第五章 9
「き、さま・・・っ!」
肉体的なものがあったのなら、もう迷わずに殴り倒していた。しかし、立場が異なっている以上それはできず、掌を強く握りしめて耐えるしかなかった。
「なぜそこまで君が怒る? もうすぐ彼女は君を―――」
男が言う言葉の先は分かっていた。だから、少女は反射的に抱かれた腕から離れてしまおうとした。もうその言葉は防ぐことはできないからだ。けれど、それでも彼は少女を離さなかった。むしろ強く抱きとめる。
「―――殺すのに?」
「っ!」
放たれた男の言葉が少女に悲痛な表情を浮かばせる。そんな少女を優しく撫でる手があった。変えられない事実に、涙を浮かべた少女を慰める手があった。
「ばーか、殺すのはこいつじゃない。お前らが崇める神様のようなやつが俺を殺すんだよ。それにな」
傷つけられた少女を見る。顔は青白く、身体はかわいそうなまでに震えていて、今にも泣き崩れてしまいそうだった。そんな少女を慰めながら、言葉を告げる。
「俺の命はお前の物だ。だから、お前に奪われるならいいさ。言ったろ? 俺の命はお前にやるって」
「・・・・わたしは・・・」
「何も言わなくていい。お前は優しいから、色々と振り返って考えて、それでまた傷ついちまう。でも、こんなくだらないことはお前のせいじゃないんだよ。お前は『今』の幸せだけを味わえばいいんだ」
少女のことを分かっているように、男は言葉をかけていく。
「そうやって強がっているのも今の内だ。そういいながら、人間は何度彼女を裏切ってきたと思う? 初めは麗しい容姿の異性に世話をしてもらえて喜んでいたが、最期の日には決まって彼女を罵倒する。君も・・・・いや、それは薄いのかな? なにせ、あの彼女が君とは心を通わせるくらいだから、その内を把握したからこそそうなったのだろうし」
もったいぶった言い方に男は違和感を覚える。こういう奴は、変な言い回しはせずにまっすぐに傷つける言葉を吐くからだ。ただ、少女だけはその言葉を理解した。理解したからこそ慌ててしまう。
「まさか・・・全部伝えたんじゃなかったのっ?!」
腕の中でおびえたように声を上げる。震える声を隠すことはできなかった。
「だから・・・それも言おうとしたら、彼が勝手に君の元へと帰ってきたんだろ? さっきもそう言ったよ? 恨むのなら、愛しい彼を恨むんだね」
「何を言っているのよっ?! そんなことまで伝える必要なんてないじゃないっ!?」
「落ち着けって」
「あむっ・・・んっ」
必死になって叫ぶ少女に口づける。人前でそういったことを絶対にしない男が、今このときはなんの躊躇いもなく少女の唇を奪う。それを彼は無感情に眺めていた。
「で、キスシーンは終わりでいいかい?」
「むしろお前が来なければ、そこから先をしていたんだが?」
少女は知りあいに、男とのそういったところを見られて、恥ずかしさで黙り込んでしまった。こんな時にだが、初めて外でそういうことをしたがらないのかが理解できた。
「それは大変失礼した。では、最後に伝えることが終われば、すぐにでもお暇させてもらおう」
「早く言え、そして早く去れ」
言わないでほしいと少女が首を振っているが、そんな少女に彼がそっと囁く。
『大丈夫だ』
その言葉を信じたかった。これまでどんなに嫌われると思ったことでも、全て受け入れてくれた彼なら大丈夫だと。それでもやはり、突き放されるのではないかいう恐怖が少女の中には渦巻いていた。
「・・・彼女がこれほどまで感情を出すのは珍しい。むしろこのままにしておいて、しばらく彼女からの感情を集めた方がいいかな?」
楽しそうに言われた言葉に、少女はもう泣きだしてしまう。
「もう・・・やめて・・・っ! これ以上・・・・・きずつけないでよぉ・・・・っ! そんなことまで、いわないで・・・・っ!」
「君に泣く資格があると思っているのかい? これまで散々人間を殺してきておいて、自分が傷つけられたらすぐに泣くのかい? むしろ、彼とそうしている資格すら君には―――」
「無駄話はせずに早く言え」
殺意の込められた言葉に、少女を嬲る言葉が遮られる。これにはさしもの男も怯んでしまった。
感情的に怒鳴り散らすのではなく、理性で磨かれた感情が、鋭く男のような存在には突き刺さる。
「・・・いいでしょう。どうせ、君もこれを聞けばこれまでの人間のように、彼女を嫌うでしょう」
「いちいちコイツを傷つけるような言い方をするな」
鋭く、目つきだけで殺せそうな視線を受ける。その間にも泣いている少女を慰めることは忘れていない。男は視線とは反対の感情で、嗚咽を漏らす少女の背中を優しく撫でていた。




