第四章 15
「ね、ねえ・・・ぼく・・・? おじさんじゃなくて、お兄さんよ?」
少女が引きつった笑顔で、子供をそれとなく注意する。男が気にしないのは分かっているが、自分をお姉ちゃんと呼んだのなら、男のことはお兄さんと呼んで欲しいからだ。そうでないと・・・・
「別にそれでも構わないさ」
そう言って頭を撫でてやる。少女の抱擁を嫌がらないのなら、これも多分大丈夫だろうと思ったからだ。実際それは間違ってはおらず、喜んではいなかったが、別に嫌ってもいなかった。
「でも、貴方はまだそこまで歳行ってないでしょ?」
「子供からすれば二十超えりゃ、おじさんでおっさんだよ。というより、実際三十真ん中はおじさんでいいだろ? 生物学的に、人間ってのは四十歳になれば初老らしいからな」
「だったら、私はおばさんね」
「・・・おねえちゃんはおねえちゃんだよ?」
「あのね、このお兄さんもわたしも、同じくらいの歳なのよ? だから―――」
「うっそだーっ?! おじさんはおじさんだけど、おねえちゃんはぜったいにおばさんじゃないよ! だって、どうみても―――」
(あ、この流れはヤバい)
「きょうだいかおやこだもんっ! いろちがうけどっ!」
「・・・・」
子供の言葉に少女が凍りつく。それは最も言われたくない言葉だった。男の女であることを否定されることが、二人の関係で向けられる言葉として何よりも嫌だった。だからそんなことを言われて、少女が黙っているわけがなかった。
「貴方、いまここでキスしましょう?」
「待て、子供の精神衛生に悪いと思わないのか?」
そう来ると思っていたから、用意しておいた言葉を返す。だが、それも少女は想定していたようだった。
「事実を教えるだけだから、だいじょうぶよ? だから来て」
男を手招きする。なんだかんだ、子供の手を離そうとまでは思っていないようだった。
「あ、しってる! がいこくのひとはあいさつでキスするんだよね? でも、いまはあいさつするひつようないよ?」
「だ、そうだ・・・恐らく恋人としてのものだと認識しないぞ?」
「う~~~っ!」
肩を震わせて、涙目で男を見る。流石に子供にこんな目を向けようとは思わないから、せめて男に感情をぶつける。そんな表情も男は可愛いなと思っていた。
「で、坊ちゃんはどうされたい? 手を握られたいのか? それともかわいいお姉ちゃんにだけ握られていたいか?」
「んっ!」
手を差し出される。握れと言うことだった。
「やれやれ、物好きなことで・・・・」
どこか芝居がかった口調で男は子供の手を取る。そうなると後は決まっていた。
歩きながら、子供は二人の手にぶら下がるようにして、時々ジャンプをする。それも飽きることなく、ひたすら連続でしていくこともある。調子が出て来たのか、ついには勢いよく前を蹴り飛ばすようなことをする。それを見て少女が親のように子供を躾ける。
「そんなことをしてはいけないわ。人に迷惑をかけてはダメよ・・・?」
「だいじょうぶ! ちゃんとみてるから!」
「それでもいけないわ。靴が飛んだらどうするの? それが人に当たって、怪我をさせたらどうするつもり? 自分がそうされてもいいの?」
「・・・ごめんなさい」
強気な少女の言葉に、子供がさすがに沈み込む。幼い子供といえども、寄りすがる存在に嫌われることを続けることは流石にできなかった。
「・・・すこし強く言い過ぎちゃったかしら? ごめんね。でも、やっちゃいけないことはしたらダメよ?」
すかさずフォローを入れる。子供もそんな少女の優しさに少しだけ明るい表情をする。
「まあ、気持ちは分からんでもないが・・・・」
「貴方、何言ってるの?!」
少女が男の言葉に本気で驚く。普段からこういうことを気にかけている男が、ここにきて子供を擁護するような発言に耳を疑ってしまう。
「俺だって子供のころは、こういうことをしていたからな。そして怒られるというパターンまで完璧だ。まあ、つまり別の方法で遊べばいいわけだ」
子供がそんな男を見上げれば、男も子供を見下ろして話しかけている。
「いいか? お前は俺が合図したら腕をあげろ。そして、坊ちゃんは思い切り地面を蹴って飛べ。いくぞ? 3、2、1・・・それっ!」
子供が跳ねると同時に、二人が腕を上げて大きな跳躍を実現させる。それは子供にとって普段は見ることができない視線であり、世界でもあった。だが、それも一瞬の跳躍の間だけであり、すぐにいつもの世界に戻る。降ろす時には怪我のないように、なるべくゆっくりと降ろしていく。打ち合わせもしていないのに、少女もそれを把握していた。
「どうだ? これなら前に脚を出したりして靴を飛ばすこともなく、人の迷惑にもなりにくいだろ?」
子供ははしゃいで喜んでいた。そしてすぐに次を要求してくる。その要望に応えて、二人はできる限り迷惑にならないようにそれをしていく。子供もそこは理解したのか、環境条件がクリアなときだけ、それを求めてくるようになっていた。
慣れてくればそんなことをしながら、会話もできるようになっていた。




