第五章 3
「うそつきっ!! 初めから守る気もなかったくせにっ!!」
「一応、嘘はついていないよ? 私は『彼から話を聞かない』といっただけで、『彼に話を聞かせない』とは一言も言っていないからね。だから、厳密に言えば彼に合うことには何の問題もないわけだ。それを、君が勝手に勘違いしただけだろう?」
「あ、ああ・・・っ! そんなぁ・・・! ひどい・・・わ! こんなのひどすぎるわっ!!」
「何をいまさら・・・君だって散々人間にしてきたことだろ? 因果応報というやつさ」
涙を流している少女を横目で見ながら歩き、ベランダに通じるドアを通り抜けようとする。その背に少女が諦めずに・・・・諦めることができなくて、言葉を投げかける。受肉した身では物質として存在しない男を、掴んで引き留めることなどできなかったからだ。
「やめてっ! やめてよぉっ! おねがいだから! 本当の本当におねがいだからっ! わたしから彼を奪わないでっ! 奪わないでよぉっ!!!」
泣きわめく少女の声が届いたのか、男が立ち止まり、振り返って言葉をかける。
「大丈夫だ。遅いか早いかの違いで、結局君は彼を失うのだから」
情けも容赦もない、残酷すぎる未来を笑顔で突きつけるために。
「っ!!」
それを言い残すと少女の前から立ち去り、その身を空へと溶かしていく。
男が去った部屋の中で、少女は崩れ落ちて独り嗚咽を漏らす。もう何もかもが終わったと思った。男からの優しさも、温もりも、受け入れてもらえた喜びも、その全てが壊されるのだと。
「・・・・っ! うっ! うう・・・っ!! ぐすっ!」
そんな少女が何かに縋りたくて、男の感情がこもったものを探す。男が自分にくれた・・・自分に向けてくれたモノが何かないかと探してしまう。元々、男から何かモノを貰うことを求めていなかったので、そんなものなどあるはずがないと思っていた。それでも、男との記憶を探れば何かがあるかもと考え、わらにもすがる思いで考えていく。部屋の中も見渡していく。すると、視界に入った物があった。
それの前まで赤子のように歩いていき、開いて中を見る。そこには白い、ティアードワンピースが収納されていた。男が自分に買ってくれた服はハンガーにかかり、大切にしまわれている。それを、力が入らず、震える足に懸命に力を入れて少女はとる。とるとそれを強く抱きしめる。数日前に、男との思い出を作った服だけが、少女の慰めだった。
「ぐす・・・う、うう・・・っ! うぇええええええんっ!!」
もう声を抑えることはできなかった。男に抱きしめられて、甘えて、口づけをしてもらって・・・そんな幸せな日々が、もう来なくなることを突きつけられて、迷子のように少女は泣き続けた。
涙が止まることは決してなかった。どれほど泣いても、後から次々と流れていく。いっそこのまま、枯れ果てて死んでしまえたら、どれほどいいかとさえ思った。そんな絶望と悲しみの中、時は確実に過ぎていった。
気づけばもう日はくれており、電気をつけていなかったので部屋は真っ暗だった。
(・・・ご飯作らないと・・・・彼が、帰ってきちゃうわ・・・・・)
泣きつかれて眠っていたが、男の食事を作るために起き上がる。
電気をつけて部屋を明るくする。誰もいない冬の部屋が、今は凍えるように寒かった。
(・・・寒いわ。こんなに寒いと、彼が帰ってきた時に風邪引いちゃうかも・・・・・)
暖房を入れて、料理をするために台所へと向かう。
(今日は・・・シチューでもしましょう・・・・彼が好きだっていってくれたシチュー・・・・・・これなら喜んで・・・・・)
「・・・・もう、食べて・・・くれないのかしら・・・・?」
声が震えてしまう。あれほど泣いても、涙がまた出てくる。視界がぼやけて何も見えなくなる。
「でも、最後に・・・・食べて・・・ほしいわ・・・・・」
調理をするために冷蔵庫から食材を取り出そうとするが、手が震えて、力が入らなくて、扉を開けられなかった。
「開いて・・・よっ! 彼に、せめて・・・ご飯くらいは作らせてよぉっ!」
泣きながら、震える身体と手を制御しようとするが、それは上手くいくはずもなかった。普段は軽く開く扉が、今はどうしようもなく重い。
「・・・あっ!?」
バランスを崩してこけてしまう。冬の寒さで冷えた床は、ぞっとするほど冷たかった。
寒くて、冷たくて、苦しくて、辛くて、悲しくて・・・・温もりが恋しいから、少女は思わずつぶやいてしまう。
「抱きしめて・・・もらいたいよぉ・・・・っ!」
いまや叶うことのなくなった願いを口に出してしまい、悲しみが床へと落ちていく。
「ひっく・・・ひくっ・・・・ぐすっ、ううっ・・・・!」
涙で滲んだ視界に見えるのは、泣き崩れるまで抱きしめていた服だった。それを見つけると、不思議と胸が熱くなった。
「あ・・・っ? ああ・・・っ!」
だから、少女はその服を求める。立ち上がって、ふらふらとおぼつかない足取りで服へと辿り着くと、すぐにそれに着替えた。
着替えると、先日のデートでの記憶が思いだされた。たくさん泣いて、それをたくさん男に慰めてもらって、抱きしめてもらって、キスをしてもらって・・・・。その余熱が残っているのか、優しさで包まれたような感覚がした。まるで、男に抱きしめてもらえているかのようで、少女の震えが止まる。その幻覚にも似た感覚を味わい、少女のココロが少しばかり落ち着く。
涙が止まることはなかった。でも、少しだけ胸の中に暖かいものが満たされた。
(・・・貴方の優しさが、染み込んでいるのね・・・・・・)




