第六章 19
「・・・・っ!」
「コレのどこにそこまで入れ込んだ? それと、その中にある汚らわしいものも捨ててもらう。我々には必要のないものだ」
「あ・・・っ」
身体の中から男の命が抜けていくのが分かった。管理者の力によって、温もりが抜かれていく。中から男の存在が・・・・薄れていく。
「やめてくださいっ! どうか・・・・どうか、無くなるまではわたしの中にいさせてくださいっ! お願いします!」
「ならん。汚れたものを宿すのは自然ではない」
抵抗しようとする少女から、その繋がりを無理やり引きちぎる。
「あぐっ!?」
それは少女の心も傷つけた。心を裂かれる苦痛に、顔を歪めながらも少女は手を伸ばす。痛みよりも、震える腕で引き裂かれた欠片を掴もうと必死だった。
「・・・アナ・・タ・・・・・」
手で包み込もうとした瞬間、目の前でそれが砕けちる。管理者が情け容赦なく、消滅させる。
「あ・・・ああっ・・・・」
呆けたように消えゆく欠片を見てしまう。これまで平静を装う支えだった温もりが、目の前で一瞬にして消えてしまう。その瞬間、圧倒的なまでの孤独が少女を襲う。男によって引き上げられていた所から、これまで過ごしてきた奈落へと突き落とされる。
覚悟を決める間もなく、一方的に引き裂かれた悲しみに、涙が流れて行く。
「・・・かえして、あの人の温もりを・・・・かえしてよぉっ! まだまだ一緒に居られたのに・・・・っ! まだ、寄り添ってくれていたのに・・・・・・どうしてっ?!」
「何を泣いている? 消えるものに想いを重ねたところで無駄だ。そんなもので、汚れることを選ぶ方がどうかしている」
顔色も変えず、何の感情もない声が、追い打ちをかけて少女の心をさらに傷つける。それを見かねてか、魂が管理者の手から強引に・・・・傷ついてまでも抜け出す。少女を慰めるために。
「おねがい・・・もう傷つかないでっ! 傷を増やしてまで、わたしを慰めなくてもいいの・・・・っ! 少しは自分を大切にして・・・ね?」
傷だらけの魂を抱きしめる。できたばかりの傷ならば少しは癒せると思って、泣きながら手当をする。
それを観察しながら、管理者が思ったことを口にする。
「・・・対象物はお前と強く交わり過ぎて、魂に変質が起きてしまったようだな」
近づき、手当をしている少女から魂を取り上げる。
「やめてっ! まだ手当は終わっていないわっ! かえして・・・返してっ!」
管理者の手から奪い返そうと、懸命にその手を開こうとする。けれど、格の違い故に少女が管理者に勝てるわけがなかった。それでも、少女は止めない。諦めず、魂を癒そうと管理者に抗う。これまで、決して反抗することなく過ごしてきた少女からは、想像もできない姿だった。
「そこまで必死になるとは・・・・どうやら、コレにたぶらかされたようだな」
鬱陶しい少女を突き飛ばす。移動するのに纏わりつかれると邪魔だった。
「今後、お前は地上に降りる必要はない。また人間の雄にたぶらかされると面倒だ」
「あの人のことをそんな風に言わないでっ! あの人は貴方たちなんかよりも、ずっと優れていたわっ! 貴方なんかより、ずっと高い存在だったんだからっ!!」
起き上がり、また邪魔をしにくることが分かっていたので、周囲の存在に取り押さえるようにと、動作で指示を出す。
「離して! まだ手当が終わっていないの!」
「どうやら、コレの罪は重いな」
その言葉に耳を疑った。誰が何の罪を犯したというのか? 自分ではなく、なぜ愛する男に罪があるのか理解できなかった。
「何の罪なのっ?! あの人は何も外れたことはしていないわっ! 過ちを知って、誰よりも正しくあろうとし続けていたあの人に、一体何の罪があると言うのよっ?!」
