第五章 4
服に宿る記憶が、少女のココロに繋がる。それが、涙を流しながらも少女に料理をさせる力となる。再び台所へと戻り、エプロンをつけて、食材を冷蔵庫から取り出して切っていく。
「・・・いたっ!」
震えが止まっても、根本的な動揺は収まらず、思わず指を切ってしまう。
(ちがうっ! こんなの・・・・貴方を失うことに比べたら、痛くなんてない・・・っ!)
「・・・っ!」
それから何度も指を切りながら、少女は無事に食材を切り分けることができた。
そこからは時間とタイミングだけだったので、問題なく調理工程をこなしていき、無事にシチューが完成した。恐らく、男に食べてもらえる最後の料理だった。
涙を浮かべながら出来上がった物をみる。味見をしても涙の味しかしなかったので、少し出来上がりには不安があった。それでも、男に料理を作ってあげられたことが嬉しかった。ふと、時計をみて気づく。男がいつも帰ってくる時間よりも、大分早く作ってしまったことに。
(・・・いつもより早く仕上げちゃった・・・どうしよう? わたしは・・・このままここにいていいの?)
真実を告げられて、いくら男でも自分をいい感情でみることはもうないだろうと思った。自分がしてきたことの理由を知って、好きでいてもらえるわけがなかった。そして、それも仕方がないことだと思っている。そう思っていても、やはり男に嫌われることは嫌だった。嫌われた言葉を聞くことが、耐えられなかった。
「このまま、彼に合わずに消えちゃいましょう・・・・・」
男から否定の言葉を貰う前に、先に自ら去ることを決意した。
徹底的に、完全に壊れる前に、壊れながらでも優しい思い出のあるうちに去ろうと。
(ああ、そっか・・・彼が・・・・思い出を作ろうって、いっていたのは・・・・こういう時のためだったのね・・・・・・・)
男の配慮を今になって気づく。いつか別れた時のために、それでも優しい思い出があったら、まだ耐えていけるのだと。
「・・・ありがとう。例え、貴方がわたしを嫌っても・・・・わたしは、貴方をずっと愛しているわ・・・・・」
男から貰って、着ている服を撫でる。
「この服は・・・貰ってもいい? これがないと、もうわたしダメなの・・・・だから、ごめんなさい」
エプロンを解き、もう着る資格がない服を持っていくことに胸が痛む。それでも、自分のエゴを貫く。自分がいつも着ていた服と、他に買ってもらった服をまとめていき、最後に干していた洗濯物は取り込んでおく。太陽の日差しを浴びていたのに、それは全然乾いておらず、部屋の暖房をそのままにしておけば、乾いてくれるだろうとは思った。やることを終えて、後は去るだけとなった部屋をみる。短い間だったけれど、少女に消えることのない思い出となった、そんな日々を作ってくれた部屋。
「・・・もし、もしも・・・・好きなままでいてくれたなら・・・・・・」
また声が震えだす。それにつられて熱いものも再び頬を伝って、流れ落ちていく。
「貴方はわたしと・・・・一緒になってくれた・・・・・? わたし達・・・『家族』に・・・・なれたのかしら・・・・?」
身体が震えてくる。また動けなくなる前に早く行こうと思った。それでも、最後にこの部屋に残したい言葉があった。
「っ! さようなら・・・っ! わたしの・・・最初で最後、愛する人・・・・・っ!」
大きな涙はもう止まらなかった。嗚咽を少しでも抑えようと、口元を隠しながら駆け足ぎみに部屋を出ようとする。
玄関に通じるドアが勢いよく開かれる。
「・・・えっ?」
「・・・・っ! はぁ、はぁっ!」
開かれたドアを見れば、男が肩で息をしながら帰ってきていた。普段よりも早く帰ってきた男に、少女はあっけにとられてしまって動くことができない。
苦しそうに息を整えながらも少女をみる。その痛々しい姿と、どこかに行こうとした身なりが、どのような決断をさせていたのかを判断するには十分だった。
「・・・行くなっ!」
逃がしはしないと、男が少女を抱きしめる。諦めていた温もりに包まれ、悲しみに固まっていた手がとけていき荷物が落ちる。
「どうして・・・こんなに早いの?」
状況を理解できない少女がそんな質問をしてしまう。もしかしたら、白昼夢なのかもしれないと思ってしまう。男と離れるのが嫌だから、引き留めてくれる幻想でもみているのではないかと。
「お前が苦しんでいる時に、呑気に仕事なんかしていられるかっ!!」
「わたしのこと・・・聞いたんでしょ?」
「それがどうしたっ?! それでも俺はお前が好きだっ!!」
「・・・・っ!」
男のまっすぐな言葉に胸が貫かれる。一切の疑問も、迷いもない澄み切った感情。それが少女の曇ったココロを晴らしていく。
「あんな奴の言葉なんか知るかっ! くそくらえだっ! なにより俺は・・・っ!」
顔を離して少女を見る。その顔は泣き腫らしており、目は充血して、涙の痕が嫌というほど強く残っていた。どれだけ泣いていたのか。どれほど独りで悲しませていたのかと考えると、言葉にできない痛みを覚える。少女をこれほどまでに苦しめ、悲しませ、泣かせた、あの男を殺してやりたいと思った。でも、今はそれよりも大切なことがある。少女に伝えなければならない言葉があった。




