第六章 9
これまで少女にされるがままだった男が、その少女を強引に抱き寄せて、見せつけるようにしてその唇を奪ったのだ。それも、濃厚な口づけだった。見ているだけでも恥ずかしいのに、何故かその行為から誰も目を逸らせなかった。店員の誰かがトレイを落とした音がしたが、それを誰も気には留めなかった。
「やっぱり、お前の方が甘いな」
「はぁっ・・・んっ、もぉ・・・ばかぁっ」
息を荒くしながら、少女は熱くなった瞳で男を見つめる。二人の空間に甘いものが漂っていた。流石に周囲も、もう二人を見るのは恥ずかしくなっていたようで、視線はほとんど消えていた。
「そろそろジュースでも飲まないか?」
「そ、そうね」
ぴったりとくっついて飲むため、男は少女の肩を抱きよせ、グラスに注がれた炭酸飲料を二人で飲んでいく。喉を鳴らしあい、仲良く飲んでいく。ストローで作られたハートは、吸い上げられる液体で満たされていた。
身を寄せ合い、肩を抱かれ、顔と顔を触れあわせながら、それは行われる。液体の中で舞い上がる炭酸の泡のように、少女の気持ちもどこか浮ついていく。今、男と漫画のような恥ずかしいことをして、ヒロインになったような気持ちだった。胸が勝手に高鳴っていく。顔が熱く、赤くなって、胸もどきどきと鼓動を強めてくる。そんな状態になって、ストローから口を一度離す。
「? なんで顔赤くしてるんだ?」
「し、しらない・・・わ。はぅっ・・・」
吐く息まで熱くなっていた。
「まあ、アイスでも食って落ち着けって」
男から出されたさじを咥える。間接キスから甘い味が口内に広がる。だが、それよりももっと欲しいものがあった。
「んっ? もう一口―――」
感情のままに男へと口づけた。どうしようもなく、男が欲しかった。
「わたしも・・・貴方が好き・・・・だから、もっと・・・・・」
「・・・お前、雰囲気に飲まれてるぞ? 少し落ち着け、ここは部屋じゃないんだからな」
少女を抱きしめて、頭を撫でてやる。
「貴方から先にしてきたのに・・・・」
「悪いな。ああでもしないと、視線が気になってお前といちゃつけないからな。ここではデザート名通りにいちゃラブするだけだ」
「・・・もう、後でちゃんと責任とってよね?」
「ああ。だから、今はこいつを恋人らしく食べて行こうぜ?」
「・・・分かったわ。じゃあ、はい。あーんして?」
気持ちを切り替えて、少女がまた食べさせる方へとシフトした。少し仕返しとして、胸やけする直前まで食べさせてしまう。
頭の悪いデザートを食べ終えるまで、その名の通りに時間を過ごしていった。二人が去っても、しばらく店員たちの顔にあてられた熱が冷めることはなかった。
二時間ほど休憩して、二人は女店員に教えてもらった場所へと目指していた。
「バスもあるけど、どうする? 長いけど歩くか?」
「わたしは平気よ? でも、貴方はだいじょうぶなの?」
「んー、まあ大丈夫だ。問題ない」
「そう? 無茶しないでね? 貴方はいつもそうなんだから」
「ありがとうな」
優しい心遣いに、もう何も考えずに少女を抱きしめる。
「もう、うれしいけど・・・・歩けないわよ?」
はにかんだ表情が、最初から変わることなくかわいらしい。
「そうだな。また、目的地に着いてからするよ」
「そうね・・・その時は、一杯抱きしめてね?」
互いに笑い合って、腕を組んで歩いていく。
道中は町の景色を楽しみながら、意味もない会話をしていく。
「ここに初めて来た時は、まだ『恋人』の頃よね・・・・」
「そうだな。そういや、俺たちが恋人になったのってあそこからか?」
「そうでしょ?」
「だよな? あの日からお前が凄いデレたんだよな。可愛すぎて、ヤバかったことを覚えている」
「・・・過去形なの?」
「現在進行形に決まっているだろ? 今の方がもっとヤバい。綺麗でかわいすぎるとか、もう犯罪レベルだ」
「ふふっ、ありがとう。貴方からそういわれるのが一番うれしいわ。でも貴方だって、人間としてとても優しいし、とても強い人よ?」
「・・・そうか?」
「そうよ? だって、わたしにまで優しくするんですもの。普通なら拒絶されるわ。それに、取り乱すこともなく結末を受け入れている精神力は、とても強いわ」
「今まで諦めてきたからな。今さら生きることに固執するつもりはなかった」
「・・・やっぱり、まだ生きたい?」
「そうだな・・・」




