら笑う。触れたら壊れてしまいそうな笑顔であったが、愛する男のことを話せる相手がいて、嬉しくて笑う。まだ、あの人の魂が消滅していないことを、話し相手の男が証明してくれているからだ。

「・・・・君は変わったな」

「そう? それなら貴方だってそうよ? わたしが地上に降りる手助けをしてくれたり、今だって・・・・わたしのことを心配してくれたでしょ? 貴方のおかげで、あの人の魂がまだ頑張っているのが分かったわ。きっと、あの人ならどこかにたどり着けるわよね?」

「・・・ここまで耐えた前例がない。だから上も慌てている。もしかしたら彼は・・・・至高天にまで上り詰めるかもしれないと」

「至高天っ?! すごいっ! すごいわっ! そうなったら、あの人は永遠の愛の中で過ごせるのよねっ?! もう、苦しまなくてもいいのねっ! 良かった・・・・本当に・・・・・良かった・・・・・」

 流れる涙の色が変わる。冷たい色ではなく、温かみを帯びた色へと変わっていく。

「まだ喜ぶのは早い。可能性の話しだ。それに、そうなったとしてももう君とは会えない。それでもいいのか?」

「あの人の幸せがわたしの幸せ。あの人が救われるのなら、わたしはそれで構わない。もう二度と会えなくても、あの人が永遠の愛を掴めるのなら、それ以上の喜びはないわ」

 射し込まれた希望に、少女の顔が明るくなる。

 それを見られて、男は無茶をしただけの甲斐があったと思った。

 少女との面会はもう禁じられていた。男の魂が想像以上に試練を耐え、踏破していく様に慌てた上が禁止した。当初であれば、いつ魂が消滅するかという絶望感を味わわせることができたが、ここまでくれば万が一も有り得た。そんな筈がないと思いながらも、このことが耳に入れば、少女が悲しみ苦しむことがなくなる可能性があった。

 そこを男はついた。巧みに話をしかけ、ここで持ち上げて落とせばより良い感情になるといった。これまで人間が試練を超えたことなどなかったから万が一などない、何も心配せずに伝え、結末で感情を取るだけ搾り取ればいいと。そうして、何の情報も知らない少女に、希望を伝えた。

「・・・とはいえ、人間が超えられたことがない以上、ただの糠喜びになると思いますが・・・・・」

 だから最後には落としておかないといけなかった。もしも何の成果もなければ自分は罰せられるからだ。けれど、それでもいいかと思えた。

「・・・多分、あの人ならだいじょうぶよ。だって、今までわたしがダメだと思ったことを全部受け入れてくれて、全部否定してくれたんだもの・・・・だから、だいじょうぶ」

 少女が蘇ったかのように明るい表情で、生き生きとしているからだ。大砂漠どころか、大海原に落ちた針を拾うような可能性でさえ、少女は諦めていなかった。

 男も、永すぎた負の感情に辟易していた。だから、明るい感情を見たかったのかもしれない。闇夜に静かに佇み、優しく光を降り注ぐ・・・・そんな月のような感情を見たかったのかもしれなかった。

「・・・まだまだ先は長い。それでもそれに縋るのかい?」

「ええ、縋れるだけありがたいわ。教えてくれてありがとう。貴方の事・・・・少しだけ好きになったわ」

「・・・・くだらない。それでは、そろそろ失礼する。今後は合うこともないと思うが、せいぜい頑張ることだ」

 少女の言葉に動揺してしまうが、どうにかそれを隠して逃げるように去っていく。

 男が去れば、少女はまた祈りを捧げる。変わらず涙を流しているが、その口元は優しく形を変えていた。

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