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第五章 2

 ドアを開けて入るように促す。

「懸命な判断だ。少しでも彼の心を軽くしようとする、君の愛情を感じるよ」

 そんな心にも無い言葉をいいながら、男が部屋へと入ろうとする。

「待ちなさい。入るときは靴を脱ぎなさい」

 そんな言葉を聞こえていないかのように男が土足で入っていく。それは彼と少女が過ごした時間を踏み荒らすかのようで、とても耐えられるものではなかった。今まで覚えたこともないほどの怒りが沸いてくる。

「聞こえているでしょ!? 部屋を汚すのはやめて!」

 必然、大声を上げてしまう。

「何をそんなに声を出しているんだい? 今の君はともかく、私は受肉をしていないのだから、物質的影響など関係ないだろう? ああ、それと私と話している会話を聞かれることもないから、今の大声も大丈夫だよ?」

 男の言葉に頭へと血が昇る。この世界の身体を持っていないのであれば、わざわざ許可をとることもなく部屋には入れる。それをわざわざ確認したのは、こうやってミスをさせて、彼女の感情をかき乱すためだった。

「だったら部屋に入らなくてもいいでしょっ?!」

「なに、君は受肉しているのだから、外の気温にも多少影響されるだろ? 私なりの気遣いだよ」

 そういってコタツへと入る。しかもそこは彼の特定席だった。

「そこはダメっ!」

「君が愛する彼の指定席だからかい?」

「あなたっ、わかっていながら・・・っ!」

「それより、君も座らないか? 立っていると疲れるんだろ?」

 男が示した先は、いつも少女が彼と過ごす時に座っている場所だった。

「・・・お断りよ。あなたと一緒にそこに座るくらいなら、立っている方がマシよ!」

 これ以上思い出を穢されることなどされたくなかった。だから彼女は男を見下ろしながら話すことにする。

「まあ、いいか・・・・それで、話だけれど・・・君はどこまで彼に話したんだい?」

「最低限だけよ。報告がいっているのなら書いてあるでしょ? それが全てよ」

「・・・またそのやり方なのかい? これまでの人間ならばそれでも十分だったけど、今回の彼は異端に過ぎるから、全て教えた方が効率よく回収できると思うよ? だから上も、回収された感情に戸惑っているのではないかな?」

 回収という、彼を物扱いしている言葉にまた怒りが沸いてくる。何よりも、この男は彼をまだ傷つけようとしていた。これが怒らずにいられたものではなかった。

「これ以上・・・彼を傷つけないでっ! もういいでしょ?! 彼がこれまで傷ついて生きてきたことは一緒にいたらわかるわ! なのに、まだ彼を傷つけようというのっ?!」

 感情のままに叫ぶ。彼が抱える苦しみも、辛さも、悲しみも、これまで流してきた涙も・・・全部少女は知ってしまった。だから、それを食い物にしようという考え方には、激しい嫌悪感しかなかった。

 彼女のこの言葉を聞いて、男が少し考え込んでから口を開いた。

「・・・そうか、恋人として男と接触し、その情報を見たんだね? 私達は対象との感情が深まれば、その情報を読み取ることができるが・・・・・まさか、君がそこまで相手との情が深まっていたとは・・・・てっきり、お得意の演技で相手の要望に付き合っているのかと思っていたが・・・・・これはとんだ誤算だ。いや、困ったな・・・これは」

 不気味に笑いながら、愉快そうに話していく。少なくとも良くないことを考えており、彼女は気が気でなかった。

「使える」

 独り言のようにつぶやく。まだ彼女はその意味が分からなかった。

「君は彼に隠し事をして・・・なのに恋人なんかをしている。つまり、君が彼にとってのアキレス腱というわけか・・・・・」

「・・・・あ」

 彼女が男の考えに気付く。それがどれほど二人にとって最悪なことなのか、瞬時に理解した。このままでは仲を裂かれてしまうと。

「おねがい、それだけはやめて! おねがいよ・・・・っ!」

 だから少女は哀願する。これまで対応していた『彼女』としての顔ではなく、彼と過ごす『少女』の顔をさらけ出して。それが意味のないことだと知っているのに、それでもそうしてしまう。たった一人、愛してしまった彼と別れたくないから。

「おねがい・・・します・・・っ! それだけは・・・・やめて・・・くださいっ! おねがい・・・ですから・・・・っ! そんなこと・・・・しないで・・・くださいっ!」

 涙を流しながら男へと懇願する。この世の終わりを告げられたような顔で、普通の人がみれば哀れさを誘うほどの悲しみを漂わせる。

 そんな少女の泣き顔を見て、男は満足そうな笑みを浮かべて立ち上がる。

「では、彼に真実を教えに行かないといけないので、ここで失礼するよ」

 二人の結末を楽しむように、少女が思い描いた現実が来るようにと、男はにこやかに宣言する。

「わたしから話しを聞いたら・・・・彼の前には現れない約束でしょ?!」

 ぼろぼろと雫を落としながら、涙声で叫ぶ。

「そうだっけ? でも、それは私個人の約束であって、上からの命令には逆らえないのさ。心苦しいけど、いくら約束でも、こればかりは守ることはできない。上位命令には従わなければならない。本当にごめんよ?」

 一切悪くも何とも思っていない口調が、むしろ清々しいほどだった。

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