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第五章 10

 彼にとって男はやりづらい相手だった。本心から少女を想い続けている存在など、これまで誰一人としていなかったため、どのようにすればいいかが分からなかった。だが、それもここまでだと思っている。

「では告げよう。私達は一定以上人間との関係を持てば、その記憶や心を読むことができる。もちろん、彼女もそれができる。ただ、これは対象に接触している必要がある。だから、今も彼女は触れている君からそうしている」

 自分の記憶や心を読まれていい顔をする人間などどこにもいない。だからこそ、これは人間には知られてはいけないことだった。

「ちがうっ! いまはそんなことしていないわっ!」

「でも、何度かしたわけだよね?」

「それは・・・っ!」

「気を引きたくて、好かれたくて・・・愛されたくて。それで、そうしたんだろう?」

「っ!!」

 そこは否定できない部分があった。確かに、不意に男から流れ込んできた感情があった時には、それを使ったこともあった。抱きしめたいのなら、抱きしめてもいいとあの時言ってしまった。それ以外にも何度か流れ込んできた時に使ってしまった。

「彼女が君に贈った言葉は、そういった計算の上でのものだ。それを真に受けた気分はどうだい? 愛の告白も、全部君の心の隙間をついたものだというわけだ。絶対に君が受け入れると分かった状態でね」

「それはちがうわ! 自分から意図的には使っていないっ!」

 いくら少女が否定しても、心や記憶を読むことができるということは変わらなかった。そうであれば、男の言葉をいくら否定してもそこに真実味は何一つ存在していない。人間であればそこに疑問を抱いてしまい、やがては何も信じてくれなくなるのは当たり前だと言える。

「・・・・そうか」

 彼がゆっくりと口を開いた言葉がそれだった。少女は文字通り、天国から地獄に叩き落された。つい少し前までは、残り少ない日々とはいえ、男と添い遂げられる喜びを噛みしめていたが、今や昼間と同じ・・・・いや、それよりも酷い状況だった。期待という山が高ければ高いほど、絶望の谷は深くなっていた。

 少女を抱きしめていた腕が緩められる。

「・・・・っ!」

 それを少女は別れと捉えてしまう。

「おねがいっ! 捨てないでっ!」

 都合のいいセリフだと分かっている。ずっと隠しごとをして、騙していたということが分かっていながら、恥も外聞もなく縋りつく。見上げて懇願しようとすると口を塞がれる。溢れさせていた少女の涙がぼろぼろと落ちていく。男が手を・・・・頭に回して、少女に口づけをしていたからだ。

「・・・それ以上先を言う必要はないぞ?」

 男は何事もなかったように笑っていた。

「多分、とんでもないこと言うつもりだっただろ?」

「・・・それで貴方を繋ぎとめられるなら、わたしはなんだってするわ・・・・・」

「残念ながらそういう趣味はない。だから、普通にお前を抱くだけだ」

 そう言って、少女はされるがまま布団へと寝かされる。

「ようやっとお前を抱く覚悟をしたんだから、そういうテンション下がるのは止めてくれ」

「ご、ごめんなさい・・・・」

「許さないから『キスの刑』な」

「ま、まってっ! 見られてるからだめぇっ!」

「俺以外は意識しないんじゃなかったのか?」

「あ、あぅ・・・・でも・・・・」

 視線を横にずらして、あっけにとられている彼をみる。

「ん? ああ・・・お前まだいたのか? 言いたいことが終わったんだから早く帰れよ。人様の女の裸見ようとしてるんじゃねーよ」

 いけしゃあしゃあとそんなことを言う。

「君は・・・頭がおかしいのか? なぜそう平然としていられる?」

「・・・お前馬鹿だな。そんなの気づいていたからに決まってるだろ?」

 この言葉には少女も驚く。

「というかだな、そういうのは生活してればおかしいって気づくだろ? まあ、こいつに狂っている意味では正しいがな」

「気づかないから・・・昔彼女がそれを伝えた時に掌返しを喰らったわけだが?」

「それはそいつの見る目がないだけだ。俺の妻が悪いわけじゃない」

「・・・はぁぅっ・・・・・」

 堂々の妻宣言に少女は顔を真っ赤にする。男は苦々しく彼を見る。

「お前・・・こいつが好きなんだろ?」

「なにを言っているんですか君は・・・・」

「好きな娘に意地悪をするのは男の性だと言えるが、それを未だにやるのはこじらせすぎだろ。まあ、人の女になって悔しいからそうしたのなら仕方がない。妻を泣かせたことで殺すのは止めて、一発ブッ飛ばすことで勘弁してやるよ」

「触れない君がどうやって私にそうするんですか・・・?」

 彼も男に対して呆れていた。もう言うべきことは言ったから、もはや早くここから去りたかった。だが、どうもこの男には、不思議と引きつけられてしまうものがあった。普通の人間であれば絶望し、発狂して命を潰してもおかしくないのに、そんなことを感じさせないどころか、ますます命に磨きがかかっていると言えた。

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