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第六章 17

 けれど、自分の存在がその少女の持つ孤独と絶望を壊した。少女の心を救いだした。そんな自分との思い出を、少女は宝石以上に輝かせていた。大切に、大事に、決して失くさないようにと、これからも独りで時を過ごせるようにと、自分との思い出だけを支えに、また・・・・孤独と絶望の世界へと戻ろうとしていた。


『もし私が1人の心を傷心から救ってやることが出来れば、私の生きることは無駄ではないだろう』


 ふと、昔目にした詩人の言葉が蘇る。


『もし私が一つの生命の悩みを慰めることが出来れば、あるいは一つの苦痛を覚ますことが出来れば・・・』


 あの時は感銘を受けた言葉だったが、今の男の心情は違っていた。


『私は無駄には生きていないであろう・・・』


(・・・ふざ・・・・けるな・・・・・っ! また同じ場所に戻すことが・・・また、独りにすることの何が救いだ! 再び与える痛みの・・・・何が覚ましただ! 何が・・・無駄には生きていないだ! 上げて落とすくらいなら、無駄であったほうが遥かにましだった!)

 このまま快楽に浸って、終わることなどできなかった。

 誰よりも傷ついて、誰よりも孤独で、誰よりも優しい少女を・・・・再び独りにさせることをしながら、のうのうと自分だけ気持ち良く死ねるわけがなかった。

 だから、男は誓った。遥か彼方、肉眼では見えない星の輝きのような可能性でも、もしもその道があるのならば、どれほどの時をかけてでも、必ず少女へと辿り着いてみせると。必ず・・・・その物語を完成させてみせると、心を超えて魂にまで刻み付ける。

 そう決意し、薄れ行く意識の中、男は心の中で何度も少女の名を呼び続けた。何度も何度も、孤独な彼女へと呼び続けた。




「・・・・ありがとう。最後まで、わたしを呼び続けてくれて・・・・想い続けてくれて、本当にありがとう・・・・アナタ」

 男の亡骸へと口づける。これを少女は最後のキスとした。

 悲しいけれど、不思議と涙は出なかった。男の命が、今は自分の中にあると感じられたからだ。でも、それも今だけで、魂のないこの命はやがて消えていく。それでも、今だけはまだ男と共にいられているようで、冷静に行動をすることができた。

「・・・まずは魂を出して」

 男の中にある魂を優しく、傷つけないように取り出していく。

「やっぱり・・・アナタの魂は、普通じゃないのね。こんなに・・・・」

 男の魂をみて、声が震えてしまう。そっと掌で包み、そのまま胸へ抱きしめる。

「傷だらけで・・・・・こんなに絶望していて・・・・・」

 思わず傷に手を当ててしまう。魂にまで傷が残れば、それを自分が治せることなどはないと知っているのに、そうせずにはいられなかった。

「なのに、どうしてアナタはあれほどまでに優しかったの・・・・? どうして・・・・誰よりも優しいアナタが、こんなになるまで・・・・酷い目に遭わなければならなかったの・・・・?」

 自分の痛みならば、どれほど辛くたって耐えられる。それだけの罪も犯している。だけど、好きな人を・・・・・愛する人を傷つけられることだけは耐えられなかった。それが、魂までというのなら、なおさら耐えられなかった。

 涙を流す少女に、男の魂がまるで慰めるように寄り添う。

「いい・・・のよ? もう、アナタはそんなことをしなくても・・・・いいの。向こうで傷を癒したら、来世こそは・・・・幸せな命を送って・・・・?」

 それでも男の魂は少女から離れなかった。

 元の世界へと帰れば、嫌でも引きはがされることになるので、少女は魂のさせるままにした。

「ふふっ、ありがとう。アナタは、こんなになってもわたしの側にいようとしてくれるのね。帰るまで、もう少し待っててね?」

 跳ねるように上下へと動いて返事をするのが、かわいらしかった。

 それから少女は最後の仕事を行っていく。

 元の姿へと完全に戻る間、受肉した身体で戻ってくる力を行使する。その瞬間、小さな身体に不釣り合いな、大きな白い翼がその背に展開される。それは遥か昔に失くしてしまった、ココロの翼だった。左だけとはいえ蘇った翼を、少女は驚きの目で見てしまう。自分が翼を持っていたことを、完全に忘れてしまっていたからだ。

「・・・アナタ」

 懐かしい翼へと、頬をすり寄せる。男が取り戻してくれた片翼を、少しだけ愛でる。まだ自分の仕事は終わっていないからだ。

「・・・おいで」

 呼びかけると、子供の様に少女の胸へと飛び込んでくる。小さなその魂を、少女は首元から服の中へといれる。これから飛ぶときに、振り払われないようにする必要があった。

「それじゃあ・・・行くわね」

 亡骸を抱き起こし、翼を力強く動かして空へと飛ぶ。今の少女であれば、それくらいの力は問題なくあった。

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