第六章 10
言葉を待つ少女の顔が強張っていた。だから安心させるために、優しく微笑みながら続きを話す。
「叶うなら・・・お前と共にずっと生きたいな。それだけが心残りだ。お前を独りにするのかと思うと、死んでも死にきれない」
だからと言って、仮に自分が天寿まで生きたとしても、『今は』これまでという状況だった。結局のところ、ずっと一緒にいることなどできないのだ。肉体に縛られた自分と、本来は肉体から解放されて、精神体の様な少女とでは生きる次元が違っていた。
「・・・なあ、お前の世界と俺たちの世界は繋がっているんだよな?」
「え? ええっ・・・だからこそわたし達はこの世に来られるわけよ」
「だったらさ・・・・俺がお前の世界に行くことはできないのか?」
「っ?!」
この言葉に思わず息を呑んでしまう。それは言うのが憚れることだった。
様々な感情が混じった表情を浮かべるのを見て、男は確信した。
「・・・どうやらできそうだな」
「だめよっ! そんなことをしようとしてはだめっ!」
少女の大声に周囲の人間が振り返る。それを見て男が声を抑えるようにと手で示す。
「・・・ごめんなさい」
「お前がそれだけ慌てふためくってことは、そんなにやばいのか?」
「・・・消滅するわよ?」
「つまり・・・『Blessing』で言われているのと、同じことと思っていいのか?」
「・・・・」
少女が静かに頭を下げて頷く。下を向く顔からは表情を読み取れないが、雰囲気でそれとなく察した。
「そうか・・・」
「・・・魂さえあれば、貴方はまた生まれ変われるわ。でも、消滅してしまったら、そこで本当におしまいなのよ? 完全な無なの」
「『肉体を殺すのは恐れる者ではない、魂を殺せる者こそを恐れろ』・・・だったか? つまり、そういうことだな」
「・・・そんな言葉、良く知っているわね」
思ってもいなかった言葉に顔をあげる。幸いなことに、驚きが少女の感情を埋めてくれたのか、そこに悲壮感はなかった。それだけで、この言葉に価値があると思えた。
「昔色々と読んでな・・・・俺の大嫌いなモノだ」
「そういう本も持っていたのね・・・でも、貴方ならわかったでしょ?」
「どうでもいいさ、そんなもん。俺はお前の側にいられる可能性がある方を選ぶ」
平然と言ってのけてしまう男に、少女が見るからに慌ててしまう。あの試練は人間が耐えられるようにはできていないことを知っているからこそ、ここで男に思いとどまってもらわないといけなかった。
「おねがいよ! おねがいだからそんなことはしないで!」
縋りつき、男を見上げながら懇願する。また周囲が見てくるが、そんなことはどうでもよかった。在るか無いかが決まるかもしれない話しに、周りなどは関係なかった。
「魂が消えない限り、わたしはまた貴方と出会える。わたしはその希望だけあれば時を過ごせるわ。それでいいの。だから・・・」
目尻に涙が浮かんでくる。根源的な別れまでされたら、もうココロが壊れてしまう。ただでさえ男を失うというのに、その魂までもが消えてしまったら、受け入れてくれた存在が完全にいなくなってしまう。そうなったら、少女はもう終わることのない地獄の時を、永遠に孤独で過ごさなければならなかった。
それだけはどうしても嫌だった。それが自分勝手で、男の意志を無視しているとしても、絶対に嫌だった。
「・・・おねがいっ! 消えちゃ・・・いやなのっ!」
捨てられた子供の様な顔で、涙声で、涙をとめどなく溢れさせながら、必死に言われてしまう。そんな姿をさせて、抱きしめられずにはいられなかった。
「ごめんな」
こんな顔をさせてまで、そんな行動をしようとはもう思わなかった。少女の望みこそが、男の望みでもあるからだ。
周囲の人間は、頭の痛いカップルの妄言として聞き流し、興味を失くして散っていく。
「お前が嫌なのならそれはしない。だから安心してくれ」
「・・・ごめんなさい。わたしのことを考えて言ってくれた言葉なのに、それを否定してしまって・・・・・」
すすり泣く声が痛い。
自分がしたいのは少女を泣かせることではなかった。望みがないのなら、せめて少女に幸せな思い出だけでもあげたかった。
少女が泣き止むと、男はもうこの話題をふることはなかった。ただ、少女に笑って欲しくて、二人の思い出話しや、自分の過去などを話しながら、笑ってもらうことに専念した。そして、少女も男のその気遣いを有難く思いながら、心のどこかで申し訳なく思ってしまう。それでも、少女は嬉しかった。男が自分を優先してくれることに。受け入れてくれた存在が、消えることなく在り続けてくれる道を選んだことが、とても嬉しかった。
長いと思っていた距離も、話しをしながらだとあっという間に感じられた。日は暮れ始めており、もうすぐ闇が訪れる時間だった。
女店員に教えられた高台へと登り、指定された場所へと目指していく。普通は通らない道を行き、木々を掻き分けていくとやがて開かれた空間へと出た。そこは周囲から隔離された、二人だけの空間であった。
「ある程度踏み均された道であったことと、完全に暗くなる前で助かったな」




