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第七章 2

 ―――・・・・・朝の準備で早く起きてるだけ。だから、早くコーヒーを用意しなきゃ・・・・あの人の好きなブラックで入れるから、きっと喜んで飲んでくれるわ。


 もちろん、用意しても飲まれることはない。空しく独りで温めたミルクを飲む。二人で飲んでいた時はほんのりと甘くて、あれほど暖かかったというのに、今は涙の味しかしなかった。温もりなど・・・・存在していなかった。


 ―――違う・・・きっと早く行ってしまったの。急なことで早く行くことだってあるわ。だって、あの人が昨日着ていた服が置かれているもの。お風呂で使ったタオルだって・・・・


 着用された服に、使用されたタオルとその他の洗濯物を洗濯機にかけていく。洗いおわれば、それをいつものように干していく。とても気持ちよく晴れた青空は、眩しいまでに明るかった。よく乾く、洗濯日和の日光だった。


 ―――光が弱いわね・・・ちゃんと乾くかしら?


 いつものように、少女は好きになった歌を歌いながら干していく。『わたし』と、繰り返し寄り添うように使われるフレーズが、今の少女には滑稽だった。寄り添う対象がいないというのに、どこに『わたし』がいるというのであろうか? 


 ―――どうしてわたし・・・・泣いているのかしら? あの人との生活を過ごしているのに・・・・・どうして?


 他に掃除などやることを終えると、いつものように漫画を読み進めていく。男と話をするための材料として、そして・・・・最近どこかそんなものを好きになってきている。物語のもつ、ご都合主義というものがあっても良いのではないかと思ってきている。現実にはそんなものがないからこそ、せめて物語の中でくらいはあってもいいのではないかと。


 ―――『Blessing~懐かしい未来のその先へ~』。この作品が一番好きだわ。最後に救われるところが大好き。でも、どうして結末を知っているのかしら? まるで、何度も読んでいたかのように感じるけど・・・・・そんなはずないわ。だって、あの人との生活をまだ一ヶ月も過ごしていないもの。


 『Blessing~カミアガリ~』からの続編である本編。その内容は、生きた人間である男が狭間の世界に迷い込み、主とくろみに引っ付いてその世界を見ていくというものだった。

 主人公はいつしかくろみに惹かれ、彼女の抱える苦しみや悲しみを知る。そして、それをどうにかしたくて強くなることを決意した。

 主になることでしか彼女を救えないと知った時、迷うことなく主人公はそれを目指した。そして、見事試練をのり越え、三代目の主となってくろみの心を救う。

 受け入れられることがなかった初代主の魂。それを宿した子供をくろみが産み、二人の子として、かつての主は生まれ変わった。くろみからの惜しみない愛情を注がれ、前世では得られなかったものを・・・・今度こそ幸せな命を送るのであった。


 ―――作り物の話しで泣くことになるなんて思わなかったわ。こうやって救われる・・・・・魂があってもいいわよね?


 それは誰に対する魂か。


 ―――そろそろ夕ご飯を作らないといけないから、お買いものに行かないと・・・・


 涙を拭いて、少女が買い物用のカバンを持って部屋を出る。そして、逃げることができない現実を思い知らされ、泣き崩れる。出た先は自分が住む地獄だったからだ。

「あ・・・ぐぅ・・・・ぐすっ・・・・ひっく・・・・・」

 男はもういなくて、その魂ももう消滅しているのかもしれなくて、救いなどはなく・・・・それを部屋から出るたびに突きつけられ、心を傷つけられ、絶望に金色の瞳から涙が押し出される。


 ―――どうして、わたしはずっとこんなことに翻弄されるのっ?! もう・・・あの人は!


「・・・いやっ、そんなの認めたくないっ! あの人だったら・・・・あの人だったら・・・・・!」

 だから少女は諦めずに祈る。理屈の上では分かっていても、感情として認めたくなかったから、今日もまた祈りを繰り返すため、祈祷所へと向かう。

 膝をつき、胸の前で手を組み、瞳を閉じて祈り続ける。男の存在を呼び続ける。


 ―――アナタ・・・


 今も暗闇の中で、独り耐え続けているだろう男の魂へと届くように。

 男を想うたびに涙が一粒落ちていく。


 ―――アナタ、アナタアナタアナタ・・・・・・・・・・・・


 男へと囁くように、胸の中小さな声で祈り続ける。

 『アナタ』と呼ぶほどに、涙が流れ落ちていく。祈祷所の光を受け、輝きながら落ちていく涙は、流れ星の様であった。

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