<<第五章 ~契り~>>117
「それじゃあ、行ってくる」
「待って、忘れものよ」
玄関でいつものように、マフラーを巻いてもらって出勤しようとすると、少女が抱きついてきて唇を重ねてくる。
「行ってらっしゃいの・・・キス」
少し長めの口づけを交わすと、満足そうな笑顔で男を見る。
「・・・本当に俺達って、ベタベタだよな」
「それだけ好きなのだから、仕方ないわ」
「そうだな・・・なるべく早く帰ってくる」
少女を強く抱きしめて、その温もりをココロに刻み込む。資本主義の歯車という、パーツとして生きざるを得ない世界に、今日も耐えるために。
「・・・ええ、待っているわ」
そんな、今時少女漫画でもなさそうなことを平然とやってのけ、二人は朝の別れを経る。
部屋へと戻ると少女はやるべきことをやっていく。
「まずは、洗濯物を干さないといけないわね」
ちょうど計算通りに、洗い終わった音が鳴る。洗濯機のフタを開けて、洗濯物を籠へと移していく。
「・・・今日も暖かい日差しで、いい天気ね。寒くても、日が出ていれば助かるわ」
先にタオル類から干していき、それが終われば衣類をしていく。
「苦しいー ときーには~ わたし、おも~いだぁあしてっ♪」
数日前のデートから、少女はより一層幸せをかみしめていた。だから最近はそれが抑えられず、気に入った歌を小さく歌うようになっていた。その愛らしくて綺麗な歌声が、隣の部屋にも届き、誰かを和ませていることを少女は知らない。
少しずつ男が求めてきて、それが女として嬉しかった。そのうち、最後までしてもらえるのは目に見えていたので、それが分かっているから、今の生殺しのような状態も悪くはないと思っていた。抱かれた時の悦びを今から想像してしまう。
「貴方にはわたしがいるわ~ あなたのココロに わ・た・しは、いーるわ~♪」
少女は今日も絶好調だった。
「だからわーたしーを、かーんーじて~・・・ わたしかーらの、ぬーくーもーりを~♪」
サビへと入ると、調子よく歌いながら男の顔を思い浮かべる。この歌のように、男が自分を思い出して頑張ってくれたらと、そんな気持ちを込めて歌っていく。
「いつだぁあって わたーしは~ あなたのーなかーにいる~♪」
一番を歌い終わると同時に、洗濯物が干し終わる。
「よし、これで洗濯物は終わりね」
干し終わった洗濯物を眺め、部屋に戻ろうとしたところで、手を打ち鳴らす音が耳に入った。それも、ベランダの外で・・・少し上からである。
そちらを見れば、空中に浮いている男が自分を見下ろしていた。少女が気づいたことを確認すると、男はベランダへと降り立って正面から少女を見る。その外見は少女と同じようにこの国の者ではなく、髪は少女の瞳のような金色であり、瞳は鮮血のような赤に塗られていた。服も少女と同じように黒一色でまとめられており、まるで葬式に出るような服装だった。
「・・・どうしてここにいるの?」
その人物は彼女の見知った顔だった。恐らく、一番関係が長い存在のはずだ。
「どうも今回の君の仕事がおかしいみたいでね。私に見てくるようにと命令されたのさ」
質問に答えながら男は素早く状況を確認していた。人間との生活・・・その日々をどういった関係で過ごしているのかを判断する。
「報告書とこの間の様子通りのようで・・・・やれやれだ」
「さっきの・・・あれはなに?」
「なにって、拍手だよ? 神に頼らず、他人を頼る愚かな人間が作ったくだらないものを、ああも歌っていた君に対する評価だよ。僕にできないことをした君への賛辞さ」
「そう・・・それで? 報告書って・・・なに? この間の様子って・・・どういうことなの?」
氷河のように凍り付いた声で反応する。そこにはこれまで彼女が見せていた感情はなく、早くどこかに消えてくれたらいいという感情しかなかった。
「そうそう、話が逸れてしまったね。今回君が関わっている人間とのことだけど・・・・・どうもこれまでの感情と違うみたいで、上が戸惑っているんだよ」
「感情はあるのだからいいでしょ? 何が不満なの?」
「不満はないよ? でもね、君が人間に本気で現を抜かしていることが信じられなくて、一度見てこいと言われたのさ。そしたら人間の遊ぶ場所で、君たちの恋人ぶりを見せられたわけだ」
「・・・覗きなんて最低」
「立ち話もなんだし、中に入って話さないかい?」
「嫌よ、彼の部屋に入らないで! 早く帰って!」
「・・・そうしたら、私は君の愛する彼のところにこれからお邪魔するけどいいかな? 君から話しを聞けないなら、彼から話しを聞かせてもらう必要がある・・・・でも、聞けるなら私はそれをしないよ?」
「・・・・っ!!」
この時になって初めて彼女が表情を見せる。目の前の男を睨みつけるが、だからと言ってそれ以外は何もできない自分が悔しかった。この男がしようとすることを防ぐには、大人しく部屋へと入れるしかなかった。