「そもそも、人間というだけで罪だ。その存在が、我々と人間を同じと言ったことは万死に値する。それだけで消滅させるのには十分な理由だが・・・・・」
消滅、この言葉に少女の顔が青ざめる。そんなことをすれば、男はもう二度と・・・・・
「・・・やめてっ! そんなことしないでっ! それならわたしがされるからっ! だから、あの人の魂だけは見逃してください! どうか、あの人に・・・・幸せな命を送らせてくださいっ!!」
「お前がそこまで言うのなら、別の方法を取ろう。本当にコレが我々よりも優れていると言うのなら、見事『試練』を果たして高次元へと行くであろう。そうすれば、お前が言う幸せな命とやらも過ごせるだろう」
試練。それはいまだかつて、人間の誰もが果たせず消滅していった場所のことだった。人間である限り、絶対に乗り越えられないモノだった。つまり、結末は消滅を意味していた。この場での消滅と違うことと言えば、最悪の苦痛を味わい、絶望を超えた絶望の果てに自己が少しずつ壊れていき、永遠に全ての世界から抹消されることだった。これまで存在していたこと自体すらも消えてしまう、究極の滅び。
「やめてぇええええええええええ――っ!!」
狂ったように少女が叫ぶ。
「そんなことしないでっ! わたしがかわりに受けるから・・・・! だからあの人だけは見逃してっ! あの人だけは許してよぉおおおおおおおっっ!!」
「お前が言ったのだろう? 我々よりも優れていると。一度言ったことは撤回できぬ」
どことなく、人間のような含んだ言い方だった。
「・・・あっ」
この時になって少女はようやく気付く。管理者がわざと自分を焚き付け、男の魂を消滅させようとしていたことに・・・・それも、理由をつけて試練という地獄の墓場へと送ろうとしていたことに・・・・
元々、男には来世などなかった。
「・・・・・」
言ってしまったことの結果に、声が出なくなってしまう。
放心状態の中、管理者の言葉が耳に入ってくる。
「なお、お前にはコレのことで永遠に苦しんでもらう。それが、地上に降りられなくなった罪に対する贖罪だ。刈り取れない分の感情はお前自身が供給しろ。消滅は許さん」
管理者の言葉が理解できなかった。頭が理解を拒否していた。だから、馬鹿みたいに頭を傾げてしまう。
「なに、安心しろ。お前だけはコレのことは忘れないだろう。汚れた存在と深く繋がってしまった以上、お前とコレは似通ってしまったからな。コレが消えても、お前だけは忘れないだろうな。例え忘れたくても、二度と忘れられない」
そういうと試練の扉が姿を現した。扉は開かれ、新たな生贄の存在に狂喜するかの如く、中から見える暗闇を輝かせていた。
そして、管理者が男の魂をその永遠の闇へと放り込む。
少女はゆっくりと、それを眺めることしかできなかった。
投げられた魂が吸い込まれるように闇へと近づく。傷だらけの魂が抗うことなく扉へと向かっていく。その一瞬の間、不意に男の魂と目があったような気がした。飲み込まれる寸前に、僅かに優しく輝きを放ち、少女へと何かを伝えていた。
『大丈夫だから、待っていてくれ』
不思議と、男のそう言った声が聞こえたと同時に、魂が闇へと消えて行った。
扉は魂を飲み込むとすぐに消えた。残されたのは状況を理解できない少女と、残酷な世界へと叩き落した存在だけだった。
「これで今回の件は終了だ。各自解散して、次の回収に当たれ。それと、彼女を連れていけ。今後は上質な感情を提供するのだから、丁重に扱うようにしろ」
徐々に状況を把握してくる。自分はもう地上に降りることはなく、愛する男の魂は・・・・・
「――――――――――――――――――――っ!!!!」
言葉にならない声を上げ、少女は慟哭する。
そのココロを慰め癒してくれる、その涙を拭ってくれた存在は・・・・もういない。




