第一章 6
(~~~~っ!)
今朝交わしたばかりの言葉を違えるわけにはいかない。そんなことをすれば、これまでの自分の言葉の全てに、嘘という落ちることのない色がこびり付いてしまう。そのことが少女の選択を無くす。
(彼に対して嘘をつくのは絶対にダメっ! そうしたら、彼は叶うことのない希望を持ってしまうかもしれない・・・これ以上、残酷で救いのない話はいらないっ!)
気持ちが沈んでくるのが分かる。それと同時に、さっきまでの自分は、やはりどこか浮ついていたのだと理解できた。
(・・・わたしがきらわれるのはいつものことだし・・・・大丈夫。いつものことよ・・・・)
自分が沈んだところで仕方がないので、どうにか明るくするようにと希望的観測をしてみる。
(それに・・・彼なら怒らないということも十分にあり得る。そもそも、そうするようにしたのは彼だから・・・・彼は律儀な人だし、きっと自分で言ったことは守るはずだもの・・・・だから彼に対しては大丈夫!)
無理やりにでも明るく考える。
暗闇に思考が落ちないように、気丈にふるまえるようにと願いながら。
(・・・・わたし、なにやってるんだろ? ばかみたい・・・いいえ、ばかね。こんなことを心配しているなんて・・・)
一回りしたのか、驚くほどに冷静になった自分がいた。そして、そもそもの目的を思い出す。
(そうよ・・・早く彼のご飯を作らないと・・・・って、あら?)
「買ったもの・・・置いてきちゃったわ・・・・・」
部屋へと戻るとすぐに暖房を入れる。それとコタツの電源も入れる。男が帰ってきた時、少しでも寒くないようにとの配慮だ。
忘れたものは幸いにもすぐに返してもらえた。それと、店員の人たちから‘白髪の女の子’と呼ばれているということも初めて知った。
(・・・お客の前で、あまりそういうことは言わないほうがいいとは思うのだけれど・・・・今回に関してはわたしの容姿が役立ったみたいだからいいわ。それにしても・・・あの店員さん、凄くお話し好きなのね。おかげであれこれ聞かれてしまったわ)
少女は『おばちゃん』という人種を知らなかった。つまり、今の今まで一方的に話に付き合わされていた。人付き合いの苦手な少女は話の切り時が分からず、ずるずると餌食になっていたのだった。いや、途中からはもう完全に遊ばれていた。
―――『彼氏さんのためにいつも料理を? いい彼女ね。あら、そんな照れなくてもいいのよ? もしかして、一緒に住んでる? あら、やだ。その若さで同棲なんて・・・最近の子たちは色々早いのね? で、どこまで行ったの? ABCでいうとどのあたり? と、いうよりも同棲していればもう全部したかしら? あらあら~、そんなに慌ててうぶね。こんなにかわいくて優しい彼女を持てて彼氏さんも幸せね~。だったら早く帰って、彼氏さんにご飯作ってあげないといけないわね』
「・・・・・・っ!」
ふと、最後の部分を思い返してしまい、恥ずかしくて顔が熱くなってくる。けれど今はそんな場合ではなく、少女は気持ちを切り替える。
(もう彼が帰ってきた時、すぐにスープは用意できないわね・・・)
そう思いながらも少女はてきぱきと調理を始めていく。
(お肉はすぐに焼きあがるからいいけど、スープは煮込む時間がかかるのよね。温野菜は電子レンジを使って時短ね)
そうして流れるような作業の果てに、スープは煮込みという律速段階へと突入する。
すると外から物音が近づき始めてきた。
(帰ってきた・・・!)
どうにも胸が落ち着かない。
(だ、大丈夫よね・・・? 恥ずかしい表情に・・・なってないわよね?)
意味もなく顔を触ったりする。気持ち、暖かくなっているように感じるのは、きっと火の前で調理をしているからだと思うことにする。
カギの差し込む音がして、すぐに開いた音が聞こえる。そして、ゆっくりと扉が開く音がする。足音が迷うことなくまっすぐにこちらへと向かってくる。
「ただいまーっと」
「・・・おかえりなさい」
「いや~、今日も疲れたな・・・・」
「ごめんなさい・・・ご飯もう少し待って・・くれる?」
「ああ、大丈夫だ。しかし、初めてじゃないか・・・? お前が準備できていないのって?」
「それは・・・その、うっかり買ったものを忘れてきてしまって・・・・」
「その感じだと・・・さてはおばちゃんズにでも捕まったか?」
「う・・んっ? おばちゃんず・・・?」
「あそこにいる、かつては乙女だった人らのことだ」
「・・・・? どうしてそんな遠まわしに言うの? 普通におばさんじゃダメなの・・・?」
「俺がそれをすると社会的に終わりかねないのさ・・・・」
「・・・よくわからないけど、大変そうなのは分かったわ」