第六章 5
「ふふっ、こうすると本当にすぐに眠りにつくのね。貴方に・・・安眠を届けられて嬉しいわ」
思った以上に疲れていたようで、それを見届けると少女もまた意識を沈めていった。
こうした当たり前でありながら、二人にとってかけがえのない日々を過ごしていく。それはこれまで過ごした時の中で、宝石のように輝いていた時間だった。誰かを愛し、甘えて・甘えさせて、涙を流しながら幸せを味わう。そんな日常が、これ以上もないほどに貴かった。けれども時は無常。命あるものに対し、等しく終わりへと押し流していく。
いよいよ男の最期日・・・二人のラスト・デートの日が来た。
「やっぱ、お前がその服着ると半端じゃないほどに綺麗だよな」
恒例の天使降臨の瞬間だった。何度か見たが、やはり純白に身を包んだ少女は、吐息が漏れるほどの美しさだった。美人も三日見れば飽きると、そういう言葉があるが、あれは嘘だと思った。見る度に魅力的になっていく少女という世界に、男の心はもう完全に絡め捕られていた。
「もう、この服を着るたびにそんなこと言って・・・・」
男からの変わることのない賛辞に、呆れながらもその頬は赤くなっていた。
「聞き飽きたか?」
「いいえ、もっと・・・・言って欲しいわ。だって、貴方の女なんですもの。貴方から褒められることが・・・一番うれしいに決まっているじゃない」
いつものように少女が男へと唇を重ねる。この一週間・・・・いや、初めて重ねた日から、何度しても足りることなどはなかった。触れあえる喜びを、もっと味わいたいという想いが強くなっていく。
「だいすき」
甘えるように抱きつく。その状態で優しく包み込まれ、頭を撫でられる。そのうち髪に指を絡められ、愛でられていく。少女の髪が傷まないように配慮しながら、優しく丁寧にゆっくりと梳かれていく。淀みのない流水の如く、指が動くたびにさらさらと髪が流れて行く。揺れる髪を感じながら、男がしたいように弄ってもらう。
「ふふ・・・わたしの髪、好き?」
その質問は当たり前だった。ふわふわとして柔らかく、指に馴染んでくる心地のよい感触に夢中になってしまう。それに、少女の白髪は、新雪のような気持ち良さがあった。心が洗われるような・・・始まりの色とでもいうべきか、何モノにも染まっていなかった時を思い出せそうな気がした。
「お前には・・・好きなとこしかないさ」
今度は男から少女へと口づける。そんなやり取りがもはや日常的であった。
外出する前に、たっぷりといちゃついて充電しておく。外ではできない行為までしてしまうからだ。それに、もうこの部屋に戻ってくることはなかった。いま部屋を見渡せば、そこには必要最低限の物以外は何もなかった。男が所持していた個人的な物は、遺族に利用できそうなものを残して全て処分していた。それすらも処分されるだろうとは思っていたが、一応残しておくことにした。ただ一つの例外として、少女が読んだ漫画だけは処分しなかった。彼女が欲しがったからだ。
「・・・本当に漫画だけでいいのか? 俺の持ち物で欲しいものは全部やるぞ?」
「何を言っているの? わたし、もう指輪まで貰ったのよ? これ以上なんて言ったら・・・・」
そこから先は言えなくて、顔を悲しみに歪ませてしまう。何を望んでいるのか考えるまでもなかった。男も同じ気持ちだったからだ。だが、それはどうしようもなかった。『今は』なにをしてもダメだった。けれど、もしも――――
「・・・デートの前にしんみりするのも良くないな。今日はクリスマスだし、最後の恋人らしいことでもするか」
「・・・夫婦じゃなくて?」
「一応、戸籍上は夫婦じゃないから、この世じゃまだ恋人だろ? だから恋人としての物語を終わらせて、そこから夫婦としての物語を始めるっていうのはどうだ?」
まるで、今日から先があることのように男がいう。狂っているのでも、希望に縋るでもなく、ただ穏やかに悟ったような表情でそう言っていた。その表情を少女は何故か信じられた。根拠なんてものはなかった。でも、男がそう言ったのなら、恐らくそうなのだと感じてしまった。普通ではない、変な彼だからこそ、そこに辿り着けるのだと思えた。
「そう・・・ね。だったら、今日は最後の恋人記念日ね」
男の腕へと抱きつく。そして例の如くキスをする。
終わらせるために・・・・だけど、始めるために、二人は歩いていく。
町へと出てみると、クリスマスなのでそういった雰囲気が当たり前のように出ていた。もしも恋人を望む独身者であれば、発狂しそうなほどの空気。その中を二人で歩いていく。注目の的である二人は、それはもう周囲に見せつけるようなバカップルぶり・・・・ではなく、静かに道を歩いていた。少女を見て、クリスマスに舞い降りた天使だと、周囲が勝手に騒いでいただけだ。電車の中でも、人々の視線は芸術的な少女へと向いていた。
「どうしてこんなにわたし達を見てくるのかしら?」
「そりゃ、お前が綺麗だからだ。それだけ魅力的だって、喜んでもいいんじゃないか?」
「見かけだけしか見ない人なんて、わたしの本性を知ったらどうせ逃げていくわ。だから、この視線も虚しいだけよ・・・」




