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第一章 4

(そうよ、掃除が終わったら荷物の整理をしないといけないんだから・・・考え事をしていないで作業に集中しないと・・・・集中すれば何も考えなくてすむの)

 逃げるように作業をこなしていく。掃除も毎日少しずつ行うようにしているから、大して時間はかからない。けれど男の荷物の整理に関しては時間がかかるので、そこに時間を取られるわけにはいかなかった。そもそも、なぜ時間がかかるかというと・・・

(文章だけのものはとても読み切れないから、せめて漫画くらいは・・・)

 文章がぎっちりと書かれ、分厚くてとても読む気になれない本を優先的にまとめて整理していき、読みやすい漫画を少女は読んでいく。別に読みたいから読んでいるわけではない。初めはただ、男がどういった物語を好むのかに興味があった。でも、今はそれだけではなかった。

(・・・彼のことを理解したい・・・・こんなわたしだけど・・・それでも・・・・・いい・・・よ・・・・ね・・?)

 ページを読み進めていく少女の手は決して早くはなかった。むしろ、読むのに慣れている者からみたら遅いくらいだ。

 一ページ、一ページ。そこに男の心のかけらがないか探るように、丁寧にゆっくりと読んでいく。内容はファンタジーの長編だった。今読んでいるのは第一部の最終章。大地を駆け回り、ヒトを守るために戦い続けてきた主人公達が、五つ目の大地にて最後の戦いを迎えていた。

(・・・この戦いに勝ったところで、この二人が報われるわけじゃない。主人公はヒロインの願いで彼女を殺めることになったけど、そこを悲しみとしていないからいいのだけど・・・こっちの黒髪の彼は、仲間であり、添い遂げた女性をヒトの裏切りによって殺され、敵の考えに共鳴さえしている。なのに、どうして戦うの?)

 ページをめくると、ちょうど最後の敵が自分と同じことを彼に問いかけていた。そして、自分に手をかせば、確実にヒトを滅ぼすことができると、此の期に及んで黒髪の男を誘ってくる。けれど、男はそれを頑なに拒む。そして、感情的にセリフを言う。

『お前は彼女の安らかな眠りを妨げた! お前は彼女の魂を穢した! お前は・・・生きるということを侮辱したっ!!』

 一つ一つのセリフで攻撃をしかけ、言葉を際立たせるようにしていた。

(ただの私闘・・・・たぶん、彼はもう駄目ね・・・これから壊れていくか、狂っていくわ・・・・)

 そうしてなんだかんだ戦闘シーンがあって

『ヒトが道を間違えても、その間違えを正すのもまたヒトだっ!』

 もう一人の男である主人公が、青臭くて現実を知らない、理想論なセリフと共に最後の敵を打ち倒す。

 戦いが終わったあと、二人の英雄は動乱の終結を宣言し、荒れた大地を回復させた後、歴史の表舞台から姿を消した。

 読み終わって本を閉じ、これまでの巻数をそろえて整理していく。

(なんだか、気持ち悪い話だったわ。現実を無視した綺麗な理想論を吐く主人公が、ただただ凄いっていうだけのお話。これなら、現実を直視していた黒髪の彼のほうがずっと好ましいわ)

 他に何があったかを見ていく、これの続編が二つと、和風ファンタジーのようなもの―――これも三部構成―――と、恋愛と医療ものと思われるのが二つ、後は短編集があった。見た感じではだが・・・

(これ、全部書いている人同じなのね・・・・彼はこの作者の話が好きなのかしら?)

 少女は純粋な読み物として、和服姿の男と巫女装束を着た女の子が書かれている表紙のものをとった。タイトルは『Blessing ~カミアガリ~』。

(難しそうな話は疲れるし、恋愛ものは・・・変に意識しちゃいそうだから、最後にしましょう・・・・)

 今度はこの作品を読み進めていく。挫折した男の主人公が黒髪の巫女と出会い、彼女を守るために再び強くなろうとする物語であり、これまたありふれた話だった。ただ、この作品で少女の目を引いたところがあった。

(死んだ後の物語・・・? 生きている人間が、死後の世界を描くというの・・・? とんだ傲慢ね)

 心のどこかで呆れてはいたが、なんとなく目を通していく。

 主人公の男は生きていた時に夢が破れた敗北者だった。心を捨てるか、命を捨てるかを選択するとき、彼は後者を選択した。それは誇りを守るための死だった。

 それを目にとめた下級神の神様――女狐の神――が消滅するはずだった彼の魂をすくい上げ、死後の世界で修業を積ませ、男は見る見るうちに強く、そしてその世界の人々との絆を深めていった。血反吐を吐く努力は当たり前、一歩間違えれば死ぬのは当然、0か100かの両極端。それを全て、運と信頼と人の援助と想いの力で乗り越えていき、少しずつ報われていく姿はカタルシスを誘うのに十分だった。

(・・・こんなに意志の強い人間なんて、いるわけないじゃない・・・・)

 少女は物語の持つ、ご都合主義というものが好きではなかった。

 どんな極限的な状況下でも、信じていれば必ず助かる・報われるという偽りの希望を読む者に与えるからだ。けれど、現実はそうではない。現実は考えられないまでに救いが存在していない。


 ――運?

 この世は不運ばかりに満ちている。幸運のあとには必ず不運がやってくる。それは絶対的な真実。


 ――信頼?

 信じたら裏切られる。裏切られて捨てられておしまい。無くすことがあっても得るものは何一つない。


 ――人の手助け?

 利害関係の一致でしか手を組まない存在が? ただ、己をよく見せるための処世術にしか過ぎない。


 ――想いの力?

 気持ちだけで何ができる? 何を守り、何を成すことができる? 現実の理不尽に叩き潰されるだけだ。


 ――報い?

 報われたと思っていても、またすぐに落とされる。報われ続けるということは決してありえない。

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